第15話 与作
田村陽子さんの先祖で夕花の息子信幸は、祖父母に育てられ、その後どのような人生を歩んだのだろうか?
利信が残した会社「日光繊維」は愛人春子が社長代行を務め、祖父が会長職に就いて切り盛りしていたが、祖父母も相次いで亡くなった事により後ろ盾を失い、丁度格上の繊維会社「西洋紡」のお嬢様との縁談話が持ち上がった。
大企業「西洋紡」は女系家族だったので優秀でイケメンだった信幸に白羽の矢が立ったのだ。社長の春子はためらうことなく二つ返事で承諾した。春子にしたら信幸は目の上のたん瘤。可愛い娘華子に社長の座を譲りたいのは当然の事。要はていのいいい厄介払い。
優秀でイケメンだった信幸は「西洋紡」のお嬢様に目を付けられ、政略結婚をして「西洋紡」に婿入りした。そして社長として手腕を発揮していたが、東京大空襲で命を落としていた。ちなみに「西洋紡」社名の由来は「西洋にも負けない大紡績に」との希望からつけられた名前だった。
一方の愛人春子の娘華子は会社を引き継ぎ紆余曲折を乗り越え1949年5月 - 東京、大阪、名古屋各証券取引所に上場。代が変わり2004年2月 - 「日光繊維」をSOB銀行に売却。
この2組のその後を見ても分かるように、悪党利信の子孫は怨霊とは程遠い上流階級の生活を送ったかのようにしか映らない。
イヤイヤそれは違う。夕花と英明の怨霊が静まっていない。一番の悪党利信のせいで夢半ばで無念の死を遂げていた。
利信によって生き埋めにされ逃げ惑う中、英明はピストルの恐怖に怯え逃げ惑い最後はピストルに当たり激痛で苦しみ抜き土を被せられ、行き地獄の苦しみの中息絶えた。
一方の夕花はスコップで頭を殴られ脳震盪を起こして、気が付いたところに土を被せられ、命乞いをするも苦しみ抜いて息絶えた。
誠に不幸な2人だったが、それでは…英明と夕花の間には子供は誕生しなかったのだろうか?
実は…英明と夕花の間には娘ゆうみがいた。
🌃
江戸時代は娯楽や社交の場でもあった公衆浴場や銭湯が大変人気を集めていた。それと言うのも、庶民の家や長屋には火事防止のために風呂場を設けることが禁止されていたため、暑いときなどは井戸水をかぶったり水浴びや、桶に水をためてつかる行水でしのいでいた。
幕末500~600軒だった江戸の銭湯の数が、明治3年(1870)頃には東京の銭湯は1300軒にまで一気に増えたそうだ。それだけ日本人は銭湯が好きだという事だ。今では信じられない事だが、公衆浴場や銭湯は基本混浴が普通だった。
日光家も3人で銭湯に出掛けていたが、従業員から奥様の夕花様が男衆からジロジロいやらしい目つきで見られていると聞かされ、憤慨した英明は妻だけ公衆浴場や銭湯のような不謹慎な場所には、金輪際連れて行かないと固く誓った。それでも…妻だけ風呂に入れないのは可哀想なので、立派な風呂場を作り思いとどまらせた。
夕花は銭湯のお客様がそんな目で見ていたと知り、銭湯に行くのが嫌になった。それでも…娘ゆうみはまだ6歳だ。
「あなた……ゆうみの楽しみまで奪ったら可哀想。ゆうみは連れて行ってあげてね!」
そして英明と娘ゆうみは相も変わらず銭湯に出掛けていた。
英明は仕事が終わった後の唯一の楽しみは銭湯に行く事だ。仕事で疲れた体を銭湯に浸かる事で一日の疲れを治していた。また銭湯の最大の楽しみは混浴だった。
(銭湯に行くと女の裸が見れるわい。最近は都市部では取り締りが強化され、混浴禁止令を出す温泉や銭湯が増えてすっかり楽しみも減ったが、完全になくなった訳ではない。混浴の温泉や銭湯もまだまだあるわい。うっふっふっふ)
英明は、女の裸を見た快楽と風呂上がりのポカポカ温まった無防備状態のままで、まさかこれから恐ろしい事件が起きようなど思いもつかない。その隙を襲ったのは誰あろう警察官の経験を持つ利信だった。ピストルを持っていたので撃ち殺し馬に乗せ連れ去った。
だが、この時思いの外手こずった。と言うのも小さい女の子が一緒だったからだ。
利信は”バーン”とピストルを英明目掛けて撃って見た。
父英明は自分目掛けて撃たれたというのに、咄嗟に自分の事は二の次でまず娘の命を案じた。
自分は断じて人に恨まれるような悪い事はしていないが、支払いの悪い会社にはヤクザを手配するなどの強硬手段も取っていたので、知らぬ間に恨まれている可能性はある。娘にもしもの事があってはと危機感を募らせ民家の軒下に隠した。
するとまたしてもピストルの音。
”バーン”
英明の脇腹を掠っただけだったが、余りの激痛に気絶してしまってバタリと倒れた英明。ゆうみはピストル音に驚き、父が殺されたのではと慌ててピストル音の方向に走った。
するとその時いつもお店で見かける感じの悪いおじさんが、父を馬に乗せて走り出すところだった。そして…歩道には血痕が点々と所々落ちていた。
そこで…その馬を追いかけたが、とうとう見逃してしまった。
そんな事があって以来父の行方が杳として知れない。6つのゆうみはまだ子供過ぎておじちゃんが、父をピストルで撃ち殺したので、血が点々と所々落ちているなどとは考えられない。
(怪我したからお医者様のところに連れて行ってくれた)そこまで考えるので精いっぱいで、大人の事情など全く分からない。
それでも…最近はめっきりお店にやって来ては、母と話している感じの悪いおじちゃんに、父が余りにも長く帰って来ないので聞いてみた。
「おじちゃん……わたいおじちゃんが、お父ちゃんを馬に乗せて走って行ったのを見たけど……」
「ええええええええぇぇえええええええええっ!」
利信はこっそりとやったつもりが、目撃者がいた事に凄いショックを受けたのと同時に、愛する夕花に全てを話されたら今までの夕花との愛の日々を失う事になる。
危機感を募らせた利信はゆうみを殺そうと決意する。
🌃✨ ✨ ✨ ✨ ✨🌃
(ワシは美しく色っぽい夕花に夢中だ。ふっふっふっふ!英明は倉庫の土の中。だが、1人目障りなのが、あの6歳の娘ゆうみだ。あんなガキのくせして全てお見通しのような冷ややかな目でわしを睨む。まさか英明を殺すところを見たという事はないよな?何か……全てを見透かしたあの目付きが恐ろしい。そうだ!あのガキも殺してしまおう。うーっふっふっふー)
そうなのだ。利信は夕花の娘ゆうみが気に食わなかった。ある日夕花が留守の日にゆうみを連れ出して橋の上から突き落とした。
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利信がまだ現れなかった頃は、夕花は英明が帰って来なくては娘ゆうみの為にも何としても帰って欲しかったが、利信とこうして晴れて夫婦になった事で、今までの呪縛から解放される思いだ。
一体どういう事?
実は…あれだけ英明との子供を望んだ夕花だったが2人の間に子供は誕生しなかった。実は…夕花は夫英明と結婚して7年も経つのに子供が誕生していない。結婚して1年以上経つのに妊娠の兆候すら表れない嫁に怒り心頭の姑。そんな時に姑から「産まず女は要らないから出て行っておくれ」と矢の催促。
江戸時代などは滅茶苦茶な時代で、女一人で生きて行くのは至難の業だった。 女に仕事が少なかったからだ。だから…夜鷹と言って妻が体を売り夫の妓夫が用心棒でお金の管理や見張りをするのだが、梅毒は末期になると梅毒の菌が体を侵し、鼻が落ち、顔が崩れてしまう。その顔を頭巾で隠してまで身を売らなければならない。そして用済みになると夫が川に連れて行き妻を川に投げ捨て、棒で川に沈めるのだという。酷い時代があったものだ。
いくら明治時代に入ったからと言っても明治維新の混乱期だ。こんな時代に女1人でどうして生きて行けと言うのだ。そこで…離婚されたくなかった夕花は従業員と関係を持って子供を宿すことで、今の生活にしがみつくしかなかった。
そんな思いが通じたのか、すぐさま妊娠した。その時誕生したゆうみは現在6歳に成長していた。という事は夫英明が種なしと言う事だ。
だが、あれだけ子供が出来ずに苦しんだというのに、何という事だ。英明が失踪して利信と夕花の間には玉のような男の子が誕生した。
今まで隠し通した秘密。それは姑からの嫌がらせに耐え切れず従業員との間にゆうみを授かっていた事だ。今となっては英明が消えてくれて一安心。
あの時は追い出されそうだったので苦渋の選択だったが、最近は新たな悩みが出来た。実は従業員与作との間に授かったゆうみが与作と瓜二つなのだ。
与作に対して決して愛情がある訳でも、決して尊敬できる相手でもなかったが、頑丈そうで子沢山と聞いていたので、関係を結んだだけの事。
与作には口止め料として大枚はたいていた。それなのに……最近親心が出て来たのか、与作が娘ゆうみに度々接近している。
そんな事が姑と夫英明にでも見つかったら大変だが、神経質な英明が消えてくれて最近は心配事が1つ減った。只でさえ従業員たちがゆうみお嬢様と与作が似ていると噂しているというのに、こんな事実がバレたら恐ろしい末路が待っている。
そして…恐ろしい事に、最近は与作が脅迫してくる。
「奥様……ヘッヘッヘ……ひょっとして……ゆうみお嬢様は……ヘッヘッヘ……俺の子供では……ヘッヘッヘ……従業員たちに全てを話しても良いのですか?……ヘッヘッヘ……それがお嫌でしたらもう一度……体をお願いです。それがお嫌でしたら……ヘッヘッヘ……まーるいものを……」
「何たる下品なことを!💢💢💢辞めて頂きます!」
「……ヘッヘッヘ……いいんですか?大奥様にぶちまけますぜ……ヘッヘッヘ……」
思い余った夕花は利信に相談した。
「家の従業員与作だが、目に余る従業員でね……帳簿はごまかす。従業員の女に手を出すはで困っているの。元警察官でしょう」
「僕に任せてください」
(俺は警察官になって、嫌と言うほど犯罪を犯して罪を逃れた人物を見て来た。明治初期は、法制度の整備が進む前の「グレーゾーン」が多く、混乱に乗じて犯罪を犯し、処罰を免れた事例は確かに存在した。ましてや俺は警察官だ。そんな警察官が犯罪を犯す訳がないだろうと思わせ犯罪を犯す。そうだ!こんな時代だからこそ犯罪を犯しても分からないだろう?」
確かに明治初期は、制度の未整備や混乱による実質的な見逃しが、背景にあり犯罪が見逃されたケースが多々あった。
こうして…与作は利信によって殺害された。
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