大智とカーラの事件簿【後編】

 こんにちは! カーラ・パレットだよ!対異能力者特別警察特別部隊──通称「湖畔隊」に所属する隊員の1人なんだ!

 カーラはこの春から、聖ラストリア学園っていう中学校に通って、勉強をしてるんだ! もちろん勉強はすごく大変だけど、友達も沢山できて、楽しい日々を送ってるんだよ!


 だけど……そんな楽しい学校生活の中で、カーラは1つだけ心配なことがあるんだ。


 それは同じクラスの板場いたば恵奈えなちゃん。とても元気で、明るくて、太陽みたいに素敵な子なんだけど……カーラ、見ちゃったんだ。

 体育の着替えの時、体に痣があるのを。


 これは何かがある。ぴーんと来たカーラは、次の日大智が一緒に登校してくれたタイミングで、相談してみたんだ。いや、正確に言うと相談はしてない。でも、大智なら気づいてくれたって信じてる。


 カーラは1日を恵奈ちゃんと過ごした。……まあ分かっていたことだけど、学校内で変な動きはない。恵奈ちゃんが誰かに嫌われていたり、意地悪をされていたり、そういう悪意を感じない。じゃあ学校ないじゃないということだ、とカーラは結論付けた。

 そうなると……学外。この年齢なら家庭内っていうケースが多いかな。とカーラは結論付けた。


 そして昼休み、大智から連絡が返って来た。……本当なら学校内でスマホを使うのは禁止なんだけど、緊急事態だから致し方ない!! カーラはお手洗いの個室に引きこもり、その連絡を確認した。

 そこには恵奈ちゃんの情報が書いてあり、大方カーラの予想通りだった。……カーラは、大好きな優しいパパとママが居て、だからこんな風になっちゃってる理由が全然分からないけど……。でも、実際に起っちゃってるんだ。カーラが動かないと!


 そう考えている時、大智から電話が来る。カーラは一度個室から顔を覗かせて、誰もいないことを確認した。そして念のため、紺色の異能力を使う。カーラの紺は、鉄壁の色。完全無欠に決めていくよ!


『もしもし、カーラさん?』

「大智! 調べてくれてありがとうです」

『ううん、僕も……治療の時に、スカートの下の痣がちょっと見えたから』

「大智の変態」

『ごめんなさい!?!?!?!?!?』


 冗談ですよ、とカーラは笑う。大智がそんな人じゃないって言うのは、カーラが一番知ってるからね。

 気を取り直し、カーラは口を開いた。


「カーラ、上手くやって恵奈ちゃんのお家に行ってみようと思うです。それで、証拠を掴む。大丈夫だとは思うけど、念のため大智に控えておいてほしいです」

『……それは大丈夫だけど』

「けど?」


 何か引っかかるところがあるみたいだ。カーラが首を傾げて聞き返すと、彼は真っ直ぐな声で告げた。


『あの子は、たぶん誰にもあのことを知られたくないと思っている。隠そうとしている素振りが多かったし……そして、カーラさんが今からやろうとしていることは、あの子から親を奪うことになるかもしれない。例え世間的に見れば正しいことでも、あの子はそれを良しとしないかもしれない。……カーラさんは、あの子から恨まれる覚悟はある?』

「……」


 思い出す。恵奈ちゃんの笑顔を。いつも明るくて、優しくて。

 ……久しぶりの学校に緊張して怖がるカーラに、一番に話しかけてくれたのが、恵奈ちゃんだった。


『私、板場恵奈っていうの!! よろしくね!!』


 そして思い出す。カーラが再び目覚めて、自分の力で前に進むと決めたあの日を。


『わたしは、間違ってない!! 間違ってない、間違ってないんだ……!!』


 伝えられなかった。カーラには、あの子を救えなかった。


 カーラの虹は、希望の色。今度こそ、誰1人の希望も取り逃したくない。


「あるよ。カーラは、迷わない。希望を信じて立ち続けるって、そう、決めたから」


 カーラはそう返す。そっか、と大智は電話の向こう側で呟いた。そして。


『あと、隊長から1つ伝言』

「何? です」

『異能力者が関与してないわけだし俺は見なかったフリするから、後で報告書書くことになるだろうけど頑張れ、だって』

「…………………………はい」


 そっちの覚悟はしていなかったカーラは、思わず肩を落とす。一緒に書くよ、と大智は優しく笑ってくれた。





 板場恵奈は1人、ため息をついていた。

 家に帰るのが億劫だと思うのは、いつからだっただろうか。もう物心ついた時には、そう思っていた気がする。


 親は教育熱心な人だった。有名校に入らせようと勉強をさせ、成績が悪ければ罰を受けた。すごく頑張って、今の中学校に入ったけれど。

 恵奈は親のことが怖かったが、嫌いではなかった。成果を出せば褒めてくれたし、きちんと衣食住も与えてくれる。一緒に遊びに行ったこともある。誕生日は好物をいっぱい出してくれた。楽しかった思い出も、愛された思い出も沢山ある。厳しいのは、勉強のことだけ。だから大丈夫。


 恵奈は深呼吸をする。そして意を決して扉を開け──。



「へ~! ここが恵奈ちゃんのお家なんだ~! です!」



 背後から聞き慣れた声が聞こえた。恵奈は勢い良く振り返る。そこには学友であるカーラ・パレットが立っていた。


「カーラ、ちゃ」

「お邪魔しますっ!!」

「えっ、カーラちゃん!?」


 戸惑う恵奈に構わず、カーラは恵奈が開けた扉から中に入っていく。恵奈も慌てて中に入った。


「あら恵奈、お帰り。早速勉強を──」


 カーラが中に入ると、恵奈の母親が顔を上げながらそう告げる。そして知らない少女と目が合うと、目を見開いた。


「お邪魔しますっ!!」

「え? えっと……」

「ちょっとカーラちゃん! 勝手に入ってこないでよ……!」

「え? ダメですか? お友達だから、いいと思ってたんだけど……」


 キョトン、と首を傾げるカーラに、恵奈は思わず眉をひそめる。確かに彼女は天真爛漫で純粋な少女だが、こんなに常識がない子だっただろうか? と。


「私、これから勉強するの」

「え~!? 勉強なんてつまらないよ!! それより遊ぼう!!」

「あっ、遊ばない!! とにかく……早く帰ってよ!!」


 え~? と文句を言うカーラの背中を押し、恵奈は家からカーラを追い出す。扉を閉めるその手には、大量の汗が流れていた。


「恵奈?」


 名前を呼ばれ、恵奈は大きく肩を震わす。


「お、お母さ、」

「今の子は何? 学校のお友達? あんな頭の悪そうな……完璧な学校を選んだつもりだけど、期待外れだったかしら。とにかく、あんな子と付き合うのはやめなさい。……まあそんなことより、確か今日は新入生テストが返ってくる日だったでしょう? 出して」


 矢継ぎ早に言われ、恵奈は慌てて鞄を背中から下ろす。そして恐る恐る、返却されたテスト用紙を差し出した。


「一応学年1位みたいだけど……思ったより点数が良くないわね。こことか、どういうつもり? こんな凡ミスして、集中力が足りていないんじゃない?」

「……ごめんなさい」

「こういうことが続くなら、お父さんに言ってまた叱ってもらうからね」


 さっ、と恵奈は青ざめる。全身から一気に血の気が引き、考えるより先に床に手を付き、口を開いた。


「ごっ、ごめんなさい!! 私、もっと集中するから……頑張るから……!!」

「じゃあ、早速始めましょう。ほら、座ってないで立って」

「っ、い、う、うん」


 母親に強く腕を引かれ、恵奈は思わず悲鳴を零しそうになる。しかしすぐに立ち上がると、いつも通り勉強部屋に向かい──。



「その手を離してください」



 再び声が掛かる。恵奈と母親は振り返った。

 そこに立つのは──カーラ・パレット。


 そこで恵奈は思い出す。そういえば自分はさっき、扉の鍵を閉めただろうか? と。


「な……貴方はさっきの」

「貴方の先程の発言は彼女の精神を追い詰めるものであり、精神的苦痛に当たります。それに、恵奈ちゃんは必要以上に貴方に怯えている様子は、まるで脅されているみたいですね」


 先程の常識がない様子とは違う、流暢に毅然と告げるその態度に、恵奈も母親も固まってしまった。

 しかしすぐに状況に追いついたのは母親で、眉を吊り上げるとカーラに詰め寄った。


「な……なんなの貴方、人の家に勝手に上がり込んで!」

「カーラは、警察です」

「は?」


 カーラはポケットから何かを取り出す。そして印籠のようにそれを母親に向けた。


「対異能力者特別警察、特別部隊所属、カーラ・パレットと申します」

「警察手帳……!?」

「今さっきカーラも聞きましたし、近所の方も貴方やお父様の怒鳴り声を聞いたことがある、と証言してくれています。それ以外にも、恵奈ちゃんの体には無数の痣がありますよね? これは立派な──虐待です」

「なっ……」

「お話は、署で聞かせていただきます」


 母親が喚き、カーラが冷ややかにそれに反論する。──その光景を、恵奈はどこか現実感なく見つめていた。





 カーラは恵奈ちゃんの母親を通常警察の方に引き渡すと、小さくため息を吐いた。大智や隊長、密香が短時間で証拠を集めてくれたお陰で、ここまでスムーズに行った。父親の方も、今頃通常警察が向かっているだろう。


「……カーラちゃん」

「恵奈ちゃん」


 名前を呼ばれ、カーラは振り返る。……恵奈ちゃんは、とても暗い顔をしていた。


「……ごめんなさい」

「……え?」

「恵奈ちゃん、お母さんとお父さんと一緒に旅行した話とか、してくれたことあったよね、です。……恵奈ちゃんは2人のこと、大好きなんだろうなって思うですよ」


 でも、とカーラは深呼吸をして。


「──カーラは、自分が正しいと思うことをした。恵奈ちゃんがこれ以上傷つく前に、どうにかするべきだと思った」

「カーラちゃん……」

「ただ、それが結果的に恵奈ちゃんの心を傷つけることになったかもしれない。だから……ごめんなさい」


 そこでカーラは、後ろから名前を呼ばれる。振り返ると、大智の姿があった。

 カーラは踵を返し、そちらに歩き出す。


「……ありがとう」


 すると恵奈ちゃんは、小さくそう呟いた。

 カーラは振り返る。そこには……やはり複雑そうにはしていたけれど、微笑みを浮かべる恵奈ちゃんがいて。


 上手く出来たかは分からない。でも、少しは助けになれたのかな。……カーラは、そんな風に思うのでした。





「で、それが今報告書を書いている理由ですか?」

「そうです~~~~」


 灯子に尋ねられ、カーラは苦しみながらそう答える。目の前には書かなければいけない書類が山ほど。一応お仕事はお休み扱いになっているカーラなのに……! でもまあ、首を突っ込んだことに後悔はしてないよ!!


「それで、その後のその子はどうなったんですか?」

「恵奈ちゃんは、学校を転校して行ったよです。おじーちゃんおばーちゃんのお家に近い学校に行くから、って」

「それは……寂しいですね」

「そうだね。でも……恵奈ちゃんが幸せそうだったから、カーラは嬉しいです!」


 カーラがそう言うと、灯子はそうですか、と優しく微笑んでくれた。


 よーし、と気合を入れ直し、カーラは再度報告書に向き合う決意をする。その時目の前に座る大智と目が合い、彼も優しく微笑みかけてくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る