追放、それは突然に②


 朝日が容赦無く部屋を照らしてレナはゆっくりと重い瞼を開く。

 昨日の騒動もあってかレナはあまり寝た気になれなかった。

 ふと、レナは違和感を抱く。レナの朝の日常といえば、バードの体がレナの顔を埋め尽くして息苦しさとモフモフのぬくもりを感じながら一日が始まる。

 それが、今日はバードの感触どころか気配すら感じない。

 レナはベットから瞬く間に飛び起きた。案の定、バードの姿は部屋のどこにもいない。

 嫌な予感がして廊下にでると、辺りは静寂に包みこまれていた。早朝だからと言われたらそうであるが、レナには不気味さが増して感じた。

 この宿は三階建てであり、一階に受付を兼ねたフロント、毎朝麦の香ばしい香りがする食堂とオーナーの自室も宿と併用してある。二階、三階は全て宿泊部屋として使用されており、レナは二階の一番奥を利用していた。

 レナはグエルとの話をすべくひとまず食堂に赴く。

 レナにとってこのパーティーはかけがえのない存在であり第二の家族でもあった。

だから昨晩の追放の件も冗談だと信じたかった。

 食堂に着くと同時にレナの鼻腔の独特の焦げ臭い匂いが突き刺す。この匂いは食堂全体に充満しているようだった。

 食堂のちょうど中心の机、そこにグエルはいた。


 「レナか、に来たな。まあ立ち話もなんだ、俺の向かいに座ってくれ」


 グエルは自分が座っている向かいの席を指さす。

 昨日までの殺気だった雰囲気とは裏腹に今日の温和な雰囲気に安堵して、レナは言われた通りに向かいへ座る。


 「昨日話したこと、理解してくれたか?」

 「ううん、正直まだ信じられないよ。私はみんなのこと家族のように思って大事だったしそれこそ目に入れても痛くないくらいだったもん」

 「俺たちだって最初はそうだったさ。だが、俺たちの冒険はお遊戯会なんかじゃない。本気なんだ」

 

 「それでも…」と、レナは首を横に振る。

 一瞬、食堂は無音が支配するが、すぐにグエルが静寂を砕いた。


 「分かった。このままだと水掛け論だしな。いったん、飯にでもしないか?実は俺が最後の選別としてレナのために飯を作ってたんだ。予定は違ってしまうが、食べながらもう少しお互い落ち着かないか?」


 「ちょっと待っててくれ」と、グエルは言い残すと、私の返答も聞かずに厨房の方へと急ぎ足で向かう。

 どうやらこの焦げ臭い匂いの正体はグエルの手料理だったらしい。パーティーでも料理をめったに調理に携わらないグエルが作ったから焦げてしまったのだと妙なレナは納得をしていた。

 

 (それにしても、あのグエルが私のために料理を作ってくれるなんてな……)


 自分ために手料理を振舞ってくれるグエルの優しさと、脱退への本気具合に寂しさを感じていると、グエルは鼻唄混じりに自慢げに二枚の皿を持ってくる。

 それは大振りのステーキだった。肉の上にかけられた茶色のステーキソースは果物の甘酸っぱさが特徴的なこの都市伝統のレシピだった。


 「すごい、美味しそうだね」

 「だろ、冷めないうちに食べちまおうぜ」


 グエルは私の目の前へ一枚置き、自分の席にも置いた。

 グエルはレナを笑みを浮かべながら見つめて先に食べようとしない。

 いつも食い意地が激しいグエルとは対照的な姿に疑問に思い、レナは食べるのを躊躇う。


 「どうした、食べないのか?」

 「グエルこそ、いつも我先にと食べるのに今日はすぐに食べないんだね」

 「あーー、これはだな、俺の地元に伝わる文化なんだが、誕生日だとか還暦だとかめでたい日に親族や親友がとっておきの料理を振舞う文化があるんだ。流石にレナが食べる前に俺が食べ始めるのはなんか変だろ?」

 「そういうことね…じゃあお言葉に甘えて、いただきます」


 グエルの不自然な行動は杞憂だったことに気づき、レナは几帳面にステーキを切ってから一口食べる。


 「……どうだ?」

 「美味しいよ………」


 レナはこの日初めてグエルに嘘をついた。

 ステーキを一かじりした瞬間に口を突き抜けて鼻の奥まで広がる肉の臭さは想像を超えるほどに耐えがたい。肉の味の第一印象としては何か隠している味だった。この都市の伝統ソースに加え、取ったばかりのジビエ肉に付けるような辛い味のソース、

サラダにかけるヴィネグレットソースのような酸味も感じられた。

 それらがグエルが味あるいはこの臭さをかき消すために使用したこともおおよさ理解できた。

 だが、グエルの優しさを傷つけたくないと思ったレナは美味しいとこらえたのである。


 「そうかそうか美味しいのか。意外と料理ってのはできるもんなんだな。どれ…」


 グエルもステーキに豪快にかぶりつく。だがすぐに吐きだして苦悶の表情を浮かべるのだった。


 「なんだよこれ不味すぎるじゃねえか。レナお前味覚でも壊れてんじゃねえか!?」

 「そ、そんなことないよ。だって、ほらこんなに美味しいし」


 レナは吐き気と嗚咽をこらえながらもう一口口に頬張る。

 レナの頑張って食べる姿を見たグエルは一種の恐怖を覚えていた。

 不意にグエルはかっと、笑い始める。


 「まじかよレナ、そんなたくさん食べるのかよ」

 「え、どうしたのグエル…ほら美味しいいよ?」

 「いや嘘つくのいいから。。やっぱ、愛着持って育てると味も変わってくるのかなー俺には理解できねえわ」


 レナの食べる手が一瞬で止まる。すでに渡されたステーキ、いやバードの半分は食べ終わっていた。

 気づけば、レナは床に倒れこみ、胃から内容物が外へと一気に逆流する。さっきまでの狂いそうなソースの味とはうって変わり、胃酸の鋭い痛みが口中に伝わってきた。


 「うーわ汚えなあ、たかが犬一匹を食べただけだろ。この前なんか仕留めたバーニングボアを丸焼きにしてたじゃないか」

 「よくも、よくもバードを…」

 「それになんだ、犬なのに名前がバードって後で食べるつもり満々だろ」


 グエルはケタケタと笑う。そこにはバードが死んだ哀れみもさっきまで残っていた温和な雰囲気も微塵も感じない。

 レナの目には角の生えた悪魔にしか見えなかった。


 「いやー大変だったんだぜ。アシュリーが殺そうとしたら、勘のいい犬でよー突然脛目掛けて噛みついてきたんだ。だから、ウェルナーが押さえ込んで全員でめった刺しにする。何分くらいかかったかなーそこらへんの雑魚モンスター狩るよりしぶとかったぜ。それに料理する時もこの匂い。マジで臭くて、あとでオーナーになんて謝ればいいか…お前の犬が臭かったせいだからな。まあでも色んな調味料を混ぜて焼いたのは正解だったぜ。おかげで完成したステーキはそこまで匂わなかったからな」


 グエルはもう一度バードのステーキを口に含んでは苦虫を嚙み潰したような顔をして床に吐き出す。

 グエルがバードを殺したてから調理するまでの経緯を淡々と語り始めるが、レナの耳には異教徒の唱える聖書の一説のような嫌悪感しか感じなった。


 「………てく」

 「あ?今なんつったんだ?」


 レナはゲロを必死に抑えながら高々と叫ぶ。


 「こんなパーティー出て行ってやるよ。絶対に復讐してやる!バードの痛みや苦しみを全てお前らに倍返しにしてやる!!」


 レナが言い終わるとすぐにグエルは拍手をする。


 「レナ、お前自ら脱退を宣言してくれてありがたいよ。お前のためにステーキになってくれたバードもきっと喜んでくれてるよ。お前の復讐なんて屁でもないからいくらでも来るといいさ。ま、次はお前も殺しちまうかもしれんがな」


 レナはこれ以上何も言い残すことは無かった。今まで信頼していたグエルの本当の姿への失望とバードの死亡の絶望が重なって、何をしでかすか自分自身ですら想像できなかったからだ。

 レナは身支度を終わらせて颯爽と宿を後にしようと、レナが借りている部屋へ帰ろうとするが、それも「待て」と、グエルが制止する。


 「お前の荷物はアシュリーに頼んで外に出してもらった。邪魔だから部屋に戻らずにさっさと消えろ」


 レナは二階へ続く階段の反対方向にある出入口に進む。扉を開けると、太陽と一緒にレナの荷物、そしてウェルナーとアシュリーがいた。


 「どう?私たちで仕留めたバードちゃんは美味しかった?でも、ごめんなさいねー」

 「何が…」

 「私とクレアが早朝の剣術稽古をしている時に突然私たちの目の前に飛び込んでくるんだから剣を振るのを抑えられずに斬っちゃったー。でも、一番悪いのはちゃんと教育しなかったレナだもんね」


  アシュリーが嘘をついているのは、レナの目には明々白々だったが糾弾する気力など残っていなかった。


 「お前の宿泊代金はリュックから勝手に取ったが悪く思うなよ。今までの迷惑料も考えたら昨晩の宿泊代金だけなんて安いもんだ」

 「宿泊代金はブラッドウルフの討伐に感謝してオーナーが免除してくれたでしょ」

 「あ、なんか言ったか?」


 レナは何も言わずリュックと師匠から頂いた杖を持って、グエルたちが泊っている宿とは反対方向の南西へ歩き始める。

 気づけば、ウェルナーとアシュリーは宿の中へと消えていた。

 この日、レナは勇者パーティー『ウォーリアーズ・ビート』から追放された。

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