大智とカーラの事件簿【前編】

 僕はみこと大智だいち。対異能力者特別警察特別部隊──通称「湖畔隊」に所属する隊員の1人です。

 普段は警察、ひいては特別部隊として、文字通り普通では扱わない少し特例の任務に当たっているのですが……。


 そんな僕には1つ、心配事があります。


「カーラが行ってくるですよ!!」

「うん、行ってらっしゃい」


 カーラ・パレットさん。12歳という若さでありながら僕と同期である少女だ。彼女は元気よく手を振ると、丈の長いワンピースの裾を翻し、駆けていく。……これから行く学校が、楽しみで仕方がないとでも言うが如く。


 僕の心配の源は、彼女だった。いや、この元気な様子を見てどこが心配なんだ、と思うかもしれない。それはご尤もなのだけれど。

 ……僕は知っている。彼女が、学校で酷い扱いをされ、そしてここに来たことを。


 だから、思う。今こそ彼女は自ら中学校に通うことを選び、こうして楽しそうに通っているが……そのトラウマを、ある日突然思い出す日が来るのではないか。もしくは、かつてのように彼女を迫害せんと動く人が現れないか……。

 そうなったら彼女はきっとまた、笑顔を失うことになるだろう。僕にはそれが耐え難かった。


 ……カーラさんは僕と同じような境遇を経験していて、僕の話をちゃんと聞いてくれて、僕の心に寄り添ってくれた……本当に、大事な人だから。


「そんなに熱烈に見つめるくらいなら、付いて行けばいいんじゃねぇの?」

「ワァァァァァァッ!? たっ、たたたっ、隊長ッ!?」

「あ、悪い。驚かせたな」


 慌てて振り返り、そして同時に振り返ろうとした僕は、そのままバランスを崩して背中から倒れ込む。すると隊長──青柳泉さんは、全く悪いと思っていなそうな声色で謝り、僕に手を差し出した。

 僕はその手を取り、起き上がる。少しだけ痛む背中に顔をしかめながら、僕は口を開いた。


「付いて行けばいい、って……」

「え? ……ああ、そのままの意味だよ。心配してるんだろうなーって思って」

「心配してる……は、当たりですけど。その、僕がカーラさんに付いて行ったら、完全に不審者じゃないですか」


 なんせ僕には前科がある。警察なのに警察のお世話になった前科が……。


 僕の言葉に、隊長は苦笑いを浮かべる。そしてそれは否定しない、と何気にショックなことをさらっと告げてから。


「こっそり付いて行くんじゃなくて、堂々と付いて行けば問題ないだろ?」


 そしてやはり、そんなことをさらっと言ってしまうのだった。





「大智と登校、なんだか新鮮で嬉しいです!」

「そ、そっか……それなら良かった」


 次の日、僕はカーラさんと共に学校に向かっていた。というのも、どうやら隊長が勝手に話を通したらしく、朝「学校まで送ってくれるって聞いたんだけどです」と言われ、僕も慌てて出かける支度を済ませた……という感じである。


「……カーラさん」

「? どうしたの?」

「その……学校は、どう?」


 僕のその問いかけに、カーラさんが一瞬だけ目を微かに細めた。僕のその問いかけの意味を、彼女は誰よりも理解していたのだろう。

 だって僕たちは、同じ境遇から帰還した人間なのだから。


「……楽しいですよ。クラスの人たちも皆良い人で、勉強も、新しいことがいっぱい知れて、すごく楽しい」

「……良かった。誰かから、何か言われたりしない……?」

「うーん、今のところないですよ。言葉の件があって、カーラも少しだけ心配してたけど……むしろ、クラスの人たちは今みたいに何か言われてないか、って心配してくれるくらいだし、です」

「……そっか」


 カーラさんは努力をして、ここいらでは一番頭のいい進学校へ向かった。それが関与しているのかは分からないが……彼女の周りは、聡明で優しい人に溢れているらしい。


 彼女の表情からしても、無理をしているようには感じないし……。もしこの様子が変わるようなら、その時にまた心配すればいいかな、と僕は結論付ける。ちゃんと、話を聞けて良かった。


「あ……でも」


 と思ったのも束の間。彼女が突然そんなことを言って足を止める。釣られて僕も足を止めて。


「少し、気になることが」

「気になること……?」

「あっ、カーラちゃん~! おはようっ!」


 そこで背後から声が響き渡る。そしてドンッ、とカーラさんの背中に誰かが飛びついた。


恵奈えなちゃん! おはようです!」

「えへへ、カーラちゃんの後ろ姿見て駆け寄って来ちゃった。えーっと……この人は、お兄さんとか?」


 どうやら彼女に飛びついたその少女は、カーラさんの友人らしい。こちらを見上げて、明らかに戸惑ったように首を傾げる。カーラさんはすぐに首を横に振った。


「ううん、カーラ、警察として働いてるって話したことあるでしょ? 大智はカーラの相棒なんですよ!」

「あ、同期です……」

「へ~! そうなんだ!」


 警察と分かるや否や、少女はすぐにホッとしたようにその表情を綻ばせる。やっぱり肩書きって大事なんだな……とつくづく思った。


「あれ? 恵奈ちゃん、お膝怪我してるですよ?」

「……えっ」


 そこでカーラさんが少しだけ視線を落とし、何気なくそう呟く。すると少女の顔がスッと青ざめ、その様子が引っかかった。


「……あっ、と、ここに来る途中に転んじゃったの!! あ~、私ってば本当にドジで!!」


 冷や汗を流しながらそんな説明をする少女。それを他所に、僕はポケットから絆創膏を取り出した。


「見せてくれる?」

「えっ……いや、そんな大層な怪我じゃないですから!!」

「でも、小さな怪我だって放っておくと菌とか入っちゃうから……軽く対処させてほしいな」


 僕は少女の前に跪き、目線を合わせて微笑む。すると少女は戸惑ったように目を見開いた。


「……じゃあ……お願いします……」

「ありがとう」


 僕はお礼を言ってから……忍野さんから教わったことを、思い出していた。



 それは少し前のこと、僕は人とコミュニケーションを取るのが苦手だから……忍野さんに、コミュニケーションのコツ……というか、人から侮られずに対話できる方法を尋ねていたのだ。

 すると彼は眉をひそめてから、一言。


「簡単だろ、そんなことも分かんねぇのか」

「うっ」

「背筋を伸ばして、目をちゃんと開け。それだけで十分だ」


 えっ、と僕は思わず声をあげる。不服か、と言わんばかりに睨みつけられ、僕は震えあがってしまった。


「お前の強みはその身長タッパだ。そして人間だって所詮は動物。本能的に、自分より大きなものには畏怖して警戒する」

「はぁ……」

「だがお前はそれを活かしきれていない。猫背だし伏し目がちで声だってぼんやりしている。そんなんじゃ舐められて当然だ」

「うぐっ」

「いいか、全ては第一印象だ。温厚だと思われるか、気弱と思われるか、恐ろしいと思われるか、冷酷だと思われるか、それは一瞬の印象で決まる。そしてそれはいつだって尾を引くものだ。……だからお前は、背筋を伸ばして目を開け。それだけで印象は大きく変わる。強いて言うなら喋り方の改善も必要だろうが、第一印象と言う観点で考えるなら、ひとまずそこだな」


 以上。と言って忍野さんは話を終える。僕はそれを頭の中にきちんと書き記していた──。



 持ち歩いていたウエットティッシュで傷口周りを軽く拭きとり、僕は絆創膏を貼る。……さっき跪いてから、忍野さんに言われたことを意識してやってみたけど……普段より比較的早く提案を呑んでもらえた気がする。気のせいかもしれないけど……。

 でも、こうして立ち居振る舞いを気にすると自然と喋ることも安定してくるから、不思議な気分だった。


「……はい、どうかな」

「あ、ご丁寧にありがとうございます」


 僕の言葉に、少女は礼儀正しく頭を下げる。お大事にね、と僕は笑った。


「じゃあカーラさん、お友達とも合流したみたいだし……僕はここまでで大丈夫かな」

「あ、うん。送ってくれてありがとう、大智」


 僕がそう言うと、カーラさんはそう言って笑う。しかし……その七色の瞳の奥に確かな光があることに、僕は気が付いた。

 だから大きく頷く。彼女にはそれで通じたらしい。カーラさんは少女の手を取ると、一緒に学校まで歩き出した。


 僕はその背中を見送り、姿が見えなくなってから……スマートフォンを取り出す。そこには、僕が治療をしている傍らで入れていたらしい、カーラさんからのメッセージが表示されていた。一言、「板場恵奈」と。

 それを確認すると、僕は通話アプリを開く。電話をかけた相手はすぐに出て、僕は口を開いた。


「隊長、ちょっと調べてほしいことがあるんですけど」


 そして僕は、踵を返して歩き出した。

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