恋の独白(某女子生徒)

 ──私はあの人に、恋をしていたのだと思う。



 きっかけは本当に、この高校にとってはありふれたことで。でも私にとっては、とても劇的な出来事。それがきっかけだった。


 私が通う「明け星学園」。世界で唯一の異能力者のみで構成された高校。そこでは日常の中での異能の使用が推奨されていて、だから学校内で戦闘が行われたりすることがしょっちゅうだった。


 私は戦闘系の異能を持っていない。だから戦闘が行われていたら、巻き込まれないように離れるんだけど……。


 その日は、ちょっとイレギュラーだった。どうやらその2人は喧嘩の延長で戦闘に発展したらしく、周囲の生徒に前触れもなく戦闘が始まってしまった。

 私はその時たまたま近くにいて……流石にもう分かるかな。そう、戦闘を行う生徒のうちの1人の異能が、こちらに飛んできたのだ。



「──大丈夫?」



 降りかかるであろう痛みに耐えるため、私は目を閉じて体を固くしていた。しかし私に降りかかったのは、優しく凛々しい声で。


 目を開く。──するとそこには、1人の少女の背中があった。

 明け星学園最強の生徒会長──小鳥遊言葉。


 彼女の前には夥しい量の文字があり、それらは綺麗に整列してネット状になっていた。彼女の異能力──「Stardust」。あれで攻撃から私を守ってくれたのだろう。私はすぐに察しがついた。


「だ、だいじょうぶ、です」


 聞かれるまま私は答える。すると彼女はホッとしたように柔らかく微笑んだ。


「良かった。ちょっとごめんね。……うん、怪我もしてないみたいだね。あ、でも後から痛みが出ることもあるかもだから……その時は保健室とか病院とかを頼ってほしいな」


 さっと手を取られ、腕や脚を軽く見た後、彼女はそう告げる。……私はコクコクと頷くことしか出来なかった。


「さて、と……おいお前ら、僕が言いたいこと分かるよね? ちょっと説教に付き合ってもらおうか」


 私の確認を一通り終えたらしい。彼女はすぐに立ち上がると、先程まで戦闘をしていた生徒2人の方まで向かっていく。私はその背中を、じっと眺めていた。


 とくん、とくん、と心臓が早い。心なしか頬も熱い。別に激しい運動をしたわけでもないのに。

 ……このはやる鼓動の理由に気付くまで、そう時間はかからなかった。





 生徒会長・小鳥遊言葉。いつも明るくて、神出鬼没で、自由奔放で……でも人のことをよく見ていて、とても優しい。困っている人がいたらどこからともなく現れて、手を伸ばしてくれる。


 そう、分かっている。彼女は私だけに優しいわけじゃない。この学園で過ごす全員に、平等な優しさを分け与えている。

 だけど……私の瞼の裏には、颯爽と私のことを助けてくれた会長の背中が焼き付いていた。あの姿に、私の心は完全に射抜かれてしまったのだ。


 告白しようとかは、全く考えていなかった。付き合いたいとかそういう願望はなかったし、会長も同性に告白されても困るだけだろう。優しく断られるのは目に見えている。玉砕なんてしなくてもいい。ただ、見てるだけで。


 ……その思いは、一度だけ揺らいだことがある。次の5月に転校してきた1年生、伊勢美灯子が現れた時だ。彼女は明け星学園の中であっという間に有名人になり、会長も彼女にかかりっきりになった。行動を共にしない日をほとんど見かけなかったくらいだったから。

 正直……羨ましいと思った。会長にあんなに気にかけてもらえる転校生のことが。私も転校してきていれば、彼女にあのように構ってもらえただろうか……なんて考えて、すぐにやめて。


 見ているだけでいい。そう思ったのは自分だ。だから彼女を羨むのも、もしもを考えるのも、全て陳腐な行為なのだ。





 その年の冬。明け星学園は姿を変えた。──生徒会長、小鳥遊言葉の手によって。


「君たちには悪いけど、君たちは今から私の人質なの。そして、最終的には私に殺される。……まあ、運が悪かったとでも思っておいてよ」


 笑いながらそう告げる会長は、まるで会長じゃないようだった。

 これは悪い夢だと思った。悪い夢だったら良かった。


 予兆はあった。明け星学園では異能力者が暴走するという事件が起き始め、理事長は逮捕され、会長は忙しくなり、転校生の様子もおかしくなり、会長も元気が無さそうな様子を見せることが多々あった。

 だけど、まさかこんなことになるだなんて。


 会長は生徒に向けて異能を振るった。誰にも当たらなかったけれど、確実にこちらの命を軽く扱っていた。


 ──私が射貫かれたあの背中も、同時に粉々になって消える音がした。


 異能が当たらないよう守ってくれた彼女が、確実な殺意を持ってこちらに異能を振るった。


 ああ、死んだんだ。私が愛した会長は死んだんだ。あそこにいる会長が、殺したんだ。

 ──許せない。



 そう思った、けれど。



 彼女は、転校生は会長と向き合うことをやめなかった。真っ直ぐな瞳で見据えて、会長に手を伸ばした。その心に向き合おうとした。……私はその背中を見ていた。

 2人とも、叫んでいた。まるで泣いているようだった。私はそこに立つことも、介入することも許されなかった。


 生徒たちは転校生の行動に胸を打たれ、手を伸ばし始めた。会長を助けるために。


 私はそうあれなかった。


 愛、だった。そこにあるのは愛だった。

 だから私はきっと、会長のことを愛していなかったんだと、そう思う。





 日常が戻ってきた。

 もちろん全く同じ形ではない。でも明け星学園は通常通り開講されるようになり、生徒たちも楽しそうに日々を過ごしていた。……それが空元気かどうかは今は置いておくとして。

 私も日常に身を置いた。あの日のことを、彼女のことを忘れるように。


 私は次の授業を受けるため、教科書と筆記用具を抱えて廊下を歩いていた。他にも移動教室をする生徒がチラホラいて、すれ違っては去っていく。

 次は地理の授業だ。宿題もやってきたし……と頭の中で確認をしながら歩いていると。


「次化学なのだり〜」

「でもシノちゃんの授業だからテンション上がるじゃん!」

「いや〜、先生が可愛くてもムズいんじゃ割に合わないよ」


 後ろからそんな話し声。近いな、と思って微かに振り返ると同時──どん、と背中に衝撃。


 私にぶつかったその生徒は、どうやら後ろ歩きをしていたらしい。ぶつかった衝撃でこちらを振り返り、大きく目を見開いていて。

 それもそのはずだ。だって私の体は運悪く階段の近くで、そして空中に投げ出され始めていたから。


 ふわりと体が浮く感覚。目の前の景色がスローモーションに見えて、あ、死ぬんだろうなこれ。と瞬く間より早く悟った。

 降りかかるであろう痛みに耐えるため、私は目を閉じて体を固くする。だけど──。



「──大丈夫?」



 私に降りかかったのは、優しく凛々しい声で。

 恐る恐る、目を開く。そしてそのまま目を見開いた。


 私は人の腕に受け止められていた。その人物は──小鳥遊言葉だった。無表情で、こちらを見下ろしている。


 驚きのあまり、私は何も答えることが出来なかった。しかしジッと見つめられ、答えが求められていると分かると、慌てて何度も頷く。それを見て彼女は小さく、降ろすよ、と呟いた。


「痛いところは、ない?」


 首を縦に振る。そう、と彼女は感情の乗らない声で呟いて。

 すぐに床に散らばった教科書やプリント、筆記用具たちを拾って手渡してくれる。そして私に背を向けると。


「……後から痛みが出ることもあるかもしれないから、その時はちゃんと治療を受けてね」

『あ、でも後から痛みが出ることもあるかもだから……その時は保健室とか病院とかを頼ってほしいな』


 はっ、と目を見開いた。


 だけどその間に、彼女は踊り場の横にある窓を開け、そこから飛び降りてしまった。着地音が聞こえたから、ただ単に下層階に降りたかったのだと思う。……いや、それより……。


 さっきの行動、言葉。……全部、あの時と同じだった。

 あの時……私があの人に一目惚れした、あの時と。


 さっきはすみませんでした、と次いで階段から降りてきた、先ほどぶつかった生徒に、いえいえと返し……私は考えていた。


 ──変わってなかったんだ、あの人は。そう、思った。


 誰にでも優しくて、困ったら手を差し伸べてくれて、心を、気を配ってくれる。あの人は、そういう人だ。


 死んでしまったのだと思った。そんな彼女は死んだのだと。でも、違った。……生きて、いたんだ。


 ああ、私はあの人のことを何一つ理解できていなかったのか。……いや、理解出来るほど、きっと私はあの人のことを知らなかったのだろう。知ることを最初から諦めてしまっていたから。

 そんな私だから……私はあの時、同じように手を差し出すことが出来なかったのだろう。


「……今度また会ったら、ありがとうって、言わないとな」


 何も返せなかった。彼女の優しさに、私は、何一つ。

 だから、これから……返していきたいな。ちゃんと。


 そう思うと同時、頭上のスピーカーからチャイムが流れ出す。そうして自分が移動途中だったと気づいた私は、慌てて走り出すのだった。

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