素直な気持ちで(青柳泉)

「なあ、密香」

「……なんだよ」


 俺がそう呼びかけると、不満げに密香がそう答える。俺はその顔を見つめながら告げた。


「そろそろ、あいつらの次の場所を斡旋しようと考えてるんだけど」





 俺は「湖畔隊」の隊長、青柳泉。まあここは「お荷物部隊」なんて呼ばれてしまっている、ちょっと周りとは隔絶された部隊で、出世コースからは完全に外れたところだ。

 ここには今まで何人ものやつがやって来た。俺はそいつらの面倒を見て、でもやがて、ここよりもっと適性がありそうなところに異動させた。


 こんなところでずっと燻ってるのは、俺だけでいいから。


 だから──今「湖畔隊」にいるカーラ・パレットも、尊大智も、ずっとこんなところに居なくて良いのだ。


 パレットとかはもう顕著だ。あいつはまだ12歳で、これから何にでもなれる可能性に満ち溢れている。こんな地下に潜っているよりよっぽどいい。

 尊も、人とのコミュニケーションが取れるようになったし、今のあいつならどこに行っても上手くやれるだろう。細やかな気遣いが出来るやつだから、きっと気に入られる。


 そうと決まれば、次はどこがいいか考えないとな。うーん、慎重に決めないと……。


「……別に俺はどっちでも良いが」


 すると密香が何故か白けた目をしながらそう呟く。俺が首を傾げると同時、密香はこちらに背を向けた。


「本人たちに聞いてからの方が良いんじゃねぇか、そういう大事なことは」

「……」


 俺は思わず黙ってしまう。本人たちに、聞いてからの方が……。


「……密香、いつの間にそんな気を遣えるように……?」

「俺はいつだって色んなやつに気ぃ遣ってんだよ」

「ええ、嘘だぁ。無神経ノンデリの塊みたいなやつのくせに……」

「俺は思ったことを言ってるだけだ」

「それが無神経ノンデリって言うんだよ……」


 だけど、その無神経ノンデリに指摘されてしまった大事なこと。それが出来ないなら俺もそうなってしまう。


 ……いや、本当は分かってた。ちゃんと話をしないといけない、ということは。

 分かってた、けど。


「……密香、2人のうちどっちか呼んできてくれる? 1人ずつ話してみる」

「……承知しました」


 俺がそう言うと、密香がそう答えて恭しく頭を下げる。そうして部屋を出ていく背中を、俺はじっと見つめていた。





「え、異動?」

「うん。……つっても、俺が勝手にどーしよっかなーって考えてるだけなんだけど」


 目を見開く尊に、俺は笑いながらそう答える。すると尊はふるふるとその瞳を震わせて。


「そっ、そんな大事なこと、勝手に考えようとしないでくださいよっ!!!!」

「え、ご、ごめん」

「隊長っていっつもそうですよね!!!! 大事なことはいつも1人で決めようとして……!」

「ご、ごめんって。いや、それ反省して今こうして話聞こうとしてるんだろ!?」

「……どうせ忍野さんに促されて聞いてるだけでしょう」

「なんでバレ……いやいやいや、それより!! ……お前はどう思う?」


 これ以上ジト目を向けてくる尊に言及されないよう、俺は無理矢理話を切り替える。尊は小さくため息を吐いてから、そうですね、と呟いた。


「……正直言うと、興味ないです」

「え」

「僕は、僕を助けてくれた隊長の役に立ちたいと思って、ここにいます。だから僕は、隊長の傍で仕事ができている今が一番幸せです」

「……えーっと」

「隊長の命令だと言うなら素直に従います。それこそ隊長の上にも偉い方がいると思いますし、その人が僕を動かせって言うなら……僕としては不本意ですけど、言うことを聞きます。……でも隊長が勝手に考えてるだけなら、僕にその気はないです」


 ハキハキとした口調で、尊はそう告げる。

 ……本当、すっかり自分の意見が言えるようになって……その成長に涙を禁じ得ない(※心の中で)。にしてもハッキリされすぎて、なんか色々刺さる。主に図星のところが。


「……すっ、すみません、色々偉そうに、勝手なこと言ってしまって……」

「……いや、良いんだよ。話が聞けて良かった」


 俺がそうやって考え込んでいると、慌てたように尊がそう続ける。先程までのハキハキした意思表示はどこに行ったのか、またオドオドとした喋り方に戻って。

 でも……うん。やっぱり、聞けて良かったな。


 俺はそう思いながら、パレットを呼んでくれるか? と尊に頼むのだった。





「つまり、カーラは左遷されるってことです?」

「違うそうじゃない」


 俺の説明の果てに、キョトンとした顔でパレットから告げられたのは、そんなトンデモ発言だった。


「そうじゃなくて、『湖畔隊』じゃなくてもっと他のいいところで働く気はあるかって話で」

「うーん、まあ言いたいことは分かるですけど」


 パレットは眉を八の字にし、分かりやすくうーんと悩む。そしてすぐにこちらに目を合わせた。


「カーラ、勉強に本腰を入れたいですよ」

「勉強に本腰を?」

「うん」


 聞き返すと、パレットは満面の笑みで頷いた。


「ほら、カーラ、4月から中学校に入るじゃん……です」

「うん」


 そう、パレットは夏が終わった辺りから勉強を始めて、結構頭のいい中学校を受験し、見事合格を勝ち取ったのだ。

 そういうわけで、4月からその学校に通うことになっている。


 ……パレットは、学校で嫌なことがあって、その果てにここに来たから……そんなパレットがまた学校に行こうと決心したことを思うと、感慨深いな。やはり涙を禁じ得ない(※心の中で)。


「そもそも12歳で警察してる方が一般的にはおかしいです」

「うん……そうだね……」

「だから順当な12歳らしく、義務教育を受けてこようと思うですよ。……もちろん隊長さえ良ければ」

「それは……もちろん全然良いよ。というか……うん、人が勉強をすることは、正当な権利だもんな」

「あ、やめる気は無いですよ。長いお休みが欲しいって感じです。……これも良ければ、だけど」

「うん……大丈夫なんじゃないかな。いや、大丈夫にします」

「うん、よろしくね、隊長」


 俺がそう言い切ると、パレットは笑って頷く。その笑顔に、俺も小さく笑い返すのだった。





「お前はこれからどうする?」


 尊とパレットを呼びに行ってくれた密香を呼び戻し、俺は彼にそう尋ねる。密香は眉をひそめたので、俺はもう一度口を開いた。


「イチ先輩の助手になったりと、お前も忙しいだろ。……別に俺、もう平気だよ。絶対一緒にいたいなんてもう思ってないし、別々のところで生きていけるって、思ってるから」


 前までの俺なら、どうにかして一緒にいようとしたかもしれないけど……今は違う。もう俺たちは別々の道を、1人で歩ける。

 ……まあ、こいつは異能犯罪者だし、そういう意味で一緒にいる必要はあるかもだけど……そうじゃなくて、精神的な意味で?


 俺のそんな問いかけに、密香は深々とため息を吐く。そして告げた。


「まあ今後、俺は一さんとの研究もあって、お前と居る時間は減るだろう」

「……うん」

「でも、それだけだ。俺はお前の傍から離れる気はない。……お前には、うっかり死なれても困るしな」


 あっさりとした口調で、彼はそう言い切る。俺は目を見開き、そして一言。


「……お前本当、俺のこと好きだねぇ……」

「んなわけねぇだろ。殺したいんだよ俺は」

「知ってる〜。大好き♡ とか言われた暁には気持ち悪すぎて悪夢を疑うね」

「安心しろ。そんな日は天と地がひっくり返ろうと来ないからな」

「わ~、それなら安心」


 そんな軽口もそこそこに、俺は小さく息を吐く。分かっていた。分かっていたことだった。


 皆、ここにいたいと言った。


 まあパレットは例外かもしれないけど。あいつは一時的に休みたいってことだったからな。……でも、その後は……尊や密香と同じなのだろう。


「……本当に、いいのかなぁ」

「いいに決まってんだろ」


 無意識に吐き出された言葉を、密香がすぐに拾う。俺が驚いて顔を上げると、密香は俺の机に右手を付いていた。そしてその手を軸に、こちらにずいっと顔を近づける。

 急に綺麗な顔が近づいてきたことに怯んで、思わず少しだけ椅子ごと後退る。しかしそうすると密香は更にこちらに近づいてきて、そして一言。


「お前は、素直になりゃ良いんだよ」

「……へ」

「嬉しいなら嬉しい。それでいいだろ。誰かの許可を求めたところで何になる。そんなもの、なんの意味もない」

「……」


 俺は呆然と密香を見上げる。彼は何も言わず、俺を見つめるだけだった。


「……俺は、嬉しいと思ってる、のか」

「……は? そこからかよ。この俺が残ってやるって言ってるんだから嬉しく思えよ」

「うわっ、急に図々しい」


 だけど口に出したら、その言葉はストンと胸に落ちてきた。……嬉しい、そうか。


「……うん、ここを選んでもらえて、嬉しい」


 手を胸に当てる。なんだか心なしか、じんわりと温かい。その温もりは、瞬く間に全身へと広まっていく。小さく息を吸って、その温もりを確かめた。


 嬉しい、うん。ちょっとだけ、むず痒いというか……本当にいいのかなって、思っちゃうけど。

 今はこの気持ちを、噛み締めておこう。


「嬉しいよ、俺」

「感情覚えたてのロボットみたいに繰り返すなよ、気持ち悪ぃな」

「お前が嬉しく思えっつったんだろ!!!!」


 ほんとこいつは、と思い、俺は密香を睨みつける。だがすぐに面白くなってしまって、思わず吹き出した。そんな俺に、密香は何も言わない。だけど……少しだけ、ほんの少しだけ、気が抜けたように微笑んで。

 それを見た俺は。


「……うん、やっぱ嬉しいわ!」


 もう一度、先程とは違う意味で、同じ言葉を繰り返すのだった。

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