愛の話をしよう(伊勢美灯子&Smile)
今日僕は、とあるところに足を運んでいた。
温かな木漏れ日。足元に広がる砂利が踏みしめるたびに音を立てて、それが耳に心地良かった。
──僕がここへ来た理由。それはとある人物と会う約束をしているからである。
「Smile」
僕がその名を呼ぶと、彼は顔を上げる。そしてその液晶に映る絵文字が笑顔になった。
『伊勢美灯子、待ッてたよ』
「ああ、待たせた? ごめん」
『ふフ、いいんダよ。待つ時間も悪クない』
「そう、まあそれならいいけど」
彼は日の当たるベンチに腰かけていた。彼はくすんだ水色のつなぎを身に纏っている。薄汚れて皺が多いその服は、Smileの今の苦労を伺わせた。
僕はその隣に座り、彼の今の状況を思い出す。
──彼には、人と関わる機会を与えてほしい。そう泉さんに頼み込んだのは、僕だ。そして泉さんは、そのお願いを聞いてくれた。
Smileは様々な人をいたぶり、苦しむさまを眺め、最終的には死に追いやった……まさしく凶悪異能犯罪者だ。だが僕は知った。彼はそれ以外の人との関わり方を知らなかったのだ。……だからといって、今までの罪が許されるわけではないが。
それでも、人の温もりを知らないままその生涯を終えるのは、やはり理不尽だと思う。だから僕は、彼に人と関わらせることを願った。
その結果彼は、更生プログラムに参加しているようだった。それは、許可を得たお店で働いてみたり、普通教育を受け直したり、同じような罪を犯した人とその体験を共有し合ってみたり……と、自らの罪を認識すること、再発防止に繋げること。そのためにそういうことをしているらしい。僕も色々調べて、そしてSmile本人の口から聞いたことだ。
「最近はどう?」
『よウやく寿司を握らせてもラえるように……』
「え、あんた今、工場で働てるんじゃなかったっけ」
『冗談ダよ。一度言ってみたかッたんだ』
「あんたデフォが冗談みたいな顔なんだから、そこから更に冗談重ねられても混乱するだけだって……」
『おッと流れるような悪口』
そんな気の抜けた会話をし、目の前で白い蝶が羽ばたく。僕たちはそれをぼんやり眺めながら、やはり取り留めのない話を重ねた。
僕とSmileは、定期的にこうして対話をしては近況を報告し合っている。こうして屋外で話してはいるが、一応刑務所の職員複数人がこちらを見張っているうえで成り立っている状況。まあこいつはもちろん、僕も僕で異能犯罪者だからな……。
『最近、小鳥遊言葉はどうなんだイ?』
などと考えていたら、Smileからそう尋ねられる。僕は意識を隣の彼に戻し、口を開いた。
「相変わらずだよ。落ち着いてない日の方が多い」
『ソウ、今日は大丈夫だッたの?』
「うーん、まあ比較的。普通に見送ってくれたし。……にしても、先輩から連絡が来たらすぐ帰るつもり。あんたには悪いけどね」
僕はそう言って肩をすくめる。でも仕方がない。言葉の方が僕には大事だ。
そう言うと彼は、分かっているさ、とどこか楽しそうに笑った。
『彼女に振り回されて、面倒だトは思わないのかい? 彼女がいたから思うよウに動けないこともあるだロう』
「そりゃあね。……でも面倒だとは思わない。僕が自分で選んだことだから」
『ふゥん。……よく分からナいね。そこまで献身的になれるなンて』
「だって、あの人に生きてほしいって言ったのは……僕のエゴで、言葉はそれに答えてくれただけだからさ」
彼女は生きる理由を、僕に委ねている。僕が言ったから死なないだけで、きっと彼女は、本当ならすぐにでも死にたいと思っている。
だから、彼女自身の意思で、生きたいと心の底から思ってくれるまで、僕は彼女の傍にいるんだ。まあ、ちょっと異常なのは分かっている。なんせこういう……公的な機会でもない限り、僕は基本的に言葉から──ひいては明け星学園から出ないから。全ては言葉のため。今の僕は、言葉のために動いていると言っても過言ではない。
だけど、そう他者からどう言われようと……これは僕自身が決めたことだ。翻すつもりなど微塵もない。
『まア君は、小鳥遊言葉を愛しているんだネ』
「えっ」
『え、何』
「え、いや……」
『え、逆に愛してなかッたら何? そこまで気に掛ケるなんて、愛以外の何が原動力になるっていうのサ』
「いや、その、あんたの口から『愛』っていう言葉が出てきたのが驚きで」
『それを教えたのはキミたちだろうに』
「え、そうだったっけ。いやなんか語弊あるでしょその言い方」
僕は頭を抱える。いや、間違ってないんだろうけど。
「……そうだね、愛だよ。これは」
『オお、素直』
「誰のせいだと」
僕は言葉を愛してる。本人にも言ったことだ。当の本人はまだ受け入れられてないようだけれど。
「なんであんたと愛の話をしないといけないの、僕は」
『いいじャないか。興味がアるから、教えてよ』
「……まあ、いいけどね」
Smileが他者に対して、本当の意味で興味を持つこと。愛や希望に価値を見出すこと。その一助になるのなら、喜んで。
さて、そうと決まれば何から話そうか。僕は少し考えてから、口を開いた。
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