ただいま

衝撃の宣言。まさかのお偉いさんが出てきて、ギルドに誘われてしまった。うーむ、昔なら喜んで飛びついただろうけど今はなぁ。


「えと、スゴくありがたい話なんですけど。今はこう、なんと言うか、ダンジョンに関わる事と少し離れていたいんです」


「ふむ、そうですか。それなら仕方ありませんな」


仁王さんはそこまで食い下がらずにあっさりと諦めてくれた。もしかしたら、ちょっとした冗談だったのかもしれないな。社会経験がない俺が本気で受け取ってしまっただけだったのかも。


「まぁ、困り事があれば私の力が及ぶ限りはお助けしますので、是非仰ってくださいね。黎さん、貴方とは良き友人でありたい」


「えぇ、もちろんです」


俺は仁王さんと改めて握手を交わした。ギルドマスターなんていうから、もっと硬い感じを想像してたんだがそんな事一切無かった。


「あ、その。お誘いを断った後でこんな事頼むのも少し気が引けるんですが⋯⋯」


「いえいえ、なんでも仰ってくださいな。何ですかな?」


せっかくなので力を借りることにする。にしても緊張してきたな。10年振りに再開⋯⋯とんでもない時間だな。怒られないといいなぁ。怒られるだろうなぁ⋯⋯


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アマテラスギルドの社長室とも呼ぶべき部屋である日輪の間にて。


「仁王さん、よろしかったので?」


コーヒーを運んできた梓は仁王へと問いかける。ギルドは戦闘能力の高い人材を常に欲している。その手の業務に従事している梓は、仁王がわざわざ出てきた時点で『彼』のスカウトは何がなんでもする物だと思っていた。


「コーヒーありがとう。そうだな、まぁ繋がりと借りは作れた。もし彼がダンジョンにまた関わるとなれば私たちを頼ってくれる可能性はかなり高いと思うよ」


梓はその言葉を聞いて訝しんだ。アマテラスのギルドマスターである仁王 丈一郎にしては消極的過ぎる。彼はギルドマスターになった今でこそ大人しくなったが、模範的探索者とも言うべきハングリー精神満載な男だ。


「他にも何かおありなんでしょう?彼がアマテラスを訪ねる理由が」


「まぁ、これは仕込んだ訳じゃ無いがね。まさかが彼の知人とは思いもしなかったさ。ただ、ウチに入ってきた時に話した内容とこの状況。もしやとは思ったけどね」


「正に天運という訳ですか」


「ははは、そうなる。さて、これから色々と黎君を中心に忙しくなるよ。ランク戦にダンジョン祭、何よりの攻略⋯⋯全くキリが無いね」


仁王はコーヒーをグイッと飲み干して、手元の資料に目を通していく。どれも重要度が高い物だったが、やはり最も優先すべきなのは侵界型ダンジョンの攻略であった。


まだ数の少ない形のダンジョンではあるが、本来地上に入口のみが現れるダンジョンと違い、ダンジョン化するそれは対応が急がれている。研究者の間ではいつか地球はダンジョンに飲み込まれてしまうなんて話も上がっているほどだ。


「さて、どうなる事か⋯⋯」


仁王は窓に目を向けながら、ため息を着いた。


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アマテラスのギルドを出て4日。


という訳で、あれこれ手を回して貰いまして目的地に到着。地主にしか許されない超デカお屋敷。門の上にデカデカと『三好』と掘られた表札が置いてある。


ふぅ、緊張するな。息を整えてインターホンをポチッとな。


『⋯⋯はい、どちら様で』


ドキリとした。インターホンの向こう側から聞こえた声。聞き覚えのある声。正直かなり薄くなっていた昔の記憶が刺激され、鮮明に蘇る。


「あ、その、今日お伺いする予定の九重 黎です」


少しの沈黙が流れる。胃がキリキリします。ココ最近は思い出す事も無かった表情が次から次へと湧き出てくる。うん、全部怖い顔してら。


『お待たせ、入って来なさい』


自動で門が開き、中へと招かれる。渋々足を踏み入れて先へと進む。


中は盆栽やら小さな池やら石を敷き詰められた庭が出迎えてくれた。昔の記憶を頼りに来客用では無い玄関へと向かう。


お屋敷の中は昔のまま、変わりないように見えた。ノスタルジックな気分になるな。


そして、遂に着いてしまった。襖の前に立ち尽くす俺。この向こう側に先生がいると思うと足が動かん。10年間、戦い続けてきたがこれ程の緊張は中々ないぞ。マジで。


「何をぼったちしてるのですか。早く入りなさいな」


襖の向こうからの声で急かされる。ぇぇい、ままよ!襖を開け放ち、部屋へと入る。中では記憶の中より少しだけ老けた、俺の保護者である三好 玲子(みよし れいこ)さんが待っていた。うぉ、目つき鋭っ。


「座りなさい」


「は、はい!」


言われるままに三好先生が座ってるいる向かいへと座る。


「さて、言いたいことは山の様にあります。が、先ずは私に言うことがありますね、黎?」


圧を掛けられている。これは速攻で謝罪をかまさなければ!!


「先生、10年間も長い間音沙汰も無しにすいませんでしたァ!普通に生きてました!」


「はぁ⋯⋯」


た、ため息ぃ?!謝罪の仕方が悪かったか?


「確かに、貴方は多くの人に心配を掛けました。でも謝罪より先に言う事があるでしょう?家に帰ってきたのですよ」


そう言われて、ハッとした。そうだ、俺は帰ってきたんだ。あの地獄みたいな場所から、普通だった世界に。


「⋯⋯先生、ただいま!」


「はい、おかえりなさい」


三好先生は凄く柔らかい表情で俺を迎えてくれた。帰ってきた。日常へと。


それから、長いこと話し込んだ。この10年間どうやって過ごしてきたのか。逆に地上はどんな感じだったのか。


驚いたのが、ダンジョンは以前にも増して生活の一部になっていた事だった。ダンジョン資源は最早生活に欠かせないものとなっているみたいで、最たるものだと発電施設に使ってるものだそうだ。


探索者も信じられない程増えており、今は高校生だと学校の行事の一環でダンジョンに行くなんて事もあるそうだ。


「さて、ではこれからどうするつもりなのですか?どうするにしても力は貸してあげますが」


「うーん、そうだな。先生に甘える形になるけど暫くは今の世界に慣れたいんだよね。どう変わったのか、実際に自分で見てみたいんだ」


先生はやれやれと顔を振っている。俺がワガママ言ったり、駄々こねたりする時によく見るヤツ。懐かしい物を見た。


「本来であれば、勉強をして、せめて形だけでも高校は卒業してもらう所ですが。今はゆっくりしなさい。急ぐ事はありません」


俺にはなんだかんだ甘い人だ。ついつい甘えてしまうな。まぁ今は凄く助かるが。


「ならお言葉に甘えて、のんびりするよ」


今は何も目的が無い。でも、それがいいんだ。しばらく厄介事は勘弁だ。


──────────────────────


10年間ダンジョンで生き延びた人間が帰ってきた。その情報は瞬く間に広がった。


ある者は戦いを求め、ある者は情報を、ある者はその特殊な立場を求めた。


テレビ報道にて。

「速報です。本日、アマテラスギルドからの発表で10年前にダンジョンに入り、生存して居た男性を保護したという情報が入りました。それと同時に移動型開口ダンジョン『龍禍回廊』のボスモンスターの討伐も発表されました」


とあるネット掲示板にて。

#龍禍回廊 #生還者 #新たなS級?

『え、ちょ待って?10年間ダンジョンってヤバくね?』

『ウワサだとボスモンスターはそいつがソロで狩ったらしいぞ』

『嘘乙wwwwww今どきビギナーでも信じんわ、そんな事』

『アマテラスの関係者から聞いた話なんだが?』

『ハイハイ一位のギルドに繋がりある俺スゲーでちゅねぇ〜』

『嘘じゃねぇって!』


アマテラスギルドの前を通りがかった目撃者談にて。

「いや、最初は何かのコスプレだと思って。ボロボロの服とガッチリした装備付けてて。でもこう、纏っていた雰囲気がそりゃもうピリピリしててねぇ」

「そうそう、自分は一応探索者やってんだけどあんなすんごいオーラ纏ってる人初めて見たよ」

「そうだねェ、帰還兵?帰還者?そんな感じだよ」


こうして彼は望まずして、台風の目となっていく。


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