日常に馴染む声(伊勢美灯子)

 いつものことだ。これはいつものことなのだ。……いつものこと、なのだけれど……焦りは抑えられない。


 ──言葉がいない!!!!


 いや、本当、どこ行ったんだ。彼女は本当に初めて会った時から神出鬼没で……!! あんなに存在感がある人なのに、本気で隠れられたら僕には一生見つけられない。……いや、今は存在感そんなにないけど……。


 ──いや、そんなことはどうでも良いのだ。とにかく早く見つけなければ。僕が言葉の居場所を把握していないのは……ちょっと外聞的にあれなので。


 というわけで、僕は明け星学園の中をくまなく探していた。本当に、くまなく。教室の扉は全部開けたと思うし、ロッカーの中も調べた。屋上も中庭も校舎の裏も体育館も全部全部……。

 ……どこにいるんだ一体!!!!


 正面玄関に戻った僕が思わず肩を落としていると。



「──生徒会長さん、どうしたの?」



 頭上から声が掛かる。……優しい、声だった。なんか、毛布みたいな。


 僕は顔を上げる。そこに立っていたのは、黒髪ショートカットで、Yシャツにスラックス……なんと言うべきか。絵に描いたような平々凡々な男子高校生、だった。目立つ点を挙げるとすれば、なんか踊ってるアホ毛だろうか。

 ……誰なんだろう、この人。いや、それより、声を掛けられたのだから答えるべきだろう。


「その……言葉の姿が見当たらなくて」


 僕の答えに、そっかぁ、と彼は頷く。そして少し考え込むような仕草を見せてから。


「……もう探してたら申し訳ないけど、体育館倉庫辺り、見た?」

「え、体育館倉庫……ですか?」


 聞き返すと、彼は頷いて微笑んだ。


「うん、会長……じゃなくて、小鳥遊、よく役員会議サボってたんだけど」

「ええ……」

「体育館倉庫近くに、大きな木あるでしょ? あの上で寝るのが好きみたいで、よくそこでサボってたんだ。……だからもしかしたら、そこにいるかも」


 分からないけど。と彼は肩をすくめて。僕はすぐに首を横に振った。それは有益な情報だ。体育館倉庫近くは、軽く見るだけで終わってしまっていたから。

 もっとちゃんと、探しに行かないと。


「ありがとうございます。……あの、言葉のお友達ですか?」

「え? ……うん、友達だよ。1年の頃から、結構関わることが多くて」


 ということはこの人は、言葉と同い年ということか。……でも3年生は卒業したばかりのはずだし、どうして学校に……いや、別に来るのは悪いことではないのだけれど。

 と思わず考え込んでいると、あっ、と彼が声をあげる。


「ごめん、俺、恋人と待ち合わせしてるんだ。もう行かないと」

「あ……すみません。引き留めてしまって。体育館倉庫の方、探してみます」

「うん、見つかるといいね」


 彼はそう言うと手を振って、少し駆け足で校舎の中に向かっていく。その背中を見送りながら、名前だけでも聞けば良かったな……なんて後から後悔する。


 ……でも……あの人の声、なんか聞いたことあるような……というか、ほぼ毎日聞いてたような……? それくらい何故か耳に馴染んだ声だった。

 ……いや、顔も見たことなかった人だし、きっと気のせいだろう。


 僕はそんなことを考えながら、体育館倉庫の方に向かってみるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る