食事は邪魔するべからず
【特別報告】
件名:移動型開口ダンジョン、固有名『龍禍回廊』におけるボス撃破および未登録人物出現について
発信:ギルド名・アマテラス/探索特化第一チーム
日時:2033年3月5日
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◆ 概要
本日14:12、S級ダンジョン『龍禍回廊』中層において未登録の人物1名が確認され、ボスモンスター《メルゼ・リヴラグーン》を単独で撃破。
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◆ 対象人物について
• 突如として出現、事前のモニタリング反応なし
• 撃破後の対話により、長期間ダンジョン内で生存していた可能性が高い
• 過去の失踪者との一致点あり。詳細確認中
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◆ 状況と対応
• 撃破確認後、当ギルド職員が接触を開始。現在、地上へ搬送中
• 当該ダンジョン内における構造に変化が観測されており、ボスモンスター撃破による変異の可能性あり
• 外部への情報公開は制限。今後の調査報告を待つこと
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◆ 備考
経過は追って報告予定。
対象人物の身元照合およびダンジョン構造変化の因果確認を最優先とする。
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「⋯⋯それで確認なんだけどね、九重 黎君。君は10年も前にダンジョンに入り、そこから今日まで戦い続けて生き残ったのね?」
目の前の女性、如月 梓(きさらぎ あずさ)と名乗った女性は少し眉間に皺を寄せて俺に聞いてきた。
「戦い続けて、ってのは少し語弊がありますが、概ねそうです」
「何度聞いても信じられないなぁ。あの特異なダンジョンで10年、しかもボスモンスターを単独で撃破出来る程の強さなんて。うちのトップ層でも同じこと出来るのが何人いるかなぁ」
「まぁその⋯⋯はい」
俺一人で倒した訳じゃないんだけどな。訂正する必要は無いか。アイツらの事は話したくない。
その後、簡単な質問を幾つか受けて、最後に身体能力テストを受ける事になったみたいだ。
エレベーターに乗り、しばらく降りた先で通された場所はかなり広い空間。ラインの引かれていない体育館の様な感じで、様々な道具が壁の近くに置いてあった。
「ホントに大丈夫?後日でも良かったんだけど」
「いえ、体に不調はありませんから」
そこでは走力や握力、反射神経を確かめる為と思われるテストを幾つか受けた。如月さんがずっとスゴいスゴいと褒めてくれるので少し張り切ってしまった。
最後にオーラを測定する事となった。初めに聞いた時はなんの事かと思ったが、どうやら俺が魔力と呼んでいた力は地上だとオーラと言うらしい。
俺がダンジョンに入った頃は確かに色々な呼ばれ方をしていたが、魔力ではなくオーラか⋯⋯なんか某狩人の漫画を彷彿とさせるな。
測定装置の前に行き、オーラを纏う。出来るだけ全力で戦闘時の様に、との指示だったので気合いを入れる。
ギシッ⋯⋯と目の前の機械が歪む音を立てたので少し控えめにする。流石に壊すと居心地が悪いからな。
梓さんからテストの終わりを告げられて、食事をとる事になった。地上でのご飯に胸が踊る。ダンジョンでのご飯は⋯⋯今は思い出したくないな。
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「こりゃすげぇわ」
目の前に示されるデータを前にアマテラスギルドの情報管理室・室長である阿笠 広輔(あがさ ひろすけ)は唸った。
身体能力データはどれも一般的な探索者と比べてかなり高い数値を示している。
「でも何よりスゴいのこっちですよね」
研究者の一人がとあるデータを指さす。阿笠も頷いて同意する。
「あぁ、こっちは最早異常だな」
阿笠が目を落とした先にあるデータはオーラの観測結果。総量自体はそこまで多くないが、問題は密度。
「ただ纏うだけでこれ程の密度とはな」
オーラは雪を手の中で固めるように、凝縮する事によってその力が増すことは、ダンジョンに携わる界隈では一般常識である。
しかし、その常識を持ってしてもこのオーラの密度は異様であった。
余りの力に機材が軋み、少し壊れていた程だ。
「なるほどねぇ、ダンジョンで10年間。こりゃ嘘じゃ無いかもね」
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「好きなだけ食べていいからね」
「はい、ありがたく頂きます」
食堂にて、遂にご飯と対面した。正直泣きそうだ。ダンジョンで何度も死にかけたし、そりゃ辛い目にあってきたけども。何よりも辛かったのはマトモなご飯が無かった事だった。
俺の目の前に置かれたそれは唐揚げ定食。とんでもなくいい臭いを放ち、俺の食欲を掻き立てる。こんなに興奮したのは黒ドラに初めて傷を付けた時以来かもな。
「では、いただきま──」
「あ、君がウワサの10年君?」
後ろから声を掛けられ、箸が空中で止まる。まだ俺と確定した訳じゃない気がするので、そのまま食事を続行。唐揚げを口に放り込む。
うっっっっっっま!!!!!マジで美味い!!!マジで生まれてきて良かった、と心から神に感謝してガツガツと食う。
「ちょ、スゴい勢いで食ってんじゃん。ねぇねぇ君なんでしょ?ダンジョンで10年間も生き延びたってウワサの奴」
俺はとりあえず唐揚げと白飯をとんでもない勢いで掻き込み、たくあんを貪り、最後に味噌汁を流し込む。生きている。これが命だ、そう確信した。
「何、そういう感じ?ならこんなんどうよ?」
背中に強烈な力を感じた、けど明らかに当てる気がない。脅しか。でも食後の余韻を邪魔されたくは無いので、それ相応の対応は取らせてもらう。
俺は素早く振り返り、繰り出された拳をいなして手首を掴む。後は懐に潜り込み、腹へと1発決めて退場してもらう⋯⋯はずだったのだが、腹への一撃は受け止められてしまった。
「うわぉお、すんごい鋭いね。君」
「ちょ、ちょっと矢代君!なんで急に襲いかかっちゃうの!」
「いやぁ、梓ちゃん。ゴメンゴメン、ウワサに聞いてたボスソロ撃破した奴の顔と実力をちょっと拝んでおきたくてさ」
矢代と呼ばれた男は飄々とした態度で如月さんにウィンクして謝る。
「いや、急に殴りかかって悪かったね。俺は矢代 司(やしろ つかさ)。戦闘特化第2チームのフロント担当してるんだ」
こいつ襲いかかってきておいて、なんて軽薄な奴だ。まぁ癪だが誰かと争いたい気分じゃない。それはもう散々やったし。
「⋯⋯俺は九重 黎。アンタが言うところの生存者だ 」
「へぇ、レイね?いい名前じゃん。じゃあさ、レイ。良かったら俺と模擬戦しようよ」
「ちょ、矢代君いい加減に──」
「あぁ、いいぜ。やろう」
如月さんが止めようとしてくれたが、今俺は動きたい気分なのだ。食後の運動って奴だ。それに、飯の邪魔をされた恨みを合法的に返せそうなチャンスだし、これを逃す手はない。
「そう来なくっちゃ!!」
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その後あれよあれよと話は進み、先程とはまた別の広い場所に来た。第二訓練所なる所だそうだ。
野次馬がそれなりに集まってきたみたいで、なんだが緊張する。見られながら戦うのは慣れてないんだよなぁ。
ルールはお互いに素手、オーラの使用は大丈夫。スキルは禁止。俺はスキルなんか無いけどね。背中が地面へと着いた方が負けという形になった。
「マジで手加減とかしなくていいよ〜。うちのヒーラー達優秀だからどんな大怪我して速攻で治してくれっからさ」
「そうか、わかった」
目の前で準備運動をしている矢代。コイツなんかノリが軽いというか、テンションだけで生きてるというか。陽キャって皆こんな感じなのか?
「準備はいいかい?」
「あぁ、いいよ。何時でも好きな時に始めてくれ」
『それではこれより、模擬戦を開始します』
スピーカーから如月さんがそう告げる。よーいドンで始める戦いなんて少し違和感があるな。
『それでは、始めっ!』
如月さんの合図と共に勢い良く矢代が飛び出して来た。おぉ、早いな。でも踏み込みの動作がデカすぎる。今から突っ込みますと宣言してるみたいなもんだ。体を半身引いて避ける。
「ははっ!!やるぅ!」
矢代は素早く切り替えしてインファイトを仕掛けて来た。力とスピードに任せた雑な攻め方。でも手数はなかなかのもんで、捌くのが大変だ。
「くっ、まだまだいくよォ!」
更に早くなる。流石にここまで来ると捌くのに限界が来たのでこちらから攻めることにした。
今まで捌きに徹した状態から一気呵成に畳み掛ける。強く相手の腕を打ち払い、肩と腰でタックルをかます。体勢が崩れた所に、掌底を溝尾に叩き込み抵抗する力を完全に奪い、後はそのまま地面へとタッチダウンだ。
シーンとした空気が流れる。え、倒しちゃダメだった?もうちょい拮抗した戦いにして、盛り上げた方が良かったかな?
『あ、そそ、そこまで!』
如月さんの声が室内に響く。そして様々な声が上がった。
「おいおい、司をこうも一方的に倒しちまうのかよ!」
「今の見たか!?アイツ始まった場所からほぼ動いてねぇぞ!」
「いやいや、それよりもアイツオーラ使ってなくない?」
「バカ言え、オーラ使わずにどうやって矢代の攻撃を受けてたんだよ?」
「なんかこう、達人ッ!て感じだったな」
「こりゃS級クラスの実力は間違え無いんじゃないの?」
全員がワヤワヤとしているのでどうしようとその場でモジモジする羽目となった。
「いやぁ、負けた負けた〜!めちゃくちゃ強いね!」
さっきまで地面で倒れていた矢代がぴょんこと跳ね起きる。元気なやつだな。
「いや、アンタも相当早かったぜ。捌き続けれ無かったからな」
そう、ホントは捌き続けてヒーヒー言わしてやろうかと思ってたんだが、想定以上に素早いもんで予定を切り上げる事になった。
矢代がどれ程のもんかは分からないが、地上の探索者達はどれ程の強さなのか少し気になってきたな。
「なぁ、アンタどうやってそれ程の強さになったんだよ?俺にもコツとか教えてよ!」
矢代はニコニコしながら俺にそう聞いてきた。うーん、そう言われても生きる為に身につけた力だしなぁ。
「ダンジョンに行きまくる⋯⋯とか?」
そんな事しか俺には言えんぞ。
「なるほどね。そりゃ一理、いや百理あるね。ダンジョンに入らずして強くなる奴なんて居ないってね」
なんかこう、気持ちの良い奴というか。こうやって話してみると、コイツは年上に好かれやすそうな雰囲気を常に出してるな。年上キラーだ。
「いや、素晴らしい戦いだった。流石と言わざるを得ないな」
かなりガタイのいいおじさんが俺たち2人の側まで歩いて近付いてきた。一目見ただけでこの人が相当な実力者である事はわかる。
「あ、ギルマス。居たんすか」
「あぁ、今日はそこの彼に用があったんでね」
ギルマスと言われた男は俺に手を差し出した。
「どうも、アマテラスギルドのギルドマスターやってます。仁王 丈一郎(におう じょういちろう)と云います」
「九重 黎です。よろしくお願いします」
俺は握手を返して挨拶をする。明らかな目上の人との会話は緊張してしまうな。
「さて、早速本題なんですが。九重さん、うちのギルド入りません?」
まさかのギルドへの勧誘であった。
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