第三章 疑惑

 捜査では、男は銃を手に持ち立ち尽くしていたそう。しかし何も認めない。男は前に、娘の西岡玻琉を階段から突き落としたという前科あり。その時は動機がなく、事故の可能性が高いことで逮捕に至っていない。

 これだけ可能性は十分なのに認めないことに腹が立ってきた警察は、男をどうにか自白させようと荒い取り調べをしていた。

「おい、そろそろ本当のこと言えよ!被害者を撃ったのはお前だな?」

すごい気迫で机を叩く警察に対して、容疑者も負けてはいない。

「いいや、違う!俺はやってない!」

警察は、はぁ…と溜め息を溢すと、男は話し始めた。

「俺が疑われるのも分かるよ。確かに玻琉を突き落としてしまったのは俺だ。認める。だけど銃ってなんだ、銃なんて知らないぞ!俺は、気がついたら持たされてただけなんだよ。本当だ、俺はやってない!」

警察は呆れて一度取り調べを終わらせた。

 警察は一旦部屋に戻って頭を抱えていると、何やら電話が。西岡玻琉にその内容を伝えるため、警察署を出て部下と二人で病室を訪ねに行った。



 怪我も治ってきて寝返りも自由にできるようになった。お昼ご飯を食べ終わってうとうとしていると、ドアがノックされた。

「はい?」

久々すぎて一瞬分からなかったが、警察のノックの音だ。何の用だろう。

「この病院で発砲事件があったのは知っていますね?」

「はい。知ってますけど」

なんだその話か、とも思いながら何を聞かれるのか気になってくる。

「被害者の方ですが」

「二人目の被害者…ですよね」

食い気味に言い放った。きっとお母さんのことだ。だってニュースにもなってたんだもん。容疑者はお父さんで、被害者はその妻だって言われてたし。

「いいえ」

一瞬、脳がパニクった。あれ?お母さんのことじゃないの?私が関係してるの、お母さんだよね?

「一人目の方です。…先ほど、お亡くなりになられました」

おなくなりになられた…?死んじゃったってこと?あの日運ばれてきた人が、もうこの世には存在していないってことなの?

 私は謎のプライドを守るため、平静を装った。

「だから私に何か関係が?」

警察は、やはりそうなるか…と呟き、

「亡くなった被害者の女性は、あなたの本当のお母さんなんです」

と言った。

「はい?」

…。

「だから、あの方が玻琉さんの、血の繋がった本当のお母さんなんです」

私がへ?と混乱していると、警察はいよいよイライラしてきたのか、

「一人目の被害者の女性がいるでしょ?あの方があなたのお母さんで、あなたがお母さんだと思っている人は騙してたの」

と嫌味っぽく言い放って、数秒待った後病室を出ていった。

 ──そんな。私が信じてたお母さんはお母さんじゃないってこと?じゃあ誰なの?あの人は。──恵さんは。

 あんなに話してたのに違ったんだ。

 …それと、私の本当のお母さんは、なんでお見舞いに来てくれなかったんだろう。突き落とされて、色々あった時、なんで何も…。

 せめて一度くらい、本当のお母さんとの思い出が欲しかった。本当のお母さんの顔での思い出なんて一つも残ってない。

 もっとちゃんと、あの女性の顔を見ておけばよかった…。管に繋がれたあの人の姿は、もう二度と見れない。本当のお母さんは戻ってこないんだから。

 ──でもせめて、せめて、何かお母さんを感じられる何かが欲しい。

 もう一度、集中治療室を見に行った。前に来た時は、奥から二番目のあそこのベッドにいた。そこには今は違う人がいる。

「あ、あのっ」

通り過ぎようとしていた看護師さんに、思わず声をかけてしまった。

「あそこにいた女性、どうなったんですか?」

「奥から二番目ですか?そこにいた方だったらつい最近亡くなって、事件か何かに関わってるとかで司法解剖されてるはずですが」

か、解剖⁉︎

「お母さん、解剖されちゃったんですか⁉︎」

「ええっと…。あの方、身元不明じゃありませんでした?」

少し疑ってくる看護師さん。

「一応、遺伝子検査で私の母だと警察に言われたんですけど…」

「ああ、そうでしたか。すいません、私はあまり事件のことに詳しくなくて…」

 家族が今、誰もいない状態。心が空っぽになったような、荒んでいくような。憎い気持ちと寂しい気持ちと軽蔑する気持ちが、私の心を占めている。

「あっ…。今日…退院か」

誰にも祝われない退院日。お医者さんには「おめでとう」って言ってもらえるけど、そもそもこの怪我をさせたのは私のお父さんで、看病してくれていたお母さんは騙してた偽物で、本当のお母さんのことを知ったときには既に亡くなっていて。私は正直、この先の未来が全く想像できなかった。だから、もう生きる気力も湧かず、久しぶりのお家も全然楽しみじゃない。

 「ただいまー…」

いつか家宅捜査をされたであろう家に帰ってきた。やけに整えられて、綺麗な家具たち。私はこの大きな家で、ゆったりとくつろいだ。──そしてあの日を思い出す。ここに座ったよな。あそこで服を脱いだ。あの階段で、階段の最上段で、私は突き落とされ…。

 広いと、今まであまり思ってこなかったこの家が、今とてつもなく広い。不思議なアリスになった気分だ。リビングに体を寝転がせて、久々の家での昼寝をした。

 起きた時にはもう夜になっていて、夜ご飯を食べなければいけないような時間。

「何か食べなきゃ…」

ずっと病院でご飯出されてたからね。自分でご飯を作るとか…いつぶりだろ…。

 お風呂も入らなきゃ。髪の毛を乾かして、歯も磨いて、と、ゆったりしている暇はない。明日から早速学校だし。本当はもっと自宅療養してからのつもりだったが、しばらく1人で家だなんて、寂しくてしょうがないから。

 ようやく全ての家事が終わって、ソファにぐだっと寄りかかる。つらすぎ…。家事ってやること多いんだな…。

 ソファでぐでくでスマホタイムする暇はなく、睡眠を取らなければ明日の学校生活に苦労する様子が目に浮かぶ。早く寝ないと…。

 自分の部屋で寝ようとも思ったが、リビングに布団を持ってきて、家の真ん中で寝た。

 朝起きると、家にはもちろん誰もいない。お父さんは捕まってる。お母さんは…偽物だったし今入院中。本物はもう死んじゃった…んだもんね。

 理性が働くままに体を動かして、とりあえず家を出た。

 トボトボと通学路を歩く。すると途中で、肩を強くバーン!と叩かれた。碧だ。碧は私を見つけて走って来てくれたのだった。

「玻琉ー!」

「あ、碧…。おはよ〜」

「おはよ!玻琉。久しぶりだね〜、学校緊張する⁈皆んな玻琉に会いたがってるよ。玻琉は友達多いからね〜」

──そんなことないよ。もし本当だったら、今頃もっと色んな人が私に駆け寄ってきてるよ?

 私は前まで、一応…一軍だった。もちろん碧も。だからまあ男女共に友達は結構いる方だったと思ってたんだけど、それも今ではみんないなくなっちゃって。私のことには興味なくなったみたい。

 恐らくどこかの情報で私が事件に関わっていることが知れ渡っているのだろう。隣を抜かしていく同じ学校の生徒たちは、私を見るたびコソコソと話している。あーもう。人を見てコソコソひそひそうるさいな。

「玻琉、あんなの全然気にしなくていいからね。玻琉はだって、事件に巻き込まれただけでしょ。被害者じゃん」

「う、うん…」

 教室に入ると、誰も駆け寄ってくれなかった。期待してた自分にも嫌気がさして、小さくなって椅子に座っていた。

 と思っていたが、教室に入ってきた一人の男子が私に気がついて、

「おわっ、西岡じゃん!」

と教室に響き渡るような声で叫んだ。その男子も、かつての私と同じでいわゆる一軍にいる男子で、その男子の一声だけでクラスメイトたちが一斉にこちらを振り返った。

「玻琉ー!なんだ、来てたんなら声かけてよねー」

「西岡、なんか事件に関わってんだろ?何があったんだよ〜大丈夫だったのかよ〜」

私はその変わりように、「あ、あはは…」とぎこちなく笑うことしかできなかった。

 移動教室でも、目の前のギャル的な女子に話しかけられた。

「西岡さん、何したの〜。事件に巻き込まれるってどういうこと?てかよく学校に来る勇気出たね⁉︎」

もう私は何も言えなかった。相手に悪気はないにしても、さすがに疲れてしまった。

 学校が終わり、碧と一緒に帰っていると、碧が怒り出した。

「もーさぁ!クラスのやつら最低ー!玻琉はなんも悪くないっつーの!今までと態度変えすぎ!…はあ、私は永遠に玻琉の味方だからね!」

と言ってくれた。学校でも庇ってくれたし、本当にいい友達を持ったなと思った。

「あ、そうだ。今家一人でしょ。うちで泊まる?」

「え!いいの?」

私は急に心のどんよりが晴れて、ワクワクした。

「玻琉ってば顔が急に明るくなった。もう毎日うちで泊まっていきな!」

 その言葉に甘えて、私は碧の家に居座ることにしたのだった。

 「お邪魔しまーす…」

「ほら上がって上がって!」

うわぁ…。碧の家ってこんな感じなんだ…。モダンって感じ?よく分からないけど、大人しめでおしゃれ…っていう雰囲気?かな。

「そういえば玻琉ってうち入んの初めてとかだっけ?」

「う、うん。たぶん。小さい頃はいつも公園とか私の家だったし…」

「どうりで緊張してるわけね。本当、自分の実家みたいにくつろいで!ささっ!」

手を掴んで引っ張ってくる碧。私が靴を揃えて制服の襟を整えて…としていると。

「もーだからそんなきちっとしなくていいんだよ。遠慮なく過ごして!」

「うーん…。そう言われましてもですね…。こんな急にだけどよかったの?そうだ。お母さんに挨拶しなくちゃ!」

何気なく言った一言に、碧は肩をすくめて動きが固まる。

「あ、今はご不在?」

お母さんってどんな人だっけ…。バリバリ仕事してそうな人だったかな?それともほんわか系優しいママ?…全然思い出せない。公園とかで遊んでた時はお互いお父さんと一緒だったもんなあー。ここの地域、こんな事件が起きてるのも本当そうなんだけど、元々治安悪いから。大体お父さんとばっかり遊びに行ってた記憶がある。

「お母さんってどんな人か覚えてないな〜。──碧?」

「ゔっ…うぅ…っ…」

なんと碧は泣き出してしまったのだ。あれ、私変なこと言った?どうしよう。幼馴染…親友とは言ったって、さすがに許されないことをしたかも。

「ご、ごめんね。碧がこんなに辛いって知らなくて…」

「…っ、ぅ、ううん…。いいの…っ…、ごめんね」

碧は泣いたまま、一言だけ発した。

「私には、お母さんがいないの」


 碧は少し落ち着くと、お茶を持ってきて自分から語り出した。

「実はね…。私、普通とは違うんだ。ごめんね。別に、複雑って程じゃないし、気にしないで」

「…うん」

何も言えなかった。言えるはずもなかった。いつも支えてくれていた親友が辛い思いをしていたのに、私は支えられていなかったなんて。私は事件のことで学校では肩身が狭かったけど、碧は普通と違う環境であることも関係なく人気者ですごいよ。

「ごめんごめん、この話は終わりね!これからも今までと同じでよろしくね。私の心の支えは玻琉だけなんだから」

「ううん…私の方こそいつもありがとう」

不思議な沈黙が続いた後、碧がまた話し出した。

「そうだ、そんなわけでさ。パパが結構忙しくて。頻繁に出張行ってるからあんまり家にいなくって、少し前から家政婦さんに来てもらってるんだ。今日もパパ出張だから気楽に休んでよ」

「そうなんだ。…えっと、家政婦さんてどんな人なの?」

「えっとねー。家政婦さん、て言ってもうちに来てくれてるのは男の人でね。無口っていうか内気っぽい人なんだけどきっと仲良くなれるよ。うーんと、あと年齢は不詳」

へー。男の人で家政婦さんって珍しいなあ。家政婦といえばおばちゃんってイメージがある。

「いつ来るの?」

「もうすぐ〜かな。私が学校から帰ってくるぐらいの時間に合わせてくれてるから。来たらお互いに自己紹介だね!」

なんか緊張するな〜…。本当に私は仲良くなれるだろうか。もしかして嫌われたりしないだろうか。このまま碧の家に居候させてくれるとしたら、少しは打ち解けないと。

 ピンポーン

「あ、来た来た」

「こんにちは、内村です」

「どうぞー。入ってください」

あ、家政婦さんって合鍵持ってるんだ。そういう信頼関係ちょっと憧れるかも。

「今日は掃除と…。…って」

「ああ、そうなんです!この子、私の幼馴染の西岡玻琉でーす。今日から毎日うちに住むことになったんです。この子も色々大変でねえ」

「よ、よろしくお願いします、内村さん」

「あ、初めまして。内村です」

確かに暗めの人だなぁ。声小さ!髪も長いし、帽子もかぶってる。でもそこまで関わることないしいいや。放っとこう。

 とは言ったものの、碧のおかげで案外打ち解けられそうだ。

「碧さん、すいません、あれ取ってください」

「はいはーい!玻琉も手伝って」

何かできることはないか、うろちょろしていたので張り切って動く。

「お、オッケー!えっと、これですか?」

「待って玻琉、それ違う、こぼすよ、こぼしそうだよ」

「えっ!うそ、あ、やばい」

「ああーー!」

バケツの中に入った雑巾と水は一瞬で床にこぼれてしまった。

「ご、ごめんなさい…」

「い、いえ!大丈夫です」

「ふふっ。玻琉、おっちょこちょいだね。てか…よくも私の家を汚れた水浸しにしたな〜?」

「えっ、ご、ごめん…」

「はは、冗談冗談」

隣を見ると、内村さんもクスッと笑っていた。二人の笑っているところを見ていると、私まで笑えてきて、三人でしばらく笑っていた。

 夜ご飯まで作ってくれた内村さんは、もう外が暗くなってから帰っていった。

「じゃーねー、内村さん!ありがとうございます!」

「内村さん、さ、さようなら」

「ではおやすみなさい」

二人で雑談しながら夜ご飯を食べる。

「ははは、そんなことあったの?」

「えー、そうだよ、玻琉にも見せたかったなあ〜」

テレビをぼーっと見て、お風呂に入って、とことん夜更かしして遊んだ。

 夜更かしとはいえど、明日も学校だったことを思い出す。日も変わりそうになったところで寝ようという話になった。

「おやすみ〜」

「おやすみ」

私にベッドを貸してくれて、碧は地べた。やっぱり、こういうところが碧の優しさだって思う。

 …もう碧は寝たようだ。どうしよう。せっかくベッドを貸してくれたというのに、寝付けない。碧にどこか申し訳なく思う。

 はあ。一度水を飲みにリビングに行こう。そーっとベッドから降りて、碧が起きないよう細心の注意を払って部屋を出た。寝室のある二階から降りて、一階のリビングへ。暗く広い部屋に、一人ぽつんと立っていると、心がザワザワする。むしろ落ち着かないし、水を飲んだらさっさと上へあがろう。

 たん、たん、たん、と階段を登っていて、あと何段かで上に到着するぐらいの段に足を乗せた時。

 ふっと人の影が見えた。真っ暗闇の中、碧かな?と思った瞬間。

 ──バンッ!

私は、碧の家で誰かに突き落とされたんだ。

 …私は、だんだんと意識が遠のき、犯人が階段を降りていった音を聞き取ったのと同時に意識がなくなった。

 ──ハッ!…目覚めると、見覚えのある白い天井。また病室か。

「玻琉!」

声のする方を見ると、ちょうど制服の碧が病室に入ってきた。

「よかった…。あ、先生呼ばなきゃ」

 病院の先生が来ると、軽く体調を見てもらった。

「大丈夫そうですね。今回はすぐ退院だと思います」

と話していたら、ちょうどのタイミングで警察が入ってきた。

「あ、こんにちは。警察のものです」

「こんにちは」

碧も珍しく緊張しており、下を向きながらぺこっと頭を下げた。私は今も何かと気に食わない警察を警戒している。

「玻琉さん、今回は怪我も少なく、意識も安定しているようです」

「…そうですか。すみません。一度ご退出いただけませんか。私と二人きりで話したいんです。…ほら、お前も出ろ」

え?立花さんと二人でなんか嫌なんだけど。

「じゃあ、私はこれで失礼しますね」

病院の先生は病室を後にした。碧も、病院の先生に「あちらにベンチがありますので」と案内されて、とりあえず出ていった。

「ぼ、僕もですか?」

挙動不審な東さんだが、立花さんはきつく出て行くように言った。

 本当に二人きりになると、立花さんが座って話し始めた。

「あいつがいると面倒なんだよな」

東さん可哀想だけど、ちょっと分かる。まだ新人なのか、話している間に茶々を入れてくるところがはっきり言ってうざい。でも立花さんも相当面倒だけどね。

「──本題なんだが…。あの女子高生はあなたの友達?」

「はい。角野碧です。幼馴染で、昨日から碧の家に泊まらせてもらうことになってました」

立花さんは深呼吸をし、衝撃的なことを言ってきた。

「突き落としたのは…その角野碧さんじゃないかって思ってるんだ」

「えっ」

「まず理由の一つとしては、その日にはあなたを含めて二人しかいなかったはずだ。とはいっても…一回目の時と同じく、二階の窓が開いていたから、まだなんとも言えんがな」

確かに。二人だけだったんだから疑われるのも納得だ。

「それと…。幼馴染とはいえ、彼女なら動機がいくらでもあってもおかしくない。ずっと一緒にいたら、一つくらいぶつかることだってあっただろう?」

それはそうかもしれないけどー…。

「碧は絶対やってません。あの子がそんなこと犯すなんて有り得ません。絶対これだけは信じてください」

そうだよ。碧だよ?何があっても碧が私を突き落とすなんてことやるはずない。

「じゃあ、逆に誰がやったのか?」

「それは…分かりませんけど」

警察は眉をひそめて私の顔を覗き込んだ。

「記憶喪失…ではなさそうだな」

「夜だったから暗くてあまり見えなくて…」

「見たのは見たんだな」

「まあ、存在がいること自体は」

ほらまた雲行きが怪しくなった。私が見たってのは本当なのに疑われる流れだよ、これ。

「本当は信じてた幼馴染なんじゃないのか?それとも誰なんだ?」

「…碧じゃありません。犯人の正体なんて知りません。もう帰っ…」

 そこで、急に昨日の夜の記憶が頭によぎった。

 ──暗くてよく見えない…けど…。

 ──!

 そこで、一つ思い出したんだ。それは、昨日の記憶。…記憶喪失で抜けていた記憶。

 …私しか知らないはずの犯人の特徴だ。

 「おい、なんだ?何ぼーっとしてんだ?」

「思い出しました」

「へ?」

 玻琉は強い眼差しで警察に言った。

「昨日、私を突き落としたのは紛れもなくお父さんです」

 …。しかし、警察は全く戸惑いを見せず、信じてすらいなかった。

「はぁ。もう今日のところは結構です。あなたが幼馴染を庇うなら、証拠を探せば済む話ですのでね」



 立花は警察署に帰って、東に被害者の証言の内容を教えていた。

「玻琉さんは『お父さん』が犯人だと言っている」

「じゃあお父さんがまた突き落としたんですか!」

「お前な、そういうところだぞ。最後まで人の話を聞かない。…そんなことより、玻琉さんのお父さんの西岡大輔は今現在進行形で発砲事件の容疑者として逮捕されてるんだから絶対に違うだろ?俺は角野碧を庇ってるとみた。というかそれ以外、不可能じゃないか…」



 お父さんなんだ。あれはお父さんなんだ。警察には分かんないだろうけど、絶対。あれはお父さん。お父さん…今、どこにいるの?

 両手を動かした。両足を動かした。…うん、大丈夫。本当に怪我は軽いみたい。点滴もない。

 ──今、もしかして自由に動けるってこと?

 私は病室を抜け出した。そして巧みに病院の先生や看護師さんに見つからないよう死角を通り抜けた。

 ──あとはあそこの階段を降りて、外に出るだけ。柱に隠れてタイミングを伺っていると、一人の看護師さんに声をかけられた。

「どうしましたか?」

「あっ!えっと、そこの…売店に」

私の様子を見ると、動いても大丈夫な患者だと判断したのか、

「そうですか。柱にもたれていたので声をかけてみたんですが、お節介焼いちゃいましたね。すみません。お気をつけてください」

 ふう。一安心。今はちょうど忙しそうな時間帯だから受付の前も難なくすり抜けることができた。

 病院の外だ。とはいえまだ見つかる可能性は高い。そもそもこんな格好のままじゃ目立つな…。一度家に帰って着替えよう。病院のパジャマなのに、持ち出しちゃった。抜け出してる時点でかなりやばいけど。でも…すぐに帰ってくるから。…確認が終わったら。

 ダッシュで走り、家へ急ぐ。…ガチャ。静かな家。とっくに決心がついていた私は、すぐさま着替えると家の中のお金を最大限漁った。

 これだけあれば大丈夫かな。家を見渡す。──すぐに帰ってくる。深呼吸して、ゆっくりと玄関の外に出た。私は扉の鍵を閉めた。

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