第9話 モテ期の話

 本社から来た、新海亜門。

 職場の上司、片山大吾。


 どうやら、どちらも自分のことを好きらしいと知った凛音。間違いなく、今が人生最大のモテ期だろう。


 電話を切って茫然としていると、ディーノが凛音の顔を覗き込む。

「なんだそのアホ面は」

 カチン、とくるその物言いに、顔の筋肉が一瞬できゅっと締まる。

「アホ面とはなによっ」

「今の、片山だろ? なんでこんな時間に電話なんか」

 面白くなさそうにディーノが文句を言う。


「ああ、なんか……新海さんが片山さんに余計なこと言ったせいで、片山さんが心配になったみたい」

「心配? なんの?」

「えーっと……」


 なんだろう、ディーノには今までなんでも話してきたし、さっきだって亜門の話を聞いてほしくて話したのだ。しかし、ディーノの虫の居所が悪い。話せというくせに、話すと怒り出す。本当のことを言ったら、また怒られそうな気がした。凛音にはその理由がわからない。


 なんで正直に話をしているのに、ディーノはあんなにイライラした顔を見せるのか……。

「――もしかして、遅れてきた反抗期?」

「……は?」

 思わず脳内で考えていたことが、口から駄々洩れてしまう。


「なんでもない」

「遅れてきた反抗期ってなんだよっ! 俺のことかよぉぉ!」

 ディーノに肩を掴まれ、揺さぶられる。

「わぁ、ごぉめぇぇぇんってぇ」

 声を震わせながら謝ると、ぴたりと動きが止まる。そしてディーノは、凛音の肩に手を置いたまま、顔を近付けた。金色の髪がさらりと揺れ、ブルーグレーの瞳が潤んでいる。


「もしかして、片山に何か言われた?」

「ひょ?」

 凛音は口を丸く開け、視線を斜め上へと逸らす。

「……な・に・を、言われた?」

 ギリ、とディーノが肩を掴む手に力を込めた。

「いたたたたたっ、ちょっと、ディーノ痛いってば」

「あ、ごめん」

 パッと手を放すディーノ。バツが悪そうに立ち上がると、ガシガシと頭を掻く。


「お前は魔法少女だからさっ、その……心配っつーか、俺がちゃんと管理しねぇとだし、その」

「わかってるよ。私がちゃんとしないと、ディーノに迷惑かかっちゃうもんね。うん、とにかく私、アモールを倒すことに神経を集中させるから!」

「……うん」

 自分の都合で物を言っている。ディーノはそのことを自分でもよく理解していた。我儘なのは百も承知だったが、それでも……。

 ディーノの中で、メビウスの輪のような葛藤はどこまでも続いている。


「ちょっと俺、頭冷やしてくるわ」

「え? なんでっ」

 凛音が引き止める間もなく、ディーノは擬態を解き、元の姿に戻る。そしてふわふわと浮いたまま、ベランダの窓を開け外に飛んで行ってしまった。


「……ディーノ、どうしたんだろ」

 いつものディーノらしからぬ行動に、心配が募る。

 そもそも口が悪く、文句ばかりの言動が目立つディーノだったが、今日のはなにかが違うように感じるのだ。

「やっぱり、私がアモールを倒せないまま、魔法少女引退になりそうなことがショックなのかなぁ」


 思い起こせば、ディーノとは十五年来の付き合いだ。お互いがお互いのことをよく知っているつもりでいたが、実際のところ、凛音にとってディーノは相棒であり、ディーノにとって凛音は……ただの魔法少女だろう。

「自分が見込んだ魔法少女が、ハートブレーカーを打ち破る。そしたらディーノは、あっちの世界で出世したりするのかもしれないなぁ~」

 ディーノのいた世界、コル・イラディアは、美しい自然と穏やかな獣人たちの暮らす魔法都市だと聞いていた。しかしディーノたちの種族は、その魔法の力を力に変換することができない。だから、魔法少女が必要なのだ、と。


「……でもよく考えたら、なんで“少女”なんだろう? 魔法使いは男でもなれるんじゃない? 魔法“少年”とは言わないけどさぁ」

 今更ながらにどうでもいい疑問が浮かぶ。


 こんな疑問すら解けないまま十五年一緒にいたのだ。お互いのことを知っているようで、実はなんにも知らないのかもしれない。本当はディーノが、どうなりたいと思っていたか。凛音をどう思って、今まで一緒にいたか。考えてみたが、わからない。


「……実はあんまり好かれてなかったのかも」

 思い起こせば、一人暮らしを始めてからは、ディーノを小間使い同然に使ってしまっている。毎日の食事に、掃除、洗濯……。そんなことをするためにこの世界に来たわけじゃないだろうに。

「マズいな。私、ちゃんとしなきゃダメだ」

 自分を選んでくれたディーノに報いたい。このままズルズルと引退するだけでは、なんのために今まで魔法少女を頑張ってきたのか、わからなくなってしまう。


「次に会った時が勝負よ、アモール・ヴァンデロス! この私、ポニー・レイン=サンシャインが、絶対にあんたを倒してみせる!」

 拳を高く突き出し、心に誓うのであった。


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