miyaco side

第5話

 あれから5年弱。

 中学になっても、距離は離れたままだ。小学生のときに何度か積哉と気まずい状況になってから、ずっと一言も話していない。学校では、耳が聞こえない人と目が見えない人だから、あまり関わっていないのだと解釈されている。そもそも、私と積哉が、同じ児童養護施設で暮らしていると知らない人もいる。だから、特に積哉との関係について問われることはなかった。まあ、それくらい全然話してないってこと。

 今は自室にこもってずっと受験勉強だから、さらに話す機会が少なくなっていった。積哉とっていうより、咲苗以外みんなと。咲苗は同じ部屋に住んでるから必然的に話すし、よく相談もしてるから、昔と変わらずたくさんお喋りしているが、他のみんなとは話す機会が少なくなった。真尋さんも、受験期はそっとしといてくれるから助かる。


 親友の咲苗は、高校には行かず、中卒として働くことに決めたそうだ。最初は真尋さんにかなり反対されて、高校に行くことを勧められていたけれど、咲苗の決心は真尋さんの言葉では揺らがなかった。

 私も、せっかく快く学校に行かせてもらえるんだからと、高校に一緒に行こうよって誘ったんだけど、咲苗はすでに心を決めていた。咲苗によると、真尋さんたちにお金などの迷惑をかけたくなかったんだそう。私が受験勉強している間、咲苗は就職活動していて、夏に就職先が決まった。

『真尋さんっ。受かった、受かったよ…!』

『えぇっ⁉︎やったじゃん!4月から頑張ってね。私はずっと咲苗のこと応援してるからね』

『咲苗受かったの⁉︎良かった〜、私も受験勉強頑張るからね!お互い応援してるよ!』


 そんなこんなで、ある公立高校に受かるべく、受験勉強に勤しんでいる私。公立がもしも落ちてしまったら偏差値の低めな私立の併願校に行くしかないけど、そうなったら学費も何もかも高くて申し訳ないから、絶対公立に受かりたいんだ。真尋さんはお金の心配なんてしなくていい、って言うけど、やっぱり気にしちゃうよ。奨学金?とかあるけど、条件などもあったりするし、とにかく家から近い公立高校に通えるのが1番だ。友達もいるし。

 ただ1つ問題なのは、狙っている学校がそこそこ偏差値の高い学校だっていうこと。私自身、正直賢くなくて、もうちょっと下の学校を狙うのが吉ではあるんだけど…。私は聴覚障害がある聾者だから、そういう障害に理解のある学校となると、治安もいい高い偏差値の学校に縛られてしまう。

 …あれ?そういえば…。

 そうなると、積哉も同じような学校を志望してるってことになるよね。

真尋さんからはなんとも聞かされてないけど、もしかして同じ学校を目指してるのかも。──なんて、別に話さないから関係ないしいいんだけどね。


 受験当日。真尋さんに手を握られて、パワーをもらって会場へ向かった。

 大丈夫。いける。ずっとしてきたことをすればいいだけ。咲苗も真尋さんも皆んないるし、きっと大丈夫だよね。つぐみ園の皆んなのパワーで元気をもらった。

 あ。積哉がいる。…こんな状況だし、話しかけるか。

「せきっ…」

「こっしー!お前のこと探してたんだよー、マジで今日頑張ろうな」

「おー!研人!」

「こっしーってさ、今日のテスト…」

転校してきてからずっと仲のいい研人が、先に積哉を見つけて話しかけた。

 ま、私が話しかけても意味ないか。話しかける度気まずくなるだけだし。そんなことより自分のテストに集中しなきゃ…。


 「た、ただいま〜…」

ドサっと荷物ごと体の力を緩める。いつもなら「手洗いうがい!」と口うるさく言う真尋さんたち先生も、試験で疲れた私のことを労ってくれた。

「都、よく帰ってきたね。試験お疲れ様ー」

「みやちゃーん!おつかれ‼︎」

「おねえちゃん、テストどうだった〜?むずかしかった?」

「都ちゃん都ちゃん」

いつも仲のいい皆んなが駆け寄ってきてくれる。

「ただいま皆んな。皆んなのおかげでパワー出せたよ!ありがと!」

あとは結果を待つのみ。

「それで…聞いてもいい?テスト、どうだったの」

「んー…まあまあかなっ!」

「え〜?ほんとー!」

ほんと言うとあまり自信はなかったけど、やれることはやり切った…。


 そして数日後。

「は〜!緊張するよぉ…」

「みやちゃんならきっと大丈夫!受かってるよ‼︎」

「咲苗ぇぇ…」

マフラーに手袋にコートまで着て、寒い季節に合格発表。ドキドキしすぎてますます冷えこむ。

「わー!発表の時間だ…あるかな…」

首を伸ばして自分の番号を探す。

「待って、みやちゃん何番⁉︎」

「01059!」

 ──01039、01041、42、43、46、48、51。

 ──01052。

 ──01053。

 ──01057。

 ──01059。


 …。

「っ。あった…!あったぁー!」

「わー!ほんとだ!あった、あった‼︎やったねみやちゃん!おめでとうー!」

「きゃー!自信なかったから…嬉しい…!」


 「ただいま真尋さん!」

「おかえりー!都!」

どたどたとたくさんの足音が出迎えてくれる。

「メールで送った通り…私、受かりましたー‼︎」

「おめでと〜!咲苗に続き、都も積哉も受かって…私は鼻が高い!今年の学年は勝率100%だね」

あ、積哉も受かったんだ…。

「積哉は今は?」

「自分の部屋行ったよ。喜びを噛み締めてるんじゃない?カバンとか片付けたら一旦また戻ってくると思うけど…」

「そっか。いやー、私はみやちゃんも積哉も受かってくれてこの上なく幸せだよ…」

なぜか本人でもなく、ずっと育ててくれている真尋さんでもなく、同級生の咲苗が泣き出す。

「うぅ…。ほんとに嬉しくて…」

「…っ、ありがとね咲苗…」

つられて私も泣けてしまう。涙目で微笑む真尋さんは、「あっ」と思い出す。

「それじゃ──都と積哉は晴れて同じ学校かーっ」

「え、積哉も?」

「うん、言ってなかったっけ?2人あんま話してないみたいだけど、まあしょうがないけどね、高校入ったら今度こそつぐみ園の中で同級生2人だけになるんだから仲良くしなさいよー?」

「う、うん…」

ま、とはいえ気まずいままだしな…。

 とりあえず祝福のメッセージだけでも言いに行くか。

 ガチャ。

「積哉ー?積哉受かったんだってね。おめでとう!私も同じ高校だよ。春からよろしくね」

「ああ、都ちゃん?そっか、都ちゃんも受かったんだ。よかったね、おめでと」

あれ?咄嗟に隠したあれは何?

 ──まあいいや。

「あっ…。ごめん、勝手にドア開けちゃった」

私、ノックの音じゃ聞こえなくて気付かないから、無意識に他の人の部屋入るときも、なんとなくノックはしづらいんだよね。

「いいよ。あ、俺学校の用意するから、またね」

「うん。じゃまた」


 その日はこの会話だけで終わった。でも一言も話さない生活から考えたら、幸先いいスタートだよね。

 高校では、もっと話しかけたいな。咲苗も働き始めたら忙しくなるだろうし。

「2人とも、受験合格おめでとう〜!」

今日はパーティー。

「ありがとう皆んな。春から私もJK笑。中学生の子たちとはしばしのお別れになっちゃうけど、私高校でも頑張るからね!朝も早くなっちゃうけど、応援してください!」

パチパチと拍手をしてくれる。

「俺も、皆んなありがとうございます。俺も同じ学校だから、生活リズムは都ちゃんと同じであんまり皆んなと顔を合わせる時間なくなっちゃうかもしれないけど、高校生活とりあえず頑張ります」

また拍手が巻き起こる。


 皆んなで笑い合いながら食べたり飲んだり。幸せな時間が過ぎて──。


 そして、時は高校生へ。

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