第二章 失望

 バン、と突きつけられた現実。警察がポケットから出した一枚の写真は、私を突き落とし記憶喪失にさせた犯人は、私の大好きなお父さんだったのだ。

 ──私はそこから一ミリも動けなかった。唖然として、呼吸さえもうまくできない。

 どういうこと?…今お父さんは?本当にどういうこと…?

 「…ですが動機が分からず、事故の可能性も捨てきれないということで逮捕までは至っていません」

警察は、それだけ言うと早々に帰ってしまった。

 私の今の感情は複雑だ。正直、ずっと謎だった犯人が分かって、少しホッとした自分もいる。それにしてもなんで私を突き落としたんだろう。いや、お父さんが犯人なんて嘘に決まってる。だけど疑っていないこともない。いつもお見舞いに来てくれたのにどういう意図で来ていたのか。私に恨みでもあったのだろうか。

 ──あの日、お父さんは何をしようとしたの?

 私は、絶望と怒りと悲しみに襲われて大号泣した。声を押し殺して、嗚咽しながらたくさん泣いた。布団を顔まで持ってきて、ただただ泣いた。

 泣きながら、今までの記憶を蘇らせていた。…そういや、高校生になってここまで号泣したことなかったかも。溢れ出る涙…。こんなにちゃんと、泣けることを忘れていた。

 小さい頃は数え切れないくらいしょっちゅう泣いてたな。家族で遊んでたあの日もそうだった。

 そう、広い原っぱで、家族三人で仲良くピクニックに行った日。お父さんは私と、手を繋いで永遠と走り回ったり、誰もいない草むらで鬼ごっこしたり、かくれんぼしたり、めいっぱい遊んでくれた。お母さんもずっと笑っていて、私とお父さんを見守っていた。そして、かくれんぼをした時。私は自分からかくれんぼを申し込んだのに。一面の原っぱの中で隠れる場所を見つけられなくて、行っちゃダメと散々言われていた森の茂みの奥まで行ってしまった。──案の定、いつまで経っても見つからない。途中まで「やったー!」と心躍っていた私だったけど、そろそろヤバいと思い始めた。でも、出口がどっちだったか忘れちゃったんだ。

 本当にまずいことになったと焦ってきて、「死んじゃうよおおぉぉ!うわああああぁぁん!」と感情に任せて大泣きしていたら、その泣き声を頼りにお父さんが見つけ出してくれたのだ。

 木と木の隙間からお父さんの顔が見えた時、私は安堵でまた、わーっ、と泣いた。心配そうに私の元に近づいてくるお父さんに、私は走り寄って抱きついた──お父さんが、スーパーヒーローのようだった。

 気がついたら嗚咽が収まっていた。あんなかっこよかったお父さんだけど…。今は逆に悩まされている。

 それに、冷静に考えてみると、だんだん怒りが大きくなってきた。

 ──私のことを騙しておいて何のつもり⁉︎いっそのこと面と向かって言い訳の一つや二つ聞いてみたい。…それに。警察も警察で、検証ばかり信じて動機が分からないって、一体何を調べてたんだ。証拠を見せろってんだ!

 ああもう、お父さんもだけど警察も誠意が感じられない!結果だけ唐突に発表し始めて、自分の言いたいことが終わったら、ハイさようなら?そんな自分勝手でいいの⁉︎小学生の発表会じゃないんだから!ちゃんと仕事しろー!

 プンスカしながら寝転んでいると、いきなり碧が部屋に入ってきた。

「ちょっ、ちょっと、さすがにノックぐらいしてよね」

イライラしていて、私が碧を軽く睨むと、

「ノックしたのに気付いてくれなかったの!」

と碧もぷんぷん。

「ごめんごめん」

と笑って謝ると、その私の顔を見た碧がギョッとした。

「なに?泣いてんの?」

私は、まだ真相を伝えてはダメかなと思い、「感動する小説読んでただけ」と返した。すると、

「どんな本⁉︎」

と意外にも食いついてしまい、私は慌てて咄嗟に机の上の一冊の本を指差した。

「へー。だけど何それ『道』って…。分厚いし難しそう」

碧もうげーとなったその本は、お父さんが入院中にとくれた本だ。まだ一度も読んだことないけど。

「まあ玻琉が泣くほどってことはいい本なんだろうね」

さりげなく背を向けて、泣いた痕の目を隠す。

「面白い?」

どんどん私を追い詰める碧。

「今度感想聞かせてね!」

そう言って碧はこの話題を終わらせてしまった。けど、正直助かった。

 そして普段と同じく、授業ノートをもらって別れた。

 その日の夜。

 私は、よく眠れずベッドの中でまた色々と考えを巡らせていた。入院中のお父さんとの楽しい会話、お父さんの笑顔、お母さんも含めた三人での記憶…。そして、突き落とされた時のこと。階段を降りようとした途端、手をぐいっと引っ張られて、振り返ると…。その時、手を引っ張ったのはお父さんだったってことだよね。

 と記憶を呼び起こしていたら、ふと現実に戻ってきた。

 我に返った瞬間。目の前の枕元には、自分の右手。それを見た瞬間、なぜだか震えてきた。そしてもう一度思い出す。階段から落ちる前、右手首を、何者かに引っ張られた記憶。

 私は、自分の右手がなんだか怖くなってきて、左手で強く右手首を握った。そしてまた改めて、あの日のことや、お父さんが犯人であることを考えて恐ろしくなってきて、涙が溢れてきた──。

 翌日、泣き腫らしてスッキリしたのか、落ち着いた気持ちで過ごしていた。本当に何事もなかったように、大人しく。

 しかし、なんとそこに、あのお父さんが現れたのだった。

「玻琉…どう?元気?」

少しバツの悪そうな、なのに笑っている表情のお父さん。

「…」

「お土産、ここに置いとくから」

「…」

何もかも普段通りに話し続けるお父さんに、私は全て無視。お父さんはお父さんで、無言の方が気まずいのだろう。今までと同じように、いや、それ以上に喋り続けている。

「じゃあ…今日は帰るから」

前と同じ、優しい声でそう言い残すと、すぐに出ていってしまった。

 そして、犯人判明の前とも昨日とも変わらず、その翌日、翌々日まで毎日お父さんはやってくる。

「玻琉。おはよ」

「昨日の話聞くか?」

「なあ玻琉、これ知ってる?」

私は断固として何も話さず、目も合わせない。お父さんの態度は相変わらずだったが、日々、病室から出ていくまでの時間が早くなっていった。



 警察は、ようやく分かった事件の犯人を一度釈放した後、動機などを加えて捜査するため母親である恵の方にも事情聴取を申し込んだ。

 しかし、犯行を認めている父親に対して母親は全く何も話してくれず、「私は何も知りません。本当に何も分かりません!」と机を叩いた。その気迫はすごく、捜査を始めたばかりの時の控えめな恵とは一変していた。よほど心の余裕がなくなったのであろう。それは、まさか夫が娘を落としたとは思わず、裏切られた気持ちでパニックになっているのか…。はたまた、何かを知っていて、隠すのに焦っているのか。

 警察はひとまず恵を家に帰し、警察たちで話し合いを進めた。その結果、警察内では、夫の大輔が妻の恵に口止めをしている、という考えに至った。やはり何か動機があって、父・大輔は隠しているのでは?と思っていた。それなのに、調べても動機もないようで、事故の可能性も十分あったことから、事件性はほとんどないと、上司に判断された。そして、この事件に関するこれからの捜査は一度中断することになった。

 上司からの指示で捜査をやめることになり、警察たちはもうこの捜査をすることはほとんどないと思っていた。



約一週間後。大体入院から一ヶ月半ごろだ。

 私は、碧に「今度感想聞かせる」約束をされたので、頑張って目当ての本を熟読していた。案外面白くて、実際感動するシーンなどもあった。ただ、あのお父さんのくれた本というのが気に食わない。

 物語に入り込んで小説を読みながら、布団の中でよっこらしょと寝返りをした。パラ…とページをめくったその瞬間…。

 ──パァン!

とても大きな音がした。思わず体がビクッと反応してしまうほど大きく唐突な音で、隣の病室などからも、一瞬「キャア!」と悲鳴が聞こえたぐらいだ。

 なんだ…この音…。なぜか胸がザワザワして、聞き慣れない音の発生源を考えてみるも、分かりそうで全く思いつかない。そもそも、日常でこんな音、聞くはずがない。

 とにかく混乱して、車椅子と点滴を押して廊下に出てみると、明らかに異変を感じた。心なしか、病院の先生や看護師さんが忙しく動いている。あとは何と言っても、さっきの音で患者さんたちがざわついていること。中には小児科の子で、怖くて泣いている子もいた。

 私は胸のザワザワが気になって、どうにか情報を得ようと、できる限りあたりを見渡すと、頭が血だらけでストレッチャーで運ばれてくる女の人がいた。

 すごいスピードで運ばれている中、私はその人を見て頭の中のピースがかちん、とはまった。

 …なるほど。そうか、…さっきの音は、銃声だったんだ。…きっと、この女性は誰かに銃で撃たれたんだ…。

 なぜだか私は勘が働いた。突き落とされ、一つ事件に関わったことで、もしかしたら事件に対する脳が覚醒したのかもしれない。

 先生たちが声を荒げて応急処置に向かう中、私は一人病室に戻って、ある仮説を考えた。──もし、あれを撃ったのがお父さんだったら…。──いや、あれは、絶対にお父さんだ。そうに違いない。だって娘を突き落とすようなお父さんなんだから。

 いつの間にか玻琉からは、あの優しく面白い、家族思いのお父さん像は消えかけていっていた。

 病院内が落ち着いて静まり返った頃、私はもう一度廊下に出た。銃で撃たれた女性を見に。あれがもし、お父さんが撃ったのなら、お父さんと面識のある女性のはずだから。

 私はそう思い、集中治療室に見に行ったが、管に繋がれていることもあって誰なのか分からなかった。なにしろ私は記憶喪失。知っていたとしても、忘れているだけの可能性もある。

 ──はあ。記憶喪失…。いちいち面倒くさいなあ。…これもお父さんのせい、なんだ。


 知らない女性が撃たれた日から三日後。

 私の病室に、二人の警察がやってきた。立花さん、東さんとは違う二人だ。

「…どうかしましたか?」

とは言ったものの、どうせこの前の発砲事件のことなんだろうなあと思った。女性は誰?とか、私の事件に関わってないかとか聞かれるんだろうな。ま、一ミリも分かんないし、そのまま気楽に答えられるからいっか。

 すると、

「この方、今どこにいるか分かりますか?」

と写真を突きつけられた。その写真とは、あの時と一緒。

「西岡大輔さん──玻琉さんの、お父さんです」

それに写真も全く同じ。あの日、私を突き落とした犯人が分かった時と同じだった。

「分かりません」

確かにお父さんは長いこと会いに来ていない。お父さんのことなんて忘れていたし、お父さんのことなんて考えたくもなくて目を背けたが、なんだか想像と違う質問が気になって、もう一度警察の方に目を向けた。

「もしかして探してるんですか?」

「そう。ずっとここに通ってたみたいですけど、知りませんか?」

ずっと無視をしていたものだから、諦めて私の病室にお見舞い来なくなったのかと思っていたけど、そういうことじゃないのかな。

「いや、あの…。最近色々あって、全然話してなかったので。全く見当もつきません…」

「ご協力頂き感謝します。それでは」

ご丁寧に頭を下げて、病室を出ていった。

 私は目を瞑って、ぼーっと今の会話を頭の中で再生していた。

 ──どこにいるか分かりますか?

 ──探してるんですか?

 ──そう。

 もしや、行方不明にでもなったとか…?だけど…え、なんで?行方不明になったって、どういうことだ?…まさか逃走とか…?私を突き落とした割にあんなに明るく振る舞ってたのに?今更逃げることあるかな。でも警察が探してもいないってことはどこかに逃げて隠れているってことなのかな?

 ──そうだ。お父さんには逃走の理由が十分あったじゃないか。お父さん、やっぱり発砲事件の犯人なんだよ。だから逃げてるんでしょ?いつかの優しいお父さんはもういなくなってしまったんだ。今のあの人なら全然有り得る。…だとしたら逃走した、って線も優勢になってきた…。

 お父さんが発砲事件の犯人であるという理由を探しているうちに、だんだん確信へと変わっていった。

 玻琉は、なぜか「発砲事件の犯人イコールお父さん」と決めつけて思い込んでしまい、お父さんが罪を犯したということへの怒りと、どうして私はそれを止められなかったのかという、とてつもない後悔、自責の念に駆られた。

 …だって。お父さん、昔はそんな人じゃなかったのに。何か理由があるの?だとしても二つも犯罪を犯すなんて許せない。何を考えてるの?

 それとも…。私が無視し続けてたからなの?ひどい態度を取ってたからなの?だから銃で…。じゃあ私は発砲を止められたかもしれない?どうして、故意に突き落としたと決まったわけでもないのに無視してしまったんだ!

 ──とはいえ、お父さん…。なんで事件のことに関して何も言ってくれないの…?

 あんなに仲が良かった私とお父さんなのに、いつの間にか隔てができてたのかな?それはいつ?何がいけなかったの?私には本当のこと言ってよ…。

 それはやがて、早く犯人、お父さんを捕まえないと!という異常なまでの焦り、警察に早く探し出して逮捕してほしいのにどうして捕まえてくれないのかという自分勝手な怒りに変わった。

 気持ちがどんどん先走り、私は無意識のうちにお医者さんや看護師さんたちのいるところへ足を運ばせていた。

「あら、西岡さんどうされましたか?」

患者である私を気遣う看護師さんをよそに、私は先生の白衣を掴む。

「に、西岡さん?」

白衣を握られた先生は、何か異変を感じたのか緊迫した声だった。しかし、玻琉の耳には届かない。

 玻琉の勢いは止まることなく暴走する。

「ねえっ、先生!先生、あの女性、撃ったの私のお父さんです。私のお父さんが犯人なんです!そうしか有り得ません。あんな人のどこが信用できるって言うんですか⁉︎きっとまた誰かが犠牲になっちゃうんです…!早く、早く捕まえて…!」

私は膝をついて、先生の白衣を掴んだまま必死に訴えた。顔は涙でぐちゃぐちゃになっており、叫び声でこっちをジロジロ見てくる通行人もいた。頭がおかしくなったように必死になって泣き叫んだ。

「西岡さん、落ち着いて、一回離れて!」

看護師さんたちがやっとの思いで玻琉を先生から引き剥がした。

 気がつくと看護師さんも先生も、私の周りにいる人全員の息があがっていた。自分を囲んでなんとかしようとしている先生に看護師さんを見て、急に我に返った。

「…す、すいません…でした…」

ヨロヨロと立ち上がり、私は頭を下げた。

「ねえ、西岡さん」

一人の看護師さんが呼び止めた。

「お父さん、犯人って決まったわけじゃないよ。私たちは、目の前の患者さんを元気にすることしかできないから、なんとも言えないけど。ごめんね」

迷惑しただろうに優しく寄り添ってくれた看護師さんの言葉を聞いて、また涙を流しながら部屋に戻った。

 布団の中で、悶々と考えている。気が狂ったように暴れ回って、ばっかみたい。先生たちには迷惑をかけてしまった…。我を忘れて無我夢中になって…本当に嫌になる。そしてまた泣けてくる、の繰り返し。

 自分が叫んで泣きついたことは本当に反省。しかし、どうしても焦りは消えないままだった。犠牲がどんどん増えていくのは嫌だ。でも、さっきの看護師さんの言う通り、お医者さんはどうすることもできないよね。──目の前の患者さんを元気にする──そう言ってたな。逮捕するのも警察だし。犯罪に手を染めたお父さんは、もう止めることはできない。警察だけが逮捕できて、相次ぐ事件を終わらせることができる。

 …警察だよ、結局。検証検証って、そればかりで、事情聴取もしつこくて、何をやっているのか分からない警察たちが、頼りになるなんて思えない。

 完全に、焦りのイライラの矛先は警察のみになっていた。

 お父さんが犯人だよって来た時も、全く証拠も何もなくて、信ぴょう性が薄い。

 だから、警察は信用できない。



 警察は、発砲事件と何か関係があると見て、玻琉の突き落とし事件の犯人を捜索していた。玻琉の父だということで、玻琉にも聞いてみたが、手がかりは掴めず。何か一つでも事件を進める鍵となるものを見つけ出したい、些細なことでも事実を掘り下げて行くべく、実際に撃たれた女性の身元を調べることになった。そんな中、玻琉が父の怒りや逮捕への焦りで一度暴れたことを病院から伝えられる。

『…てことがあったんですよ。あんなことがあったんだから、メンタルがやられてしまうことも仕方がないことだと思います。大事なのはメンタルケアです。こちらでも気にかけているつもりですが、西岡さんだけにっていうのもできないので、警察の方のほうでも気を遣ってもらえませんか?事件に関わっているご家族のカウンセリングとか…』

 一通り話終わって、ガチャっと受話器を戻す。

 警察からしたら、面倒なことが増えたとしか感じないだろう。今は、それよりも不可解な事件が多発していることの方が重大だ。

 いよいよ、未だ目を覚さない被害者の女性の身元を調べに向かう。今回はそれだけをしに、玻琉には声をかけずに帰った。



 警察への信用を無くした玻琉だったが、事件について自分はどうすることもできないと悟り、お父さんへの感情を全て捨てた。そしてただ普通に入院生活を送っていた。

 前までも頻繁に来てくれていたお母さんは、変わらず来てくれる。私は内心、いつお父さんの話を切り出されるかドキドキしていたものの、そんな私の不安とは裏腹にお母さんは全くお父さんのことを口に出さなかった。何があったとか、お父さんはきっとやってないよとか、あんなお父さんでごめんねとか、なんにも。

 私は、お母さんの優しさで、わざと「私にお父さんのことを思い出させて悲しませないように」とお父さんのことを話さなかったのだと思った。



 結果は意外にも早く分かった。身元だけでなく、女性にまつわる様々なことを調べているうちに、偶然と身元が判明したのである。

 しかし分かったとは言っても、名前が分かったわけではない。年齢も四十代半ばといったところだが、不詳だ。免許証なども見当たらず、女性の住んでいたであろう家も見つからない。持ち物すら一つもなく、強いて言えば着ていた服のみ。血液検査から、大量の睡眠薬の物質が反応したことから、きっと撃たれる前に犯人に眠らされたのだろう。その時色々と盗まれた可能性が高い。

 ここまでだと全くと言っていいほど女性について分からない。ただ、様々な検査などを依頼していた鑑定士から、ある重要なことが分かったと連絡があったのだった。

 それは本当にたまたまの出来事で、鑑定士の勘が悪ければ気がつかなかったかもしれない。

 まさかと思ってDNAを調べると──やはりそれは…。

 警察も驚愕した。それは絶対に事実だ。なぜならこうやって九九・九九九パーセントも証明されているのだから。それでも信じられない結果で、すぐに、捜査を開始した。

 その、ある驚愕の事実──女性の身元を、玻琉に報告しに行く。



 玻琉が病室でうとうと寝ようとしていると、また、あの嫌なノックの音が聞こえた。硬くて、リズムが正確なノック…。

「警察です」

私は、何に怒っているのか、警察を追い返そうとした。

「何の用ですか?私に」

警察に対して恨みの気持ちが湧き出ていた。

「少し話が」

「お母さんには許可をとってありますか?」

どうせ相手のことも考えずに勝手に来たんでしょ?

「いえ。玻琉さんだけにお話があるんです」

「私は話すことなんてありません」

私は警察がさもいないかのように布団に潜った。だってそうだよ。私は本当に用なんかない。この警察と話すような時間なんて存在しない。

「ですが…」

「もう帰ってください」

「…」

「二度と来ないでください」

 私は相当警察に怒っていた。

 前に来た時、親の許可を取らず勝手に私のところに来たこと、自分勝手で都合よく行動をしないでほしい。証拠をきっちり見せず、根拠の一つも言わず、ただ犯人がお父さんですとだけ言われたこと。お父さんが発砲事件の犯人であることは明白なのに、逮捕するどころかどこにいるかも把握していないこと。

 とにかく警察のことは信用していない。

 本当に二度とあの人たちの生ぬるい捜査に付き合いたくなかったのだ。



 玻琉に追い返された警察二人は、困ったなぁと頭を抱えた。どうしても女性の身元──真実を、知っておいて欲しかったから。というより、玻琉は知っておかなければならない結果だったから。

 発砲事件に巻き込まれた被害者の女性…今も目を覚ますことなく、集中治療室で眠っているあの女性は…。

 玻琉の実の母、だったのである。

 だとすると、玻琉が目を覚ました時、「お母さんとお父さんだよ」と明言していた「お母さん」の方は偽者だったということだ。

 一体、偽者の母…恵さんは誰だ?なぜ騙していたのだろう。そもそも本当のお母さんである被害者は娘のお見舞いに来なかったのはどうして?

 …と、疑問が増えるばかり。

 とりあえず、偽者は免許証などから「恵」だということは分かっているが、被害者の実名は分からない。さらに頼みの綱の西岡家一家は何も教えてくれないため、捜査は行き詰まっている。

 そんな中でもがむしゃらに進めるしかない。まずは偽母・恵を探している最中だ。

 もちろん、つい数日前…いや、昨日、一昨日も病室に来ていたわけだから、すぐ見つかるだろう。

 …と思っていたのだが。意外にも偽母・恵は全く姿を現さない。最後に会ったであろう玻琉に聞くのも手だが、あそこまで拒否された以上、さすがに気が引ける。

 プロの警察が街を探していれば、女性一人ぐらいは早々に見つかるはずだ。それでも見つからないということは…。

 偽母・恵は逃亡したと考えるのが真っ当だろう。

 このことで、玻琉の父・大輔を探しつつ、発砲事件の犯人の容疑者として偽母・恵を捜索することになった。

 「どうですか?」

最初からずっと玻琉の事件を追っていた立花と東を中心に、警察は総出で捜索を続ける。

「…いなさそうだな」

「立花さん。本当に見つかるんですかね?」

「つべこべ言わずに捜索しろ」

果たして、恵はどこにいるのか…?誰なのか…?



 母逃亡から約一週間が経ち、父音信不通になってから早、十日。

 玻琉は、うすうす勘づいていた。両親が警察に追われており、どこかへ逃げていることを。

 これといった理由もないが、あんなに頻繁に来ていたお見舞いにも来ない、ラインしても返ってこない。

 警察も探していたので、お父さんの方は薄々分かってはいたが、お母さんも何かおかしい。明らかに気配を感じないことから、気付いてしまったのだ。

 五日前。『お母さん?最近見ないけど、何かあったの?』『私、お父さんのことなら大丈夫だよ!』『また来てよ。待ってるよ』

 三日前。『お母さん今どこ?』『家にいる?』『どこかに行ってるの?』『お母さん何かしたの?』『警察から逃げてるの?』

 …全部既読なし。

「はぁっ…」

深い溜め息を吐くと、呆れたようにスマホを置いた。心配もあったが、もはや事実を受け入れるほかなかった。

 玻琉は既に、二人がどういう状況か理解していた。

 五日前からずっと考え続けている。

 お母さんとお父さんは、たぶん警察に追われてて、逃げてるんだと思う。お母さんがどうして警察に捜索されているのかは分からない。お父さんは前科ありで行方不明なんだし発砲事件の犯人じゃないかって思ってるから捕まえてほしい一心だけど、お母さんについては急にいなくなって全く見当もつかない。

 今日もお昼ご飯を黙々と食べながら考えていた。

 う〜ん…。お箸を置いて、本気で悩んでも全然思いつかない。心当たりがなさすぎる。何か記憶が抜けてるのか…?と唸っていると。

 ──パァン!

大きな音が鳴り響き、本当に食べたご飯が出るかと思った。この音は前にも聞いた覚えがある。銃声だ。私は、今誰かが病院の敷地内で撃たれたことに驚きは感じず、なぜかすんなりと受け入れることができた。

 しかし受け入れてはいるものの、まさかまた、このような出来事が起こるとは思っていなかったし、犯人も正確には誰なのかもわかっていない中での二回目の事件だしで、冷静に考えれば考えるほど恐怖が湧き出てきた。

 それでも私は、お母さんやお父さんが今行方不明であることと、何かしら関わっていると考えていた。実は事件が知らないうちにどんどん起こっているのでは?

 私は気がつくと、撃たれたであろう人を見に行っていた。

 廊下をさまよっていると、やはり誰かが運ばれてきていた。どうしてなのか自分でも理解できないが、誰かが病院で撃たれたということについては、何も感じなかった。目の前に被害者がいるのに、全然心臓もドクドク言わないし、むしろ誰が撃たれたのか知りたかった。こんなに自分がサイコパスだとは思っていなかった。前の自分ならきっと布団で怯えて、ずっとベッドから出てこなかっただろう。それなのに、両親が二人とも行方不明だからなのか?確かに事件が起こっていて、それにおそらく親が関係しているはず…だからなのか。

 体は勝手に動いていて、うまい具合に撃たれた人の顔を覗き込もうとしていた。

 なかなか顔が見えない。目の前を通り過ぎる時、一瞬だけど見えた。

 その顔は…。

 え?

 …お母さん、だ…。



 またもや発砲事件があったということで、警察は病院へ駆けつけた。実際に撃たれたと思われる場所へ向かうと、木の影に隠れてぼーっと立つ一人の男性を発見した。それは…。



 今何が起こっている状況なのか理解が追いつかない。お母さんが撃たれた?ずっと顔を出していなかったお母さんが?本当に警察から追われて逃げてたのかな?前の被害者の女性とも関係あるの?あれは誰?お父さんが犯人なのかな…。

 ぐるぐると頭の中で回る疑問。その日、自分をまず落ち着かせるため、事件のことは何も考えないようにした。小説を読み、大好きな女優さんの出てるドラマを見て、長い休みの時間をエンジョイした。スマホでSNSを読み漁っていると、今日のニュースが流れてきた。なんだか気になって、イヤホンをつけて聞いてみる。

『今日午後一時半頃、一人の女性が撃たれました。現場は〇〇病院で、頭を撃たれ、重症とのことです。命には別状はありませんでした。現場付近にいた一人の男を重要参考人として警察が事情聴取しています。女性の身元は不明ですが男は被害者の夫だと証言しており、容疑がかけられています。また、男は今日まで行方不明で、他の容疑もかかっているとのことです。今回事件が起こった〇〇病院は一週間前の発砲事件があった場所で、何か関係性があるとみて捜査を進めています。次は、サッカー選手…』

テレビをつけてみると、テレビの画面には、その『男』の顔写真が映っていた。そしてその写真は、お父さんだった。入院中、ずっと仲の良かったお父さん。私を突き落としたのに逮捕されなかった、あのお父さんだ。

 お父さんが、姿を現した。それもお母さんが撃たれた場所で。

 やっぱり、犯人なんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る