大事に思われているということ(墓前糸凌)

 これは面倒なことになったなぁ。と俺は心の中で呟いていた。


「副会長さ~、俺たちも騒ぎ起こしたいわけじゃないのよ」

「そうそう、目的はあんたじゃなくて会長の方だし」

「だから、その書類を渡してくれればいいの」


 俺──墓前糸凌は、男子生徒3人に囲まれていた。ご丁寧に校舎裏にまで連れられて。


 重要な書類を生徒会室にまで運んでいる最中だった。そこで声を掛けられ……否、無理矢理拉致され、ここまで連れて来られた。まあ俺も迂闊だったと思う。


 ああ……だからこういう書類は電子化しようって提案したのに。新理事長は機械に疎いし、会長は「今の明け星学園にIT化を進めるような資金があるとお思いで?」って言うし……いや事実だろうけど……あの件で、支援元も半減以下になったしな。会計も兼してるから分かる。


「おいオカマ副会長、聞いてんのか!?」

「……聞いてるよ。あと別に俺は女になりたいわけじゃない」

「そんな女みたいな恰好しといてか?」

「俺はオカルト少女になりたいだけだ」


 とは言うが、別にこいつらに理解してほしいわけじゃない。理解してほしい人には、もうしてもらっているから。


 それより、この状況からどう脱しよう。この書類──いわゆる、対異能力者特別警察からの特別応援要請の契約書。これを渡すわけにはいかない。ここにはタイトクから指定のあったとある生徒の名前が書いてあり、これを本人に渡して署名してもらえば契約は完了なのだが……大方こいつらはこれを奪って、代わりに署名して現場に出向き、問題を起こすつもりなのだろう。そうなると責任を取らされるのは……理事長はもちろん、生徒会長もだからだ。

 こいつらの目的は会長だと言っていたし。さて、大人しく書類を渡すという選択肢はハナからない。かといって俺は戦闘要員ではないし、会長に連絡を取るのも不可能。……どうするかな。


 いっそ盛大にボコられて、騒ぎを聞きつけた人が来てくれるのを待つか。と一か八かのことしか思いつかず、覚悟を決めて目の前の彼らを煽ろうと口を開くと……。



「──『Stardust』」


 頭上から、気怠げな声が響き渡った。



 その声に俺たちが顔を上げるよりも早く……無数の星屑──否、文字が男子生徒たちの頭上に降り注いだ。

 突然の攻撃に彼らは対処出来ず、衝撃で気絶してその場に倒れる。……一方、彼らの至近距離に居たのにその攻撃を全く受けなかった俺は、それを呆然と見下ろしていた。


 だがすぐに気を取り直して、今度こそ顔を上げる。……そこにあったのは、一本の成木。その枝の上に座る人影があった。


 小鳥遊言葉先輩。彼女はふわ、と小さく欠伸をし、退屈そうな視線をこちらに向けていた。


 だが目が合うと、彼女は木からひらりと飛び降りる。そのままこちらに視線を送ることなく立ち去ろうとするので、思わず、あ、と声が出た。すると彼女は足を止め、やはり退屈そうに振り返る。


「……何」

「い、いや。……助けてくれて、ありがとうございました」

「……別に、助けたんじゃない。ここで休んでたら、あんたらが騒ぎ出したんでしょ」


 うるさかったから。と彼女は顔をしかめる。

 なるほど、ここは彼女の休憩場所だったのか。そこに俺たちが来たと……と、納得しそうになるが、たぶん違うんだろうな、と思い直した。


 この人は、誰かが困っているのを絶対に見逃さない人だから。


「……それでも、ありがとう。困ってたから、助かった」


 俺が念を押すと、そう、と彼女は感情の乗らない声で答える。

 なんとなく二人ともそのまま何も言わないでいると、先に口を開いたのは彼女の方だった。


「……貴方さ、私の前に立った時もそうだけど、自分を傷つけることでどうにかしようとするの、やめた方がいいよ」

「……え」

「……貴方はそれでいいのかもしれないけど、貴方のことを大事にしている人がいるの、分かってるでしょう」


 ぼそ、と彼女が呟くように告げる。目線を合わせないまま届いたその言葉に……俺は思わず眉をひそめた。


「え、それあんたが言うんですか」

「……」

「一番自分を傷つけて状況を解決しようと当たり散らしていた人に言われても何も説得力ないんですけど」

「……やっぱあんたのこと嫌い」


 思ったことをそのまま告げると、今度こそ彼女は歩き出してしまう。その背中に、俺は声を掛けた。


「貴方も、伊勢美とか俺とか、色んな人に、大事に思われているんですからね」


 彼女は足を止めない。だけど返された言葉は、ちゃんと俺の耳に届いた。

 貴方もね。


 その言葉に俺は思わず微笑んで、それから、この気絶したやつら、どうするかなぁ……と考え始めるのだった。

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