ダンジョンサバイバー
ドラゴン竜
生還者
始まりと終わり
ダンジョンというものご存知だろうか?
そう、いわゆる洞窟の様な入口に、中にはモンスターやお宝が盛りだくさん!いざゆかん、浪漫の彼方へ!
そんなダンジョンである。
しかして、所詮はそんな物は空想の産物であり、現実には存在しない⋯⋯はずだった。
西暦2017年、4月21日。中国の大連市の市内にてそれは現れた。大きな揺れを伴い地面が陥没したかと思えば、霧がかった洞窟の入口の様な物が現れた。後はもうお察しの通り。それは紛れも無いダンジョンであった。そう、我々の想像する所の物である。
この事件を皮切りに、世界各地にダンジョンは現れた。そして、そこから得られる資源。それによって世界の経済は大きく動いた。夢のような物がそれはわんさかと出たらしい。しかし、そんな物はダンジョンのもたらした恩恵のごく一部。最も驚きを与えたのは───そう、ダンジョンの中でモンスターを倒した人間は新たな力を得ることだろう。
火を出し、操る。風を纏い、宙へ浮く。水を生み出し、濁流を押し出す。そんなファンタジーよろしくな力を得られるという。無論、誰もが得られる訳では無くそこはガチャ要素となっているそうだ。
そんなセンセーショナルな事態から4年という歳月が立ち、ダンジョンはしっかりと管理下に置かれた。なんでもダンジョン管理協会というのが出来てそれが瞬く間に混沌を整理していったそうだ。そんな事もあり、ダンジョンは世界の1部へと組み込まれた。
そして、諸君。長々とご清聴ありがとう。ここからが本題なのだ。
「本題行くまで長すぎじゃないすっか?」
俺の前に座るボブカットの女後輩、改めて橘 小羽(たちばな こはね)は不満げにそう言ってのけた。
「なんだよぉ、お前がダンジョンの事あんま知らねぇなんて言うから語ってやったのによ」
「大事な話があるなんて言うから来てあげたのに、こんなの聞かされたら文句言いたくもなりますよー」
む、確かに前置きが長すぎたのは良くなかったか。観客の反応は大事だ。
「うぉほん!では本題に入ろうではないかね。この私、九重 黎(ここのえ れい)はダンジョンに挑もうと思います!!はい、拍手!!」
俺の掛け声に合わせてぺちぺちと力のない拍手が室内に響く。うん、やってくれるだけ良い子だね。
「でも、ダンジョンってそんな素人がひょいひょい入れる物じゃ無いですよね?先輩ギルドにでもスカウトされたんすか?」
ギルドというのはダンジョンを踏破するもの達、通称「探索者」と呼ばれる者達を纏めて構成される組織である。まぁ、これもまたよくある奴が現実にやってきたって感じだ。
「ハッハッハ、小羽君よ!忘れたかね?私の中学時代の体育の成績の悪さを!」
「それ自分で言ってて悲しくなんないすか?」
「すごくかなしい」
俺の頬を静かに涙が伝う。もちろん、心の中で。
「そう、本来であればギルドに加入するか、協会に所属してダンジョンに入るのが正規ルートだよな?でもあるだろ?ダンジョンが現れた初期にはそれこそが王道であったダンジョンへの道が!」
小羽は首を傾げ、少し考え込む。そしてハッと顔を上げる。
「まさか、未管理ダンジョンに行く気ですか?」
「いぐざくとりー」
そう、大抵のダンジョンは既に国と協会に管理されているが、ごく稀に野良ダンジョンとも呼ぶべきものが存在する。そういう物を見つけたら速やかに報告した方がいいのだが───
「まぁ、報告する前にモンスター1匹くらい狩りに行ってもバチは当たるめぇよ」
「はぁ、やっぱアホっすね。トンチンカンのちんぷんかんに拍車かかっちゃってますよ」
「そこ、チクチク言葉やめなさいよ。まぁほんとに上層のモンスター狩るだけだって。1匹だけで力に目覚めるかどうか分かるらしいからさ」
ダンジョンは上層、中層、下層に別れており、上層のモンスターは大した事ないで知られている。俺の調べでは。
「で、こんな話して私にどうして欲しいんですか?」
「ん、それはな。もしもの話だが、俺が帰ってこなかったら協会とかにダンジョンの事知らせて欲しくてな」
「嫌ですよ、自分でやってくださいよ。てか行かないでください。ケガするかもなんすよ」
小羽の真っ直ぐな瞳が正論を伴って俺を貫く。うぐ、自分に反論の手札が無い時の正論は防ぐ術無しだ。
「⋯⋯分かったよ、確かに俺がアホだった。この話は無しだ。後でちゃんと報告しとく。お詫びに今日は俺が飯奢ってやる!」
「ホントっすか!先輩サイコーです!」
俺の奢ってやる宣言を聞いた瞬間、先程までの疑念に満ちたお目目は一転、キラキラ輝くJCのそれに変じた。
「おし、じゃあ行こうぜ!」
こうして俺たちは家を出た。
──────────────────────
3日後、俺は件のダンジョンの入口に、家にあった模造刀を持って立っていた。⋯⋯もちろん、小羽には悪い事をしたと思っている。しっかりと心配してくれた人の意見を蔑ろにして自分の欲望を優先するなんて。
「それでも、俺はこれがやりたいんだよ」
自身の決意を確かにする為に、声に乗せて覚悟を表す。
まぁ、考えたくも無いがもしもがあった時の事は備えてはある。しっかりと家に書き置きをしてきた。もちろんそいつを遺書にするつもりは無い!
「見てろよ⋯⋯力を手に入れて、必ず見つけてやるよ!」
そして俺はダンジョンの霧を抜け、中へと踏み込んだ。
中に入るとそこは広々とした森だった。そう表現する他無い。木々に草原、お空にはご機嫌な太陽と雲まで浮かんでいた。
聞いてはいたし、映像も見た事あるけどやっぱり違和感が凄い。入口との乖離が激しすぎて、現実感が薄れる。
深呼吸をして歩き出す。モンスターをたった1匹、それだけで良いのだ。恐らく弱いモンスターなら模造刀が壊れる勢いでぶん殴れば、倒せるはずだ。そう自身に言い聞かせる。
迷子にならない様に持ち込んだコンパスを確認しながら進み続ける。一説によるとダンジョンは物によっては無限に続く物さえ有るではないか、とか言われてるらしい。出入口を見失ったら一巻の終わりだ。
ミシッ⋯⋯と右の方で音がした。体が跳ねてそちらを見る。木々の間から姿を現したそれは、ドラゴンであった。よく、西洋ファンタジーに登場するトカゲがデザイン元になったであろうあのドラゴン。身の丈は俺の何倍だろうか?数十倍?数百倍?そんな事を考える事でしか、自分を保てない。だって、こんなの──
「し、死ぬじゃん──」
轟音、地響き。ドラゴンが吠えたらしい。俺は奇妙な浮遊感を感じながら少し先の未来の事を考えた。死ぬ。恐らく、俺は死ぬ。見つかっていなけりゃ小便撒き散らしながらでも逃げ出したが、目の前のこいつは俺は睨んでいる。俺を、認識している。
「はは、悪ぃ。小羽。俺ホントバカだわ」
死に際に浮かんだのは最も仲が良かった後輩の顔と思い出。目から涙が止まらない。吐き気と頭痛でたっていることすら出来なかった。
ズシン、ズシンと俺の死が迫ってきていた。走り出しても俺の寿命はそんなに変わらないだろうな。だったら、やればいい。どうやっったって変わらないなら、試すだけ試して見ればいい。
「不思議だ⋯⋯」
先程まで張り裂けそうだった体は今ではフワフワと飛んでいきそうな軽さだった。地面と触れている足の感覚が希薄で、手に握りこんだ模造刀は伝説の聖剣に見える。なんでも出来そうなそんな感覚。でも脳裏では理解してる。そういう事だって。
「よっしゃ、行くぜ!!!」
力の限り叫び、俺はドラゴンへと走り出す。手に握った刀を振りかぶって、奴の体へと突き立てる為に。
ジュッ───と音と共に辺り一面が真っ白に染まる。顔を上げるとドラゴンが口を開き、その奥では世界を埋めつくす程の光がゆらゆらと漂っている。
「ハハハ、そんなの無理じゃんかよ」
光が世界を飲み込んだ。
──────────────────────
2032年11月6日。移動型開口ダンジョン、固有名龍禍回廊のダンジョンブレイクを目的として、国内ランキング一位であるギルドのアマテラスのトップ探索者達が動員される。
しかし、ダンジョン階層に依存しないモンスターの強さの変化。広大なダンジョン内で最下層への探索は困難を極めた。
挙句の果てに上層でありながら音も無く現れる、ボスモンスターである黒いドラゴン<メルゼ・リヴラグーン>のあまりの強さに攻略は難航していた。
──────────────────────
「ふぅ、ここは疲れるねぇ」
部下の前だが、つい弱音を吐いてしまった。
「仕方ありせんよ、隊長。ここは普通のダンジョンとは勝手が何もかも違います」
部下も疲れた顔で同意してくれた。周りに目をやっても似たような表情ばかりだ。
既にこのダンジョンの攻略が始まって半年が経とうとしていた。最初はちと難しいダンジョンの攻略かなんて考えていたが、始まってみればこれまた大変な仕事だ。
トップの戦闘部隊でさえ手こずるボスモンスターは何処からともなく現れる。モンスターの分布にはルールなんて物は無く、ダンジョンから得られる資源や道具はしょぼくれている。
しかもダンジョンの入口はほっておいたらフラフラと移動しちまう。そりゃこんなダンジョンなんて誰も入りたがらない。ボスはなんでこんな仕事受けちゃったのかなぁ。
ピシンッとオーラ探知機がひび割れる音が響く。部隊の全員が一瞬で戦闘態勢に入る。
「来るぞっ!!!奴だ!!」
地面から揺らりと蜃気楼の様に現れたそれは、メルゼ・リヴラグーン。ボスモンスターである。
「全くっ!ハズレくじもいい所だ!全員、防御陣形を取れ!隊列を崩すなっ!攻撃は考えなくていい、戦闘部隊に連絡しろ!」
指示を飛ばし、全身にオーラを纏い構える。恐ろしい顔だ、身震いが止まらない。戦闘部隊の奴らはこんなのとやり合わなくちゃならんとはね。
「た、隊長!妙です、こいつ、怪我してませんか?」
「何!?」
部下に言われて、目の前の化け物の体を見る。確かに鱗はひび割れ、よく見れば体の至る所が再生時特有のオーラの光だらけだ。
「戦闘部隊の奴らとやり合って逃げてきたのか⋯⋯?」
脳裏に過ぎる手柄への欲求。コイツを倒せば俺は⋯⋯。そんな考えは一瞬で吹き飛ぶ。
グルァアアアアアアアアアッ!!!!!!!
その咆哮で現実へと戻る。例え傷を負っていても、自分達の手に負える相手では無い。
メルゼ・リヴラグーンがその体を振るうだけで、我々は満身創痍になった。反撃を考える事など出来はしなかった。
「くっ、戦闘部隊はまだかァ!」
「げ、現着までおよそ20分っ」
「な⋯⋯」
20分、余りにも長すぎる。戦闘部隊が着く頃には我々は地面の染みになっている。ここは、決断しなくてはならない。
何とか耐えている部下たちに指示を出す。
「全員、攻撃に対応しながらでいいから聞け!!!部隊を分ける、俺と近藤、笹村と酒井はここに残り、こいつを食い止める。残りは戦闘部隊と合流しこちらへ誘導してくれ」
数瞬の沈黙。ここで部隊を分ける意味が分からない奴らでは無い。
「菊池、お前がそっちの指揮を取れ。年長者だろ?」
菊池は唇を噛み締めて、頷く。
「よし、いいな。合図したら部隊を分けろ!」
全員が攻撃に耐えながら、その瞬間を待っていた。汗が頬を伝って地面へと落ちていく。
「3、2、い──」
言い終わる瞬間だった、突然目の前の巨体が俺たちから視線を外した。まるで俺たちなんて存在しないかのように、ある一点を見つめている。その奇妙な光景に思わず釣られて、メルゼ・リヴラグーンの視線の先へと目を向ける。
それは人型だった。ボロボロの服を纏い、ギラギラと輝く刀を携えた人型。余りに強力なオーラを纏っている為に体の輪郭がいつまでも定まらない。故に、それを人間と断定することは出来なかった。
それはゆっくりとした足取りで、しかして確かにこちらに向かってきていた。それもきっと俺たちなんて気にしちゃいない。メルゼ・リヴラグーンとそいつの視線はぶつかり合い、空間に圧力の様な物を感じるほどだった。
先に動いたのはメルゼ・リヴラグーンだった。翼を大きく展開してふわりと空へ飛び上がると、ごうっ!と人型へと突っ込む。明らかな殺意を伴って。
近付いてきていた人型が腰を落として、刀を鞘へ収める。所謂居合の構えであった。キィィイィィと高められたオーラがはちきれん程に刀へと込められていた。
その時ようやく気付いたが、それは人間であった。鋭い眼光に鍛えこまれた体。一体どれ程の鍛錬の果てにここに到れるのか。そんな考えが過ぎる様な男であった。
「一刀」
そんな言葉が耳に入った時には刀は既に抜き放たれた後であった。斬撃はメルゼ・リヴラグーンを正面から捉え、その巨体をはじき飛ばした。
「終わりにしようぜ、黒ドラ。俺とお前の因縁よ」
人型ははじき飛ばした巨体に飛び乗り、刀を素早く振るうと藍色の血が飛び散る。肉が裂け、モンスターの体の中に存在するコアが剥き出しになる。
ギィヤアアアアアアア!!!!
悲鳴の様な咆哮が辺りを劈く。それに合わせて、コアが煌めき、オーラが一点に集中していく。
「っ?!まずい、全員逃げろっ!!」
非現実的な戦いを前に意識を奪われていたが、危険な力を感じ取り、部下たちへと指示を出す。全員がその指示を聞き、意識を取り戻した様に動き出す。
「あ、アンタッ!!!何処の探索者か知らんが逃げろっ!」
声を張り上げ、光に晒された刀使いに声を掛ける。しかし、こちらを少し視線を送り、首を振る。
「コイツとの決着は、誰にも譲らない⋯⋯俺が、俺たちが決める」
刀使いは確かに言うと、刀を振り上げた。光そのものへと化しそうなコアへと刀を両手で強く握り込み、力強い叫びとともに振り下ろした。
そして、光が世界を飲み込んだ。
一体どれ程の時間が経っただろう。一瞬にも永遠にも思える様な時間が過ぎて、辺りは静寂が包んだ。
俺は土まみれになった体を起こし、先程までメルゼ・リヴラグーンがいた場所へと目をやる。するとそこには刀を地面に突き刺して、祈りを捧げるように黙祷している男がいた。
よろよろとしながらその人物へと近付き、声を掛ける。
「アンタ⋯⋯いったい⋯⋯?」
そいつは黙祷を終えるとゆっくりとこちらを向き、確かにそう答えた。
「俺は、レイ。このダンジョンの生存者だ」
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