追放、それは突然に①
……ぷにゅぷにゅ。
エドワール王国のとある都市のとある宿のとある一室。
部屋は赤とオレンジを基調にあしらわれた魔石灯が輝きとベッドとソファーがあるだけの質素な部屋だが泊まるだけならむしろこのくらいの質素さが心地良い。
銀色に輝く鎧に身を包んだ男を中心に五人の仲間が囲んでいる中に響き渡る。
これはレナ・スキナードがソファーに座りながら、愛犬であるバードの頬を触って愛でている音であった。
漆黒のフード付きマントを羽織っており、純白のキメ細かい髪は正面から見たらボブ、後ろから見ると腰近くまで三つ編みに結われている。レナの体は木の芽のようにか細く、モンスター戦うとは想像できない愛おしさがある。
本来、音などまず聞こえるハズがない。だがしかし、この重苦しく沈黙の続いた空間で聞こえる唯一の音でもあった。
沈黙が続く原因、それもレナであった。
では、何故レナはこんなにも場にそぐわない和む光景になっているのか?それはレナには自分自身がこの修羅場の原因の張本人であるとは微塵にも思っていなかったからだ。だからせめて、怒らせないようにしようというレナなりの思いやりの含んだ行動でもあったのである。
「レナ、お前の話をしているんだぞ!なんなんだその態度は!?」
この沈黙を破ったのは、銀色の鎧を身に纏い、金髪のドッレドヘアを後ろ結んだ男、そしてこの勇者パーティーのリーダーでもあるグエルであった。
レナの場違いな対応に堪忍袋の緒が切れたのである。
「なんなんだって、みんなの迷惑にならないようにバードを可愛がってあげてただけじゃないですか…」
レナは突然グエルの牙が自分に向いたことに少々驚いたが、構わずにバードの頬をくしゃくしゃと擦る。
バードは息を荒くしながら喜んでおり、大型犬とのギャップがなんとも愛おしい。
「今集まってもらったのはお前について話があるからなんだよ」
「え、わたしですか?」
レナが疑問を浮かべると、パーティーの全員が首肯する。
「お前を除いた全員で先にお前の今後について話し合っていたんだ」
パーティーの息の合っていた頷きに納得がいく。
(しかし、私以外で話し合いってなんだろう?誕生日はまだまだ先だし…)
レナが推測していると、グエルはイラつきを隠さずに冷酷にそして端的に話した。
「単刀直入に言おう。お前にはこのパーティーを辞めてもらう。拒否権は無い」
「えっ?」と、気づけば、レナの無意識に口から声が漏れた。
「えっ?では無いだろ。心当たりもないのか?」
「あるわけないですよ。みんなとここまで一緒に頑張って来たのに……」
「ほんとにその『みんな』にお前が入れてると思っているのか?」
「レナさーいっつも後衛で魔法使っているそうですけど、魔法書も無ければ詠唱もしない。この際はっきり言いますけど、邪魔なんですよ」
パーティーの魔法使いの少年はため息混じりに愚痴をこぼす。
少年の名はケレン・パーシバル。黄土色の艶やかな髪のボブ、おおよそ平民では着ることが出来ないような高価な布で装飾されたフロックコートはケレンの家の裕福さを物語っている。
この世界のパーティーは攻撃担当、防御担当、サポート担当に分かれて組まれる。どんなに有名なパーティーでもどんなに人数が多くても例外はまず存在しなかった。
レナが所属するパーティーも6人所属しているが、例に漏れず攻撃担当が3人、防御担当が1人、サポート担当が2人で構成されている。
このメンバー構成がこの世界で浸透している理由は単純明快、圧倒的に戦いやすいからである。例えば、相手が知性の乏しいモンスターの場合、防御担当が怪物の攻撃をいなし、攻撃担当が敵の弱点を突き、後衛が補助をする。役割が明確になり、ある程度のアドリブも対応できリスクも少ないのである。
その中で、ケレンは回復と味方の回復とバフ、レナは敵へのデバフを任されていた。
「レナってさーモンスターにデバフ与えてるとか言ってるけど、ケレンの言う通り本当に魔法使ってるの?私たちの攻撃が強すぎるだけとかじゃない?」
副リーダーの女性は髪をくるくるといじりながら人を小馬鹿にするかのように嘲笑する。
真っ赤な髪を腰まで伸ばし、グエルとは打って変わって必要最低限の装備を装着している。本人曰く、耐久性を犠牲に俊敏性を極限まで高めているらしい。彼女の名前をアシュリー・ノーレットという。
周りからもくすくす笑う声が聞こえる。周りも同意見であることに気づき、レナは絶望した。
「何言ってるの、アシュリー!ちゃんと私だって頑張ってます」
レナにパーティー全員の視線が集まる。レナはめまいを覚えた。まるで異端審問に吊るしあげられた罪人のようであった。
「それにあんたのそのクソ犬、邪魔なんだよねー。戦ってる最中、突然近づいてきて。この前なんて危うく斬っちゃうところだったし」
「わかるー俺も攻撃守ってる時に近づいてきて気が散るんだよな」
服の外側からでも鍛え上げられた肉体が垣間見える男、ウェルナーと剣士であるが探偵のようなインパネスコートを羽織っている一風変わった女性、クレアもアシュリーに続いて愚痴を吐き始める。
「そんなウェルナー……いつも敵を弱らせてくれてありがとなって感謝してくれたじゃないですか。私、それで頑張れたのに…それにクレアも一緒にバードのこと可愛がってくれてたのに」
「お前なーお世辞の一つも理解できねーのかよ」
「あの駄犬のこと誰が可愛がりますか。いつ殺してやろうか常日頃考えてるくらいですよ」
パーティーメンバー全員日常会話をするように軽薄に喋るが、そこには明白な悪意に満ち満ちていた。
状況を察してかバードもさっきまで喜んでいたのが嘘かのように、心配そうな顔を浮かべる。
「という訳だ。レナ分かってくれただろ?俺たちは死闘繰り広げてここ最近、どんどん知名度上がって勇者パーティーの一つに選ばれた。これはチャンスなんだ。ここでもっと依頼をこなしていけば、更に知名度も上がりいずれ四災源泉に挑める存在になれるんだ。そこで邪魔になるのがやはりお前だ。レナという足枷がいるとこの先取返しの付かない事態になるかもしれないし、勇者パーティーに雑魚がいるとなると名が廃ってしまう」
グエルが語った勇者パーティー。それはゼーレ大陸の中でも四災源泉を破壊するために選ばれた冒険者パーティーのことを指し、冒険者の到達点で憧れでもある。ゼーレ大陸で有数のエドワール王国の都市ピレーネに襲来したブラッドウルフの大群を討伐したグエル率いるパーティーはピレーネ領主であるコキュートによって勇者パーティーに推挙され今日選ばれたと報告があったのだった。
「少し…考えさせてください」
「はぁ?あんたに拒否する権利がまだあると思ってんの?」
間髪入れずにアシュリーが反論し始めるが、グエルはそれを手で制止する。
「明日の朝まで待とう。下の食堂で答えを聞かせてくれ」
グエルは何か策があるかのようにゆっくり答える。
話が終わると同時にレナはそっと立ち上がり扉を開けてそそくさと立ち去る。
レナが去ると、部屋の中から「勇者パーティーに選ばれた祝杯を挙げよう!」と歓声が聞こえてくるが、レナの耳には微塵も入らなかった。
悔しさと悲しさで何も考えることができずに自分の部屋に帰ると、そんなレナの姿をあざ笑うかのように暗闇が迎える。
魔石で作られた灯りを灯す気力も無く、沈むようにベットへ転がった。
バードもベッドへ近づいてレナの手を舐めて慰める。いつもなら思う存分バードに構ってやりたいところだが、ただ呆然と眠気に襲われ静かに眠った。
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