ピレーネ南西にて③
周囲のガヤガヤとした喧噪がレナの目覚まし時計となり目を覚ます。
横を一瞥すると、既にラトナの姿はいなかった。
意識もまだ朦朧とし体も重くレナは起きてから動かずにいた。
「なあ聞いたか、ウォーリアーズ・ビートの話?」
「はあ?この前のブラッドウルフの襲来を食い止めた功績で勇者パーティーに選ばれたってことならとっくに都市全体に知れ渡っているぞ」
「違う違うそんなんじゃないって。もっとやばい情報だぞ」
ウォーリアーズ・ビートという言葉にレナの耳は条件反射でぴくっと動く。
ありきたりな情報かもしれないがもしかしたら有益な情報かもしれないとと踏んだレナはもう少し二人の会話に聞き耳することにした。
「実はブラッドウルフがピレーネに突然襲撃したのには理由があってよ。なんとブラッドウルフがいたっつーオーヴェロン森林の奥の洞窟にドラゴンが住み着いたんだってよ」
「はー?ドラゴンだって!?」
「ばか!声が大きいんだよ」
髭をたくましく生やした男はもう一人の痩せた男の口を制止する。
ドラゴンはこの国のみならずこの大陸全体の脅威になっている存在だ。人の何倍もの巨体から繰り出さられる猛撃に一般人に抵抗する術はなく周囲はたちまち壊滅させられる。さらに恐ろしいのはドラゴンには様々な種族がいる。炎を司り周囲を焦土と化す赤龍、吹雪を起こし辺り一面瞬く間に凍らせる氷龍、雷を操り燃やし尽くす雷龍など、いまだ観測したことがない種類すらいると言われている。
そんな災害のような存在が現れたとしたらブラッドウルフも逃げ出したくなるだろう。
「で、どんなドラゴンが現れたっていうんだよ…」
「なんと毒龍だそうなんだ」
「それって、あの森終わったくないか?」
「そうだろうな」と、髭を触りながら男は首肯する。
毒龍はドラゴンの中でも特に気性が荒いモンスターだ。そして名前にもある通り体中から滲み出る猛毒は樹木や石を溶かし腐らせる。そんなものが人にかかったらどうあなるかは言うまでもない。
「まさかなんだが、ウォーリアーズ・ビートの話してる最中に毒龍の話したってころはよう…?」
「ああお前の想像通りだ。領主様は勇者パーティーになったのを踏んでリーダーに自ら頼んだそうだぜ」
痩せた男は酒をあおりながら興奮とした眼差しを見せる。
レナのように変わった事情もなければ、勇者パーティーは羨望の眼差しで見たくなる。それもドラゴンに挑むともなればなおさらだ。
「それでよーウォーリアーズ・ビートはいつ討伐しに行くんだ?」
「んー俺も知り合いの騎士団から聞いた話だからよー詳しい話は分からないが、明日、遅くても明後日だな」
「その心は?」
「領主様からしたら一刻も早く問題を取り除きたいだろうし、ウォーリアーズ・ビートからしてもせっかく勇者パーティーの称号を手に入れたんだ。そんな偉いやつらがドラゴンに挑むのに何日、何週間もかけてたら名が折れてしまうだろう」
「それを踏まえての明日か明後日ってことか」
「理にかなってるだろ。お姉ちゃんビールお代わり!」
自分の理論をこれでもかと力説した男は気分が良くなり、ビールを一気に流し込む。そしてビールをもう一杯勢いよくウェイターの女性に頼んでいた。
「まだお昼なんですからね」と、女性は注意しながらもせっかくの気前のいい顧客だからと大量に注いで届ける。
(グエルたちはこれからドラゴン討伐に向かうのか…)
レナの脳裏に悪だくみが思いつく。
ドラゴン討伐へと森に入りこむ勇者パーティーにトラップを仕掛けて向かい討つ。そして一網打尽にしたあと、自分一人でドラゴンを狩って勇者パ―ティーの面目を潰そうと。
思い立ったら吉日、レナはタオルケットにくるまっていることも忘れて勢いよく飛び上がってカトルの元へと向かう。
カトルは職員スペースのある席に座って業務に勤めていた。周りと比べて机も大きく書類も山積みになっているのであれがギルドマスター専用の席なのだろう。
レナは仕事の邪魔にならないように優しく小さい声でカトルを呼ぶ。
「カトルさん、すいません今大丈夫ですか?」
「ええ大丈夫ですよ」
カトルは呼びかけにすぐ反応してレナの前へろ歩み寄る。
「あの、これタオルケットありがとうございました」
「いえいえぐっすり眠れたならそれで結構です」
「それと…」
レナは気まずそうに黙り込む。このまま復讐にしに行くなんて言ってもカトルは反対するだろう。
「もしかして目的が決まりましたか?」
言いずらそうにするレナを見兼ねてカトルはまるで我が子を甘やかすように優しく頭を撫でる。
「はい」
「それなら良かったです。次に行く場所を言いたくないのであればそのまま行ってもいいのですよ。」
「少し北西の方に向かうだけです。用が終わればまた帰って来ます」
「北西…ですか。まさか、あの森に…いやそんな訳無いですよね…」
レナは何も言わずに黙り込む。
カトルの顔に呆れた表情が浮き出る。
「まさかとは思いましたが…まあその勇者パーティーにいたあなたなら大丈夫だと思いますが」
「命を顧みずなんて自殺願望者ではありません。必ず帰って来ます」
「レナくんのその言葉信じますよ。あと、ラトナにも顔を見せてくれませんか?二階の道具売り場の手伝いしていますので」
「分かりました」
レナはタオルケットをカトルに返すと近くにある階段から二階へ向かう。
二階は様々な店が商いをしており一つの小さな商店街のようであった。
そのうちの武器屋にラトナはいた。
「ラトナ、おはよう」
「あーレナ、おはようどころかそろそろこんにちはだよ」
「えへへ待合室の机が心地良くてね」
「そんなことある!?」とラトナは店の陳列をしながら笑う。
いつも天真爛漫な姿を見るとこっちも笑みがこぼれてしまう。
「突然なんだけど、少しの間ピレーネを出ることになったんだ」
「そうなんだーやっぱ冒険者ってのは大変だね。あ、そうだこれあげる」
ラトナはカウンターから小包を持ってくる。
「これ中に食べ物があるからお腹がすいたら食べて。ほんとはお昼ご飯に渡そうと思ったんだけど…」
「ありがとう。用事が終わったら何か奢らせて」
「いいの!じゃあ楽しみにしてるね」
ラトナがブンブンと手を振るのを一瞥すると、ラトナ冒険者ギルドの扉を開けながら手を振り返す。
目的地は言わずもがなピレーネ郊外北西に位置するオーヴェロン森林。グエル率いるウォーリアーズ・ビートを徹底的に妨害するためレナは準備に取り掛かるのだった。
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