第10話 一触即発の話

「……週末、ですか?」


 新海亜門の元で仕事をすることになった初日、開口一番聞かれたのが、週末の予定。一般的にはアウトな質問だが、理由があってのことだ。


「ええ。取引先でイベントがありましてね。担当として顔を出さなければならないんです。市原さんも、先方と事務的なやり取りをすることになるだろうから、一度挨拶をしておいた方がと思いまして」

 そう言われては断りづらい。仕事の一環だ、と言われているのだから。


「休日なのに、申し訳ない話ではあるのですが」

 困った顔でそう口にする亜門を前に、凛音は手を振る。

「あ、いえいえ、大丈夫ですよ。そういうことでしたらお供いたします」

「本当ですかっ?」

 ぱぁぁっと顔を輝かせる亜門。その嬉しそうな顔を見ると、複雑な気持ちになる。

 もし本当に好意を向けられているのだとすれば、それに対しどう接するのが正解なのか……。まったく経験のない凛音には難題すぎる。


 それに……


 チラ、と視線を動かすと、すごい形相でこちらを睨んでいる人物がいる。片山大吾だ。

 昨夜の電話では、突然の告白に驚いて、まともな会話が出来なくなり、電話を切ってしまった。嘘ならいいと思ってもみたが、出社するなり亜門に捉まり長話をする凛音を目で追い、ずっとイライラした顔をしている。つまり、昨日の告白は嘘や冗談ではないのだろう。


「えっと、何時にどこなんです? そのイベントって」

 訊ねると、熱っぽい視線を投げかけながら亜門が、

「昼過ぎから始まって、夜は交流会のようなことをするそうですよ。せっかくだからどこかでランチを食べてから行きましょうか」


(それでは、ほぼ一日一緒なのでは?)


「夜まで……ですか」

 少しばかり引っ掛かる。夜は、凛音にとって覚悟を決めた最終決戦があるかもしれないのだから。

「なにか、用事が?」

 そう聞かれ、答えに躊躇する。まさか「ハートブレーカーがいつもその時間に来るもんで」とは言えない。それに、この前は週末の夜ではない時間帯にも現れている。先方とて、こちらの都合などいちいち考えたりはしないだろう。


「いえ、多分大丈夫……だと思います、はい」

 歯切れの悪い返答になったのは、あまり乗り気でないからでもある。

「じゃ、どこかで待ち合わせをしましょう。ランチのリクエストはありますか?」

「えっと、特には。なんでもいいですよ」

 こんな時、どう返すべきなのか。本当に食べたいのはラーメンだったが、多分答えとしては間違っているだろう。


「わかりました。楽しみにしています」

 微笑みかける亜門を前に、若干頬が引き攣る凛音。そんな二人の会話に割って入ってきたのは、片山大吾だった。


「市原さん、ちょっといい?」

「あ、はいっ」

 振り向けば、大吾が怖い顔で亜門を睨んでいる。一触即発的な何かを感じ、凛音が慌てて視線の先に割り込んだ。

「なにかありました? もしかして、あの件かなぁ? あ、新海さん、ちょっと席外しますね!」

 捲し立てると、大吾の腕を引っ張り、その場を離れる。


「市原さん、またあいつと出掛けるの?」

 廊下の片隅、息つく間もなく詰められる。何年も一緒に仕事をしていたのに、大吾が自分を好きだと、まったく気付かなかった凛音。亜門の恋心も大いなる謎だが、大吾に関しても「何故に?」という言葉しか浮かばない。


「取引先の催しに参加するだけですよ」

 大したことじゃないです、というニュアンスにしたかったのだが、

「じゃ、なんで昼を一緒に食べるの?」

 ガッツリ聞かれていたようである。しかし、突っ掛かり方が中学生並みだ。

「昼過ぎからの催しだから、ついでに……的な?」

「行かないでよ」

「は?」

「行かないでほしい」

 あまりにもハッキリと言われ、目をぱちくりさせる。


「昨日電話で話したこと、嘘じゃないんだ。俺、市原さんのことっ」

「ちょ、待ってっ」

 辺りを見回し、そのまま使われていない会議室に大吾を押し込む。あんなセリフを会社の廊下で言われてはたまらない。どこで誰が聞いているかもわからないのに。


「ああ、これで二人きりだね」

 目をギラギラさせてそう口にする大吾に、思わず凛音が突っ込む。

「片山さん、ここがどこだかわかってますっ? 会社! 我々は、仕事中! 片山さんが昨日電話で話してくれたこと、嘘だとは思っていませんから! 落ち着いてくださいよっ」

「……あ、すまん」

 シュン、と肩を落とし大吾が謝る。


「急にあんな話して、市原さんだって戸惑うよな。……でも、新海がなんだかその……心配で、つい」

「……あ~」

 確かに、あっちはあっちで分かりやすい態度で接してくる。あの様子では、社内の女子を敵に回すのも時間の問題だろう。


「もしかして市原さん、深海に気があったり……」

「しませんよっ」

 即答だ。


 いや、この場合、相手が誰でもその気などないのだ。恋愛御法度は十四歳から守っている。世界平和に興味はあれど、異性への興味が薄いのは昔からだった。


「そうか、それならよかった。……答えは急がないからさ、俺とのこと、真面目に考えてほしいんだ」

「はぁ……」


 曖昧に返事をし、会議室を出る。小さく手を振りデスクに戻っていく大吾を見ながら、今後の対策を考えなければいけないな、と漠然と考える凛音だった。


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