第3話2人の話
やあ、また来たのかい。
わたしは悪役の話しかできないよ?
聞きたいなら話すけどね。
じゃあ、今日はあの2人について。
………。
まずは、日下こさめ。
ただ、幸せに生きたかった女の子の話だ。
彼女は崩壊前の平和な日本で生まれた。
両親は3歳の頃、交通事故で死に母方の祖母に育てられた。
優しく、時に厳しい人だった。
彼女の心の拠り所だった。
しかし、崩壊。
彼女の異能は天涙。
涙に期間限定で人の願いが叶う力が備わるもの。
願いが、叶うのだ。すぐに消えてしまうとしても。人は彼女の力を求めた。
当然だ、混乱の中強くなりたいものも金が欲しいものも他人を蹴落としたいものも星の数ほどいた。
弱肉強食になった世界で彼女は人の元を転々とした。
裏社会では文字通りの願いを叶える女神サマとして噂された。
その涙は悲しみを喜びにするものではなく醜い欲望を満たすために使われた。
彼女は諦めた。
泣かなければ酷いことをされるから。
泣けと言われればすぐに泣く。
そういうふうに脳ができていた。
それは、6人目の時だった。
泣けと言われたら泣いて、座敷牢で美味しくないご飯を食べて、寝る。
そういう生活だった。
彼女は興味もなかったがそこは犯罪組織の拠点の一つで彼女の涙は強盗の実行役に渡されていた。
そして、彼女は解放された。
7人目に。
拠点に詰めていたならず者たちを1人残らず撃ち殺し最奥の座敷牢まで傷も負わずに辿り着いた復讐鬼は無言で彼女を解放しもう一度閉じ込めた。
最後まで彼女は復讐鬼の名前を知らなかった。
いや、人間が死ぬ時最後まで残るのは聴覚というから聞こえていたかもしれないが。
それを確かめる方法は残念ながらない。
話がずれた。
彼女は幸せになりたかった。
でもとっくの昔に諦めていたのに。
7人目は優しかった。
涙は要求するし閉じ込められてはいたけれど。
料理ができないようでカレーが黒焦げだったこともあったけれど。
10年かかってやっと見つけた優しさ。
抱えたのは淡い恋心。
そして、用済みになったら捨てられるだろうという諦念。
そのまま時は過ぎて。
「撃って?それで復讐は終わる。」
彼女は死んだ。
「最後に、名前だけ教えて……。」
彼女は幸せになりたかった。
最後は、幸せだっただろうか。
なんにしろもう彼女はどこにもいない。
これが、彼女の話。
次にするのが復讐鬼、日下こさめの7人目。
幸せを取り戻したかった男の話。
彼は幸せな家庭に生まれた。
日本によくある普通より少し裕福な家庭。
そこで両親から愛を受け2歳差の弟と遊び祖父から将棋を教わった。
そんな彼の初めての不幸は9歳の時。
吐き気がした。
吐いた。
心配した両親に病院に連れて行かれて。
余命宣告を受けた。
特殊な病気で治療方法はなく15年ほどで死に至る、と。
しばらく呆然として、その後みんなで泣いた。
そのあとはやりたいことをまとめた。
せめて残りの時間を楽しく過ごせるようにと。
彼も受け入れ始めて残りを有意義にと、決意して。
そんな時、崩壊が起きた。
彼は異能者ででも飛ばされたのは偶然にも自宅の100メートル先で。
すぐに見つかりそれからは壊れた世界で少しでも幸せに暮らしていた。
けれど。何がいけなかったのだろうか。
防犯対策?幸せそうな笑顔?
彼の家は強盗に襲撃された。
生き残ったのは彼1人。
110番通報により警察官が駆けつけた時。
彼の家には人ならざる怪力で捻り潰された彼の家族と身体中が穴だらけの強盗だったモノと血まみれで部屋の隅にうずくまる彼しかいなかった。
彼の異能は空鉄砲。
空気を固め撃ち出すもの。
銃もなしに人を撃てるもの。
正当防衛は認められた。
家族のお葬式も済んだ。
さあ次は、何をしよう。
彼は、家族思いだった。許せなかった。
強盗の会話からして指示役がいる。捜査している警察官たちも組織的な犯行、と。
そいつらはどうせこれからも殺すのだ。
なら、自分の残り少ない命で復讐したっていいのでは?
彼はまず調べるところから始めた。
協力者も見つけた。
関係している犯罪組織の拠点を見つけた。
突っ込んだ。
固めて防御。撃ち出して攻撃。
そして、情報を探しつつ。
最奥で見つけたのは座敷牢に繋がれた痩せた少女。
願いを叶える女神サマ。
情報集めの段階でいる可能性があることは知っていた。実物を見て、欲が出た。
病気の進行が早くてもう、彼の体はボロボロで。
願えば、叶うのではないかと。
だから、連れて帰って閉じ込めて。
2人でいた時間は短かった。
場所は狭い部屋一つだけ。
それでも思い出は尽きなかった。
黒焦げのカレーにテレビのお笑い番組、その度に少しだけ見せる豊かな表情。
その間も復讐の計画はずっと進んでいて。
そして、仕上げ。
黒幕を追い詰めた時。
彼に刺さった言葉は。
「実行役の怪力はあの女の!天涙だよ…!」
こさめがいなければ家族が死ぬことはなかったのか?
彼は迷った。黒幕を撃って、家に戻って。
問い詰めた。そしたらあとはもう先に話した通り。
彼は撃って、彼女は死んで。
最後にこぼれ落ちたのはずっと言っていなかった名前を聞く言葉。
彼は小さな体から命が溢れていくのを見て。
やっと気づいた。日下こさめを愛していたと。
「十六原晴天……。」
先にも言ったように聞こえていたかはわからない。
ただの自己満足だ。
彼も、数ヶ月後病魔に侵され命を落とした。
これが、十六原晴天。幸せを取り戻すために逃してしまった可哀想な人の話だ。
ハッピーエンドは、ない。なくなって、しまった。
彼らは幸せになれなかった。ただ一つ、会えたことが救いであったらいいとわたしは思う。
麒麟と乙女の何でも屋 棘蜥蜴 @togetokge
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