閑話:グエルたちの邂逅

 レナが出て行った食堂。そこにはグエルに迫る危機があった。

 この食堂全体どころか廊下にまで差し迫る悪臭である。オーナーには内緒でことを進めていたため、この有り様を目撃でもされたら、いくら都市を救った勇者パーティーであろうとタダじゃ済まないのは頭の弱いグエルでも瞬時に理解できた。


 「どうするんすか、大将?」


 外から帰ってきたウェルナーは鼻をつまみながら食堂に入ってくる。どうやらレナは予定に抜かりが無く逃げたようだった。


 「うーん、一つだけ考えがある。ちょっと呼んでくるわ」


 グエルは食堂を出て行ったかと思うと、すぐにケレンを肩に背負って帰ってくる。

 まだ寝ぼけているケレンには悪臭が良く効いたようで目は完全に見開いていた。


 「なんなんですかこの匂い!?」

 「えっ?昨日、バード殺してレナに食わせるって作戦立てただろ。で、調理している時に出来たのがこの匂い」

 「シャガルコロルを調理するなんて冗談だと思ってましたよ。あれは食用に向かないことで有名ですから」

 

 シャガルコロルとはレナの愛犬バードの種族である。一般の犬とは一回りも二回りも大きく漆黒に染まる毛皮が人気だ。本来、シャガルコロルはゼーレ大陸西方のある砂漠に生息している獰猛な性格のモンスターなのだが、極稀に動物のように人懐っこい性格で生まれるモンスターがいる。バードもその一匹であった。


 「過ぎた話はもういいんだ。この匂いお前の魔法で相殺できないか?」

 「アシュリーなんて匂いが酷すぎて大将にも目をくれずに寝室に帰っていきましたよ」

 「僕は味方へのバフが得意なんです。こんな悪臭相殺するなんて無謀ですよ」


 ため息混じりにケレンは言い終えると、何か妙案が閃いたのか指を鳴らす。


 「いやなんとかなるかもしれません」 

 「「ホントか!」」

 「ええなので早く食堂の窓を全部開けてください」

 「なんだよ、そんなことかよ。窓なら数か所もう開けてるぜ。でも一向に消えないんだよ」

 「窓開けることくらい馬鹿でも思いつきますよ。僕がやろうとしているのは簡易的な風魔法で空気の循環を促進させようとしているんです」


 ケレンの力説に感銘を受けて、グエルとウェルナーは食堂のいたるところの全ての窓を全開にする。

 ケレンは二人の脳筋振りに心底呆れていた。

 「それでは始めますよ」と、ケレンは一声かけるとボソボソと誰にも聞こえない速度で詠唱すると食堂全体に風が吹き込み始めた。

 結論からいうと、ケレンの作戦は成功した。オーナーが自室から起きてくる頃には悪臭のあの字も存在はせず、綺麗さっぱり元通りになっていた。

 バードの残りの残骸はというと、ケレンが風魔法を行使している間に大きな袋で密閉して焼却場に捨てていた。

 早朝の出来事に疲れて、三人はぐったりと食堂に伏していた。

 朝日がある程度昇った時刻、そこにオーナーが神妙な面持ちでグエルたちへ近づいてくる。


 「グエル様。お疲れのところ申し訳ありません。突然なのですが、グエル様にお会いしたい方がいらっしゃいまして」

 「会いたいって、俺に?誰が?」


 瞼をこすりながらグエルはオーナーの方へ顔を向ける。まで疲れが取れず眠いグエルでもオーナーの異常な真剣さは理解できた。


 「ここピレーネの領主、そしてグエル様御一行を勇者パーティーへと推薦した方であるコキュート公爵であります」


 オーナーの口から飛び出る数々の説明にグエルは頭がパンクする。

 話を盗み聞きしていたケレンが代わりに質問した。


 「コキュート公爵でもある御方がわざわざ自らの足で僕たちに会いに来るなんて要件は聞いていますか?」

 「いいえ、要件を承諾してくれるまでウォーリアーズ・ビートのリーダーにしか話せないとおっしゃっております」


 ケレンは唸り声をあげる。馬鹿なグエルに公爵と到底敬って話せないと思ったからだ。


 「僕が代わりお話をお伺いいたし……

 「ま、ちょっくら話してくるか」


 上半身と下半身がまだくっついていていたいと思ったケレンが自分がコキュートの話を伺おうと申しでようとした矢先、グエルが間に割り込んでくる。


 「グエルは絶対ダメですよ。僕死にたくありません」

 「さすがに俺もケレンに同感ですぜ。大将じゃ、不敬罪で即刻打ち首が関の山です」

 「任せとけって。俺だってウォーリアーズ・ビートのリーダーなんだから恰好つけさせてくれよ」

 ケレンの肩をポンポンと叩くと、オーナーに案内されて食堂を後にする。

 オーナーは無礼を働くまいと慎重に応接間の扉を開ける。

 応接間には護衛の近衛兵が二人、ソファにゆったりと腰掛けるコキュートがいた。

 コキュートが身に纏うドレスコートは上位貴族しか着ることを許されない上質な絹製の布は荘厳な装飾を施されている。常日頃礼儀とは正反対の世界にいるグエルですらこの圧倒的な威圧を放つ空間に固唾を呑んでいた。


 「コキュート公爵。勇者パーティーウォーリアーズ・ビートのリーダー、グエル様をお連れしました」

 「うむ、ありがとう」

 「滅相もございません」


 「失礼します」と深々と一礼すると、オーナーはすぐに応接間から出ていく。

 気まずい雰囲気にグエルはすぐさま一緒に逃げ出したかった。


 「突然呼び出して申し訳ないね。とりあえず座って話そうか。少し長くなるかもしれないからね」

 「コキュート公爵の頼みとあらば、俺はどこへでも駆けつけますよ」


 グエルはコキュートの向かいにある木製の椅子に座る。コキュートが座っているソファーほど立派ではないが、丈夫な素材で作られており応接間にあるだけのことはある。


 「まずは先日のブラッドウルフの迅速な討伐感謝する」

 「こちらこそ勇者パーティーへの推薦ありがとうございました。おかげで周囲からの視線が恥ずかしいくらいですよ」


 グエルの発言に慇懃の二文字は微塵も感じない。しかしその落ち着きとラフさがグエルの発言の信頼を増していた。


 「それは何よりだ。さて今日ここに来た本題を話そうか。ブラッドウルフがピレーネに襲来した理由を究明するため騎士団に捜索を勅命したのだが、なんとブラッドウルフが住処にしていたオーヴェロン森林の奥にある以前ピレーネの炭鉱夫が働いていた洞窟にドラゴンが住み着いたそうなのだ」

 「え?あのドラゴンがですか?」

 「しかも珍しい毒竜だそうだ」


 ドラゴンという響きにグエルは身震いする。毒竜という追加の言葉の右ストレートにグエルは冷や汗が止まらなかった。


 「私が言いたいことはだいたい察したと思うが、勇者パーティーと任命された君たちの初任務として華を持たせたいのだが」

 「……そうですね」


 グエルは直感的に理解した。コキュートは言葉では『お願い』と言っているが、貴族のお願いに断れる市民などいない。頼みと書いて命令のようなものだ。ましてや勇者パーティーの名を挙げれられてしまっては拒否した日なんかは瞬く間に除名されてしまうだろう。


 「分かりました。そのドラゴン討伐の依頼、俺たちウォーリアーズ・ビートに任せてください」


 グエルは拳を右胸にグッと当てて自信満々に宣言する。コキュートの反応は満面の笑みを浮かべて満足気であった。

 しかし、グエルの頭の中はどう仲間を説得しようかと悩まさせていた。

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