オーヴェロン森林を改造したい!

 レナは驚愕する。

 先日までこの森を牛耳っていたのはブラッドウルフであるため、多少の血生臭さは覚悟していたが、森林に入ってからはおろか奥に進んでも木々の豊かな香りしか漂わない。

 

 「これではまるで毒龍が環境を治したみたいだな」


 一際目立つ巨大な木を見つけると、レナは座り込み大きく息を吸い込み吐き出す。自然の懐の大きさがこれまでのレナの疲れを癒した。

 休憩したのも束の間、レナは早速妨害の作戦を思案する。

 オーヴェロン森林は元々、鉱山から採取できる鉱石や類を見ない種類の木々などの豊富な資源からピレーネの貴重な資源一つであったため鉱山までの道は綺麗に舗装されていた。そのため使われなくなった今でもボロボロになっても道しるべとして使えるレベルには残っている。

 グエルも馬鹿ではない。この道を使ってドラゴンの元へ向かうだろう。

 レナは最初のトラップを道の途中に作ることにした。

 レナの淡い薄緑色の右目に刻印が現れる。

 

 「code:土原素と風原素の魔法を融合:糸状の魔素を流し込みゴーレムの作成:execution」


 周囲の石や地面が集まり瞬く間に数体のゴーレムが生成された。

 この世界の魔法使いは生まれつきの才能と誰を師にするかによって得意な魔法に色が出てくる。炎魔法に世界を揺るがす才覚があったとしても土魔法を得意とする師匠を持った場合、化学反応を起こし稀代の魔法使いになるかもしれないし、両方とも微妙に扱える程度の宝の持ち腐れで終わるかもしれない。

 そんな魔法使いの中でもレナは特異的であった。火、水、風、土、金属から構成される五大魔素のどれかに特化しているわけではない。しかし、他の魔法使いとは比べものにならない魔素感知力と術式計算能力。

 そこに目を付けたのがレナの師匠でもあり刻印魔法の作成者、カイ・スキナード。幼い頃身寄りのなかったレナの養子となり魔法の全てを教えたのだ。

 刻印魔法の原理はいたって単純。あらかじめ魔法を発動するために必要な術式を書き上げることで戦闘中ノーモーションかつ詠唱破棄して即魔法を発動できるという代物であった。

 しかし刻印魔法は発表されてから半世紀ほど経つが作成者であるカイ以外扱うものは現れなかった。

 それは一重にコストとリターンが見合ってないからである。

 火の玉を飛ばすような初級魔法でさえ莫大な魔法の知識が必要であり、それに加えで緻密な術式を一から書き上げる必要がある。複雑な魔法なら尚更だ。

 そのため刻印魔法は机上の空論とされ全ての魔法使いが匙を投げたのである。

 しかしレナは違った。師匠であるカイですら発表するのが精一杯だったのに、驚くほどの脅威的なスピードで魔法を習得し、持ち前の術式計算力で刻印魔法を実用化したのである。

 驚くのはまだ早く、レナは自分自身の右目を犠牲に刻印を刻まれた義眼を取り付けることで脳で組んだ術式をそのまま右目に流しこみ魔法を発動させるという荒業を編み出したのである。


 (あまり強すぎてもグエルたちは勝てないからなー)


 刻印魔法再び発動して土で作られたゴーレムの強度を下げる。リュックにしまってあった紙を取り出してゴーレムの胸に突っ込む。その紙は以前レナが書いた触れたら起動する爆発魔法であった。

 グエルたちがゴーレムを倒した瞬間爆発して、防御に当たっているウェルナーと回復をするケレンを酷使させる作戦だ。

 これで防ぎきれずにアシュリーがケガでもしたらその後ウェルナーとアシュリーの間に漂う険悪ムードは容易に想像できる。

 次にレナは洞窟に向かう道でも特に草木が侵食している箇所に向かった。

 山なりになっている横の樹木の根っこに初級水魔法の刻印を刻み、作動するようにお手製の魔素で作成された糸を地面に伝わせる。誰かが引っかかった瞬間、水魔法が作動する仕組みだ。

 グエルたちを水浸しにするのが目的ではない。水魔法によって緩んだ土は樹木ごと土石流となりグエルたちに襲うだろう。

 紛いなりにも勇者パーティーに選ばれているあいつらだ。死ぬなんてことは無いはず。

 最後にレナは毒龍が住まう洞窟の前に移動した。

 万が一にでも毒龍にバレないようにレナは刻印魔法で体中に魔素を散布させる。ドラゴンは視力が芳しくない分、魔素で周囲を感知している。そのため体中に周囲と似た魔素纏わせることで擬態ができるのだった。

 洞窟はピレーネの鉱山工が採掘していた時よりも広がり、入り口はむしろ洞穴のようになっていた。

 レナは洞窟の入り口に着くと、感応式地雷を入り口の至る所に張り巡らせる。威力や殺傷力は無いが、音は絶大だ。仮に夜襲を仕掛けようにも音に反応して洞窟の奥から毒龍が襲ってくるだろう。

 一通り準備を終わらせると最初にいた巨大な木のもとにレナは帰った。

 どこかで鳥の群れがさえずっている。行きはよいよい帰りは怖いと警告しているようだった。気が付けば日も大分沈みかけ夜の帳が降りようとしていた。

 レナはラトナから貰った小包を開ける。中にはコッペパンが二つ、野菜と果物の盛り合わせが丁寧に箱詰めされている。

 直近で仲間からとんでもないものを振舞われていたから、中身を見るまでおどおどしていたがすぐに杞憂で終わる。レナは安堵しつつもラトナへ邪心した心を恥じた。

 コッペパンに既に出来立ての熱さは消えているがふんわりとした特徴的な食感は顕在である。その日に取ったばかりなのだろうかどれも馥郁たる香りと心地良いシャキシャキ音が鳴る新鮮な野菜と果物だ。

 その日食べた味はレナの記憶の中で三本指に入る味と暖かさだった。


 「あっ、そうだ」


 一瞬のうちに小包の食べ物を食べ終え口元のついたパンカスを舌で舐めり取ると、レナはリュックから少し端に日焼けの跡の残る紙と使い古された羽ペン、まだ八割がた残ったインク壺を取り出す。

 その日焼けした紙にレナは躊躇うことなくするするとを書き記し始めるのだった。

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