ピレーネ南西にて②
ラトナの一切の迷いない歩みに慌てながらレナは進む道を着いていくと、そこは冒険者ギルドだった。
都市ピレーネはエドワール王国の中でも一、二を争うほどの巨大な都市である。観光を目的に歩けば、一日では優に足りないだろう。
そのため、ピレーネには冒険者ギルドが北東、北西、南東、南西の四箇所に建造されている。アクセスのしやすさから冒険者のなかでは好評だった。
「さあ、着いたよ」
「着いたよって、まだギルドは営業時間外なんじゃないの? 」
レナは至極真っ当な質問を返すが、ラトナは素っ頓狂な顔をする。
ラトナは口をぽかんと開けたままレナに伝え忘れていたのを思い出す。
「あーそうだったそうだった。まだ言ってなかったね。私のお父さんがここのギルドマスターを任されているんだ。だから、私が知りあいとかこっそり入れても大丈夫なの。もちろん、いくら仲良くても依頼の斡旋はしないからね」
レナはラトナの服装の違和感に合点がつく。
さあどうぞどうぞと言わんばかりに、ラトナは冒険者ギルドの正面玄関の扉を開けて手招きする。
知り合いだとしてもこんなに警備がザルでいいのかとレナは疑問に思ったが、他に当ても無いのでお言葉に甘えて冒険者ギルドの中にお邪魔した。
レナが元々いたパーティーはピレーネの北西を拠点に活動していたため、実はレナが南西の冒険者ギルドに入るのは初めてだった。
外装はどこも変わりは無い。それは冒険者が様々な都市を行き来する中でシンボルとして分かりやすくしたいという冒険者ギルドの総支配人の意向だと聞いたことがある。
だが、内装にはそれぞれ特色がでていた。
この冒険者ギルドのマスターであるラトナのお父さんの趣味なのだろうか。待合室として使わてれるであろう机や椅子に始まり、時計やら依頼が張り出される掲示板、簡易的な酒場までもの全てが茶色を基調としたアンティークな代物で構成されており、落ち着きと趣が感じられる。
レナも宝石やら金属で出来た煌びやかな装飾品よりも古風な出来栄えの方が好きだった。
「えへへ、レナが入ったことのあるギルドの中で一番恰好いいんじゃない?」
「うん一番好きかも」
ラトナは自信満々に鼻を鳴らす。
いつもならラトナの手柄じゃないでしょなどと突っ込むところだが、レナはこの景色に没頭してた。
「ラトナ、お客さんかい?」
受付場の奥、職員スペースから渋い男の声が聞こえてくる。
「お父さん!」
男の正体はラトナのお父さんだった。几帳面に後ろへ纏められた長髪の白髪、右目に付けられた年季の入ったモノクル、使い古された男性用の冒険者ギルドの制服は長年勤めた男の貫禄を増幅させている。
ラトナの顔を見てにこっと笑うその顔は家族思いの優しいお父さんを醸し出していた。
「お父さん、紹介するね。こちらレナ。さっき変な男に襲われそうになった所を助けてくれたの。レナ、この人が私のお父さんのカトル」
ラトナがレナとカトルの間に入って、お互いを紹介する。
「お話に上がりましたラトナの父、カトルです。まずは娘を助けてくれてありがとう。おおかたこの前来訪したクラックス様の差し金でしょう」
「レナ・スキナードです。こちらこそ冒険者ギルドの中に入れてくださりありがとうございます」
「そうそうお父さん聞いて!レナ可哀想なんだよ」
挨拶もそうそうラトナは自身の危険だった出来事も詳しく話さずにレナの核心に迫る話を始める。
ラトナの優しさにレナはつくづく呆れとありがたみを感じていた。
カトルはラトナの突然のカミングアウトに驚きながらもレナの顔を見つめて心配する。
「あまり気持ちのいい話でもないので……」
「僕に話して少しでも気分が晴れるのなら良いのだけどね」
レナが路地裏でラトナに吐露したのは気持ちの整理が追い付かず何かに発散したかったからだ。ラトナのおかげもあって今は大分落ち着いていた。
(これ以上、話したくはないけど、カトルさんの善意を踏みにじりたくもないな)
レナは少し悩んだ末、ラトナに説明した時よりも簡潔に事の顛末を伝えた。もちろん追放されたパーティーが勇者パーティー、ウォーリアーズ・ビートであること、愛犬であるバードを食わされたことを除いてであった。
レナが一息つくと、カトルは眉間に皺を寄せて唸る。
「それは、大変だったね。本来ならば、ギルドに登録されたメンバーの脱退させるためにはパーティーリーダーと脱退するメンバー両方が冒険者ギルドに赴いて相互の承諾が必要なんだけど、この様子だと会うことは難しいそうだね」
「正直、会いたくないですね」
「分かった。今はまだギルドの営業時間外だ。特別措置として僕がレナくんのメンバー脱退を承認しよう」
「さあ、こっちへ来て」と、カトルは受付場の方へと招く。そこには魔石で作られた冒険者ギルドにパーティー登録できる記憶媒体があった。
「ここにレナくんの名前とパーティー名を書いてくれれば、こちら申請を受理しよう」
「ありがとうございます」
レナは手渡しされた専用の万年筆で記憶媒体に書き込む。書き終えた後にレナは気づいたが、パーティー名も書かないといけないため、除いた意味があまり無かった。
レナは早々と書き終えると、カトルの方へと記憶媒体を向ける。
「ありがとう、じゃあ確認するね…」
カトルは書き込まれた名前を見て言葉を詰まらせる。
「そうか…君は、あのパーティーの、ブラッドウルフの襲来から一日しか経ってないのに辛かったね」
「もう、多分平気だと思います」
「お父さんなんの話?」
「ううん何でもないよ。ただレナくんがいたパーティー名を見たことがあってね」
「え、そんなに有名なパーティーなの!?見たい見たい」
「それは企業秘密だよ。少なくとも凄いパーティーではあるね」
「えーしーりーたーいー」
カトルとラトナの他愛もない、がそれ故に暖かい会話。レナは昔のグエルたちとの思い出が頭をよぎり、また胸が苦しくなった。
「さてこれでパーティー脱退の手続きは完了したよ。これが新しいギルドカードだよ」
新しく登録されたギルドカードをカトルはラトナに差し出す。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
name:レナ・スキナード
team:lft
job:魔法使い
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「昔のギルドカードはこちらで廃棄もできるけどどうする?」
「いえこのまま持っておきます。これが最後の思い出なので…」
teamにウォーリアーズ・ビートと書かれたギルドカードがレナにとって残された唯一の楽しい思い出であった。
レナの心に未練が残っているわけではない。ただ、復讐を遂げるまで手放してはいけないと思った。
「これからどうするの?僕としてはこのままゆっくりしていてもいいけど?」
「さすがにそこまでは…」
「何言ってるの!レナ行く当てがないって嘆いていたじゃん。それに目の下が真っ赤に腫れて少し眠らないとまずいよ」
レナは自分の下瞼を擦る。まだ涙で少し濡れておりぬるぬるする。疲れも相まって瞼は当に限界を迎えようとしていた。
「そうだねータオルケットを貸すから待合室の机で横になったらどう?」
「…わかりました。なにからなにまでご親切にありがとうございます」
「そうと決まればラトナ、職員スペースからタオルケットを持ってきてくれるかな?僕は冒険者ギルドの準備を早急に終わさないといけないからね」
「分かった!」と、元気よくその場を離れたラトナは瞬く間に上等なタオルケットを二つ持ってくる。
「レナ、一緒に寝よ!」
「え、恥ずかしい」
「そんなことないってほらほらー」
言われるがままにラトナに連れられて待合室の机に突っ伏す。そして椅子に座ると優しくタオルケットをラトナはかける。
レナは寝るつもりは無かったが襲いいかかる睡魔には抗えず自然と眠ってしまっていた。
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