第16話 ゆうみは生きていた



 英明と夕花に子供がいたとは驚きだ。

 

 一体どういう事?


 実は…あれだけ英明との子供を望んだ夕花だったが、結婚して7年も経つのに2人の間に子供は誕生しなかった。


 結婚して1年以上経つのに妊娠の兆候すら表れない嫁に怒り心頭の姑。そんな時に姑から「産まず女は要らないから出て行っておくれ」と矢継ぎ早の催促に心身ともに疲れ果てた。


(このままだと私はこの家から追い出されてしまう。あのうっとうしいお義母様を殺すなど到底できない。だって……お義母様の周りには女中のトミがいつもくっ付いているので、そんな隙がどこに有ろうか?困ったものだ。ぅうううん???どうしたらいいものか……ぅうううん?あっ!そうだ。与作が子沢山だと聞いている。あの男だったら……血迷った考えも起こさないだろう。妻と子沢山の子供を捨てててまで私と結婚したいなどと……たとえ……思ったとしても……行動に移せる訳がない。7人の子供を捨てる勇気など絶対に無い!それから……奥さんが看護人(看護師)で奥さんに頭が上がらない。ようし決めた。あんな男でも子種さえあればOK。本当はあんなバカと関係を持つのは嫌だけど、子供を産むためなら何でもやる!このままでは姑に追い出されてしまう)


 こうして…誕生したのがゆうみだった。


 それでも…利信と会ったのが運の尽き。夕花の最期は気の毒極まりないものだったが、夕花も殺されるだけの悪女だった事が伺える出来事だった。


 夫と舅姑を何年もの間あざむき通した訳だから……。


 🌃✨ ✨ ✨ ✨ ✨🌃


 それでも…あの悪党利信によって橋の下に突き落とされたゆうみは、その後どうなったのか?

 実は…ゆうみは生きていた。


 貧乏の子沢山とはよく言ったもので昔は子沢山が当たり前だった。明治初期はまだ食糧事情も悪く、昔の子供は半分くらいしか育たなかった。それと……反対に子供を授かれない親もいるので捨て子は、拾い親に育てられることが多く、実親よりも拾い親との関係が重視される地域もあった。


 あの夜、橋の下に捨てられたゆうみは運良く木の枝に引っ掛かり、命拾いをしたのだが、重さに耐えきれなくなり川に落ちてしまった。川に流されたゆうみは、釣りをしている男に拾われた。夜に捨てられ重さに耐えきれなくなり枝が折れて下に落ちたのだが、随分枝に引っ掛かっていたらしく目が覚めたら明るくなっていた。するとその時ポシンと枝が折れて川に落ちて流されてしまった。


 すると川岸で魚釣りをしている1人の男が、勢いよく流れてくる人影を見つけた。


「タタッタスケテ――――――――ッ!」

「これは大変だ!」


 慌てて川に飛び込んだ。


「オイ!大丈夫か……」 


 やっとのことで捕まえることが出来たので、この日は魚釣りも早々に家に帰った。そして…家に入るなり慌てて妻に言った。


「オイ!子供が……子供が……川で溺れていたので養生所(病院)に……」


「ええええぇぇええええええ!お前さんどういう事?」

 

 こうして…慌てて養生所で見てもらったが、かすり傷程度で済んだ。


 この夫婦はたまたま子供が出来なかったので、この子を貰い受けて自分たちの家族に向かい入れたかったが、一方のゆうみは6歳まで育った家に帰りたい。


「年はいくつ?」


「6つ」


「それじゃあ名前は何て言うんだい」


「あたいはね……日光ゆうみといいます」


「変わった苗字だね?」


「そうなんです。『日光繊維』の娘です」


「6歳だって言うのに随分しっかりしているね。『日光繊維』てあの有名な会社かい?」


「有名かどうか分からないけど……そうだよ!」


 その夜夫婦は話し合った。


「お前さん。私たち子供が出来ないから……かねがね子供が欲しいと話し合っていたよね。あんな子だったら是非とも自分たちの子供に欲しいけど……どうする?」


「本当は捨て子だったら自分たちの子供にしたかったが、『日光繊維』のお嬢様と聞いて返さなくてはいけないだろう」


 この夫婦はやっと気に入った娘に会えて喜んでいたのも束の間、諦めるしかなくなった。


「じゃあこの子を返す為に『日光繊維』に3人で行きましょう」


 こうして…3人は夫の休みの日に『日光繊維』に向かった。日光繊維の前にやって来た3人は早速事務所に入った。すると利信が現れた。


「今日はお母様はどこ?」


 実は…大切な英明が居なくなったのに、あんな胡散臭い男と再婚した夕花に、怒り心頭の舅と姑にお詫びとして歌舞伎見物に連れ出して、ご機嫌伺いの為に、母夕花は留守にしていた。

「嗚呼……祖父母とお出かけ中だよ」


 利信は冷や汗がだらだら洪水のように出てくるのが分かった。ゆうみを川に投げ捨てたことといい、英明をピストルで撃ち馬で運ぶところを見られたことといい、妻夕花に告げ口されたら全ておしまい。生きた心地がしない。


 だが、あの時夜も深まり、ゆうみはウトウト眠りかけていた。胡散臭い感じの悪いおじちゃんには滅多と付いて行く事がないのだが、お祭りと聞いて付いて行く事にした。


「お祭りに連れて行ってあげるから」


 そう言われて手を繋いで出掛けたが、途中で眠くなった。


「おいちゃん抱っこ……」


 こうして…抱っこされて橋の下に投げ捨てられたが、ゆうみは眠っていた。それでも……落とされた時にハッ!と正気に戻っていた。


 その時の恐怖たるやショックで口にすることも、はばかれる恐ろしい体験だった。


 その為、その時の恐怖が余りにも恐ろしかったので、その記憶を反射的に頭から消そうとして、記憶が途切れ途切れになり曖昧になっているが、全ての記憶が明白になった時に利信は破滅だ。利信はあの時殺したつもりが死んでいなかったことに只々青ざめている。


「おじちゃん……何で……こんなところにいるの。お父様の場所でしょう?お母様はどこ?」お父様が行方不明なのに、お父様と同じ場所にこんな男がいることに不思議でたまらない。


 利信は死んだと思っていたゆうみが現れビックリした。


「じゃあお父様はまだ帰って来てないの?」


「そうなんだ!」


 ゆうみはその時ウインドーに着物と帯が飾ってあるのに目が行きハッと我に返った。それは帯が川の流れになっていたからだ。


「ああああああああ!ああああああ!おいちゃんがゆうみを川に投げ捨てた。あああああああ!おいちゃんがお父様を馬に乗せて連れ去った!」


 利信は真っ青だ。


「ナナ何を言っているんだ。ゆうみ疲れているね。家に入って休みなさい。ハハ💦💦 はっはっはっはっは💦💦」


「わたいおいちゃんと一緒に居たくない!💢💢💢」


 ゆうみは助けてくれた養父母的存在のおじちゃんおばちゃんとは、1カ月ほど共に生活したので、養父母的存在のおじちゃんおばちゃんの方が身近な存在だ。それでも…折角元の生活に戻れるなら、おじいちゃんとおばあちゃんの家で暫く生活してみたいと思うのだ。おいちゃんとは絶対一緒に居たくないのだ。


「おじいちゃんとおばあちゃんの家に行く!」


 実は…祖父母と利信の関係は劣悪で孫の信幸が父利信を慕っているので首の皮一枚繋がっている状態の利信だった。それはそうだろう。社長の英明が行方不明になり、更に孫のゆうみまでいなくなったことで、祖父母の怒りは頂点を極めた。祖父母は疫病神と利信を警察沙汰にしようとしていたが、可愛い孫信幸が父利信を攻撃すると激しく泣くので、現在に至っていた。


 利信は祖父母とゆうみが一緒に生活したら、今日のように全てを祖父母に話してしまうと思い言った 

「今日はおじいちゃんたち帰りが遅いから家で休んでいなさい」


「イヤイヤおいちゃん怖い!」


 養父母的存在の2人は全く理解できない。


「今日のところは私たちのところに一旦帰って、もう一度出直しましょう」


「ねえ信幸はいないの?」


 信幸はまだ小さいので眠っている。


 こうして…一旦養父母の元に帰ったゆうみだった。


 利信はこれは一分一秒の猶予もない。


(養父母に全て話したら絶対に妻夕花にも伝わり事実が分かってしまう。夫英明の行方不明の原因も、ゆうみを橋の下に捨てた事も、訳の分からない所々途切れたゆうみの話し方でも、あの感の良い祖父母と夕花に話せば、全て理解されてしまう。愛する夕花と可愛い息子信幸と離れ離れにされ、俺は警察に捉えられ、刑務所暮らしを送る羽目になる。ああああああああああ……何とかしないと……)


 所持していたピストルをふところに忍ばせ、利信は3人を追いかけた。そして……。








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