Next Happy Birthday to You☆(持木心音)
「心音~、何もこんな夜に忘れ物取りに帰ることないだろ」
「仕方ないでしょ、明日までの宿題を置いて帰っちゃったんだから」
「んなもん、忘れましたって素直に言えばいいじゃねぇか」
「あたしはあんたと違って、宿題の類は1回も忘れたことないの!! ……付いて来てもらったことは悪いと思ってるけど」
「……ま、別にいいよ。可愛い妹の頼みだし……ってぇ!? なんで叩くんだよ!?」
「……なんかムカついたから」
「理不尽だな!?」
後ろで騒ぐ義兄──持木帆紫のことは無視し、あたしは歩みを進める。電気がついていない廊下では、スマホのライトだけが頼みだった。
にしても……夜の明け星学園ってこんな感じなんだな。来たことがなかったから知らなかった。一応生徒の姿もチラホラ見えるし、完全な無人というわけでもないから、別にそこまで怖くない。何より帆紫がいるし……何があっても大丈夫だろう、という安心感があった。
……本人には絶対言ってやらないけど。
そうこう考えているうちに、あたしたちは調理室に辿り着く。あたしが所属しているスイーツ同好会の活動教室だ。皆で宿題をやったのが、逆に仇に出たな……。
というわけで教室に入ろうと扉に手を掛けたのだが……。
ドンッ!! と、夜の静寂を破る爆発音が響き渡った。
「きゃっ!?」
「ッ、心音!!」
あたしは悲鳴を上げ、帆紫が慌てたようにあたしの腕を引き寄せる。あたしと帆紫の立ち位置が入れ替わり、彼はそのまま調理室の扉を開け放った。
「なんっ……なん、なんだ?」
どうやら帆紫は怒鳴りつけようとしたらしいが、その声は一気に困惑の色に染め上げられる。あたしは帆紫の肩越しに、スマホのライトで教室内を照らした。するとそこには……。
「小鳥遊先輩?」
あたしがそう言うと、彼女は無表情のまま黙って瞳を潤ませた。
「つまり、来たる10/13は灯子ちゃんの誕生日で、小鳥遊先輩は灯子ちゃんにプレゼントをあげようと思った。でも小鳥遊先輩は灯子ちゃんと一緒じゃないと学校を出れない。そうなると本人の前でプレゼントを選ぶことになって、サプライズにならない。だから学校内で出来ること──ケーキを作ろうと思ったけど、ことごとく失敗続き……ということで、あってますか?」
なんとか聞き出せた話をあたしがまとめると、小鳥遊先輩は小さく頷く。そしてやはり小さな声で呟いた。
「……初めて、オーブンで焼く段階まで行けたんだけど」
つまりその前までは焼く段階の前で失敗していたらしい。
「えっと……失礼ですが、小鳥遊先輩は、お料理が苦手……?」
「……」
小さく頷く。肯定。料理が苦手なのに、なんでよりによってスイーツ作りなんて難しいことを始めてしまったのだろう……。
だけどそんなことを言っていても仕方がない。実際に小鳥遊先輩はこうやって頑張っているのだ。
「──爆発音が聞こえたんですけど、どうかしたんですか?」
そこで教室の入り口から、聞き慣れた声が届く。あたしたちは思わず肩を震わせた。
「いっ、伊勢美!?」
「? ……あれ、持木くんに……ココちゃん? どうしたんですか、こんな深夜に」
そう、そこにいたのはまさに誕生日を祝われそうになっている灯子ちゃんだった。そうだよね、灯子ちゃんもここに住んでるわけだし、生徒会長だし、あからさまに何かトラブルがあったら来ちゃうよね……!
でも、と思う。今灯子ちゃんは、小鳥遊先輩の名前を呼ばなかった。そして小鳥遊先輩は今、あたしの背中に隠れるような状態になっている。つまりこれは──隠せる!!
「ご、ごめんね灯子ちゃん! 帆紫が突然、スイーツ作ってみたいって言うから!」
「は!?」
「それで、オーブン使うのにちょっと失敗しちゃって……!!」
ね、と帆紫に視線を送る。帆紫は戸惑っていたようだけれど、すぐにあたしの意図を汲み取ってくれたらしい。はっとしたように目を見開くと、ブンブンと頷く。
「そ、そうなんだよ。急にめちゃくちゃ甘いものが食べたくなって……」
「はぁ……別にいいですけど、調理室使うなら今度から事前に申請しておいてくださいね。一応火気も絡むことですから」
「「は、はぁ~い……」」
生徒会長らしいご尤もなお言葉に、あたしたちは情けない返事をする。では、僕は見回りを続けますから。と灯子ちゃんは調理室を去っていった。
その背中を見送ってから……あたしたちは同時にため息を吐く。
「あ……っぶねぇ~……」
「なんとか隠し通せて良かったね……」
「……なんで」
その声に、あたしたちは振り返る。隠れていた小鳥遊先輩が出て来ていた。
「……なんで、庇ってくれたの」
無表情のまま、しかし戸惑ったように彼女はそう尋ねる。なんでって、とあたしたちは思わず顔を見合わせる。まあ、反射的に夢中でやっちゃった……っていうのが正直なところだけど。
「大事な人に喜んでほしい、って気持ち、すごく分かるので」
「……」
「だから良ければ、あたしたちにも協力させてもらえませんか? あたし、一応スイーツ同好会ですし……こっちには火のプロがいますしね!!」
「え、いや、料理に異能使ったことないんだけど……」
「つべこべ言わない! やるって言ったらやるの!」
「嫌だとは言ってないだろ!? ……ってわけです。小鳥遊先輩」
帆紫の同意も得てから、あたしたちは小鳥遊先輩に微笑みかける。彼女は驚いていたようだけれど……ありがとう、と呟き、少しだけ微笑んでくれた。
そこからはもう勢いだった。失敗したせいで足りなくなってしまった材料を帆紫が買い出しに行き、その間にあたしはレシピを読ませてもらう。ネットから拾って来たものみたいだけど、特に変な工程とかはなかった。これなら大丈夫そう。
深夜のコンビニを駆け回ってくれたらしき帆紫が戻ってくると、あたしたちはケーキ作りを始めた。
そして始めた感想としては……小鳥遊先輩、自己申告はしてくれていたけど……本当に料理が苦手みたいだった。
見ているこっちが不安になる包丁の持ち方、粉は零すし、火もすごく怖がっている。というか、すごく不器用なんだな……と一目で分かった。ここからはあたしの憶測なんだけど、たぶんこの人、料理だけじゃなくて家庭科系全般が苦手な気がする……。
だけどそんなことを言っていても仕方がない。あたしが全部やっちゃってもいいけど、それじゃあ本末転倒だ。この人が灯子ちゃんにプレゼントを用意したいと思って始めたことなんだから。小鳥遊先輩がやらないと意味がない。
「……やっぱり私には、無理なのかな……」
一生懸命やりながら、小鳥遊先輩が小さく零す。その目には涙が貯まっていて、声は小さく震えていた。ようやく焼き上がったスポンジに生クリームを塗っているところだった。うん、やっぱり不器用だ……手どころか腕にまで生クリームが飛び散っているし、塗れたところもムラがすごいし……。
……って、そうじゃなくて!!
「大丈夫ですよ、先輩! 自分の力で仕上げの段階まで来れてるんですよ? 自信を持ってください!」
「……っ、でも、見栄え、良くないし……」
「初めてなら誰でもそんなものです! それに、ここから修正なんていくらでも出来ますし!」
「……そう、かなぁ……」
「そうですよ! 灯子ちゃんだって、絶対に喜んでくれます!」
あたしに出来るのは、意気消沈しつつある小鳥遊先輩の気持ちを引き上げることだけだ。せっかくここまで来たのに、ここで諦めてしまうなんてもったいない。
「……小鳥遊先輩、やりながらで良ければ、灯子ちゃんへの想い、聞かせてくれませんか?」
「……え?」
「ほら、なんでプレゼントあげたいって思ったのかなーって思いまして」
気を紛らわすがてら、あたしはそんな質問を投げかける。小鳥遊先輩は一瞬手を止めた後、すぐにまた動かし始める。そして小さく口を開いた。
「……いつも、迷惑、掛けてるから」
「……」
「私は、何も出来ない。いつも……いつも、あの子は、傍にいてくれる。私には、何もないのに……」
そんなことないですよ、と言いたくなるけど、ここは我慢。小鳥遊先輩は続けた。
「ずっと、私のことを考えてくれてる。どうしたら私が笑ってくれるか、私がぐちゃぐちゃな気持ちになってる時、どうしたらそれが収まるか……それでいつも、一緒に居てくれる。……私は、嬉しいけど、いいのかなって思う」
「……」
「私に使う時間を、もっと自分に使えばいいのにって……だから、自分が生まれた日くらいは……自分のこと、考えてほしくて」
ずっとって言えない私は弱いけど、と小鳥遊先輩は付け足す。そうして、手が完全に止まった。
「……灯子ちゃんには、自分のことを大事にしてほしいって、そう思ってるんですね」
あたしはそう相槌を打つ。彼女は小さく頷いた。
……あたし的には、小鳥遊先輩といる灯子ちゃんは、本当に幸せそうに見えるけど……でもそれは、部外者だから言えることなんだよね。きっと。
そんなことを考えながらあたしは、口を開いた。
「クリーム、綺麗に塗れてますよ」
「……あ」
あたしの言葉に、小鳥遊先輩が小さく声をあげる。彼女の目の前には、綺麗にコーティングされたケーキがあった。
「あれ……いつの間に」
「肩の力が抜けて、上手く出来たみたいですね。良かった」
「……心音ちゃん、あ、ありがとう……」
小鳥遊先輩があたしを見つめ、お礼を言う。その表情はとても嬉しそうで、あたしは思わず目を見開いてから。
「……小鳥遊先輩が頑張ったからですよ」
それに、あと一息ですから! とあたしは張り切って声を出す。まだデコレーションはいっぱい残っているのだ。
あたしの言葉を聞き、彼女は大きく頷いた。
「灯子ちゃん、お誕生日おめでとう!」
「わっ、びっくりした」
生徒会室に入ってきた灯子ちゃんを、あたしたちは出迎える。突然の声とクラッカーに、灯子ちゃんはそう言って軽く肩を震わせた。びっくりしたと言う割に、そんなに驚いたように見えないけど……。
まあそれはとにかく、あたしや帆紫、雷電先輩に瀬尾先輩に聖先輩は、灯子ちゃんの誕生日のお祝いに駆けつけていた。場所として、墓前先輩や茜ちゃんに生徒会室を貸し出してもらって。
真面目だから、生徒会室で待ってれば絶対来るよ、と墓前先輩が肩をすくめていたが、本当だったな。
生徒会室はあらかじめ誕生日仕様に飾り付けておいた。と言っても、片付けやすいように簡単にだけど……。それでも灯子ちゃんは生徒会室を見渡し、嬉しそうに笑ってくれた。
「僕のために……ありがとうございます」
そう言う灯子ちゃんに、皆は口々にお祝いの言葉とプレゼントを渡していく。もちろんあたしも、お祝いの言葉と個人で用意したプレゼントを渡した。
「誕生日おめでとう! 灯子ちゃん! ……生徒会長になって大変かもしれないけど、これからも仲良くしてくれたら嬉しいな」
「ココちゃん……うん、また一緒に遊びに行ったりしようね」
あたしの言葉に、灯子ちゃんは笑いながら頷く。それを嬉しく思いつつも、あたしは続けた。
「それで、灯子ちゃん。ちょっと来てほしいところがあるんだけど」
「? うん、分かった」
灯子ちゃんは首を傾げ、でもすぐに頷く。あたしはそんな彼女の手を引き、調理室までやって来た。
「……言葉」
「……灯子」
調理室に入ると、中で待っていたのは小鳥遊先輩。皆と一緒だと気まずいだろうからと、別室で祝うのを本人が希望したのだ。
小鳥遊先輩は立ち上がると、机の上に置いていた箱を持ち上げる。そしてそれを灯子ちゃんに差し出した。
「……誕生日、おめでとう。いつも、ごめん。……ありがとう」
小鳥遊先輩が端的に伝えたいことを伝えると、灯子ちゃんは今日一番驚いたように目を見開くと、今日一番嬉しそうに微笑んだ。
……それを見て、あー、やっぱりこの2人にの間に入れないなぁ、とあたしは思ったりして。
「ありがとう、開けてもいい?」
「……うん」
「あっ、灯子ちゃん、机に置いてから開けたほうがいいかも!!!!」
受け取ってすぐ開けようとした灯子ちゃんに、あたしは慌てて声を掛ける。安定したところのほうがいいもんね、危ない危ない……。
箱の中に入ったケーキに、灯子ちゃんはとても驚いていたようだった。そしてあたしが、小鳥遊先輩が作ったケーキだと説明すると、また更に驚いたようで。灯子ちゃんも彼女の料理下手のことは知っているらしい。
その後は3人でケーキを食べた。あたしはお邪魔だと思ったけど、2人じゃ食べきれないから、と頂いてしまった。もちろん、気持ちがこもっているのもあってすごく美味しかったよ。
「ココちゃん……ありがとう」
「え? 何が?」
小鳥遊先輩とは一旦別れ、あたしたちは生徒会室に戻ることにした。その道中、急にそう言われてあたしは聞き返す。いや、と灯子ちゃんは笑って。
「……あのケーキ、ココちゃんが一緒に作ってくれたんでしょ?」
あたしは思わず目を見開く。言ってなかったのに……どうやら彼女は、気づいていたらしかった。
「……分かった?」
「なんとなく。……まあ、言葉がたった1人で出来るようには、もっと練習が必要だろうって思ったのと……」
「あー……はは……」
「……ココちゃんがいつもくれるお菓子と、雰囲気が似てた気がしたから」
なんとなくだけとね、と灯子ちゃんはもう一度念を押すように言う。あたしは思わず笑った。
なんか……嬉しいな。そうやって、気づいてもらえるのは。
「大変だったんじゃない? 言葉と一緒にやるの」
「まあ……技術もそうだけど、モチベーションの維持が……」
「……なんかごめんね」
「ううん、総合的に考えたら楽しかったよ。……小鳥遊先輩の、灯子ちゃんに対する気持ちも聞けたしね」
「えっ」
あたしの言葉に、灯子ちゃんが足を止める。だけどすぐにあたしに詰め寄ってきた。
「な、なんて言ってたの」
「え〜……」
まあ、口止めもされてないし、隠す必要も特にないんだろうけど……。
「……内緒」
「えぇっ」
「そういうのは、本人の口から聞くのがいいと思う」
あたしに言う気が全くないと分かったのだろう。灯子ちゃんはがっくりと肩を落とした。
「……誕生日プレゼント、お預けされた気分」
「あははっ、じゃあいつか誕生日が来るといいね!」
「もう……他人事だと思って」
あたしたちはそんな言い合いをして、笑い合う。
でも……灯子ちゃんの次の誕生日は、灯子ちゃんが思っているよりずっと早く来るんじゃないかな、なんて、あたしはそう思うのだ。
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