第4話

 親に捨てられて。

 それで、児童養護施設へ入る時。


 盲者の俺だけじゃなくて──聾者の女の子、しかも同い年がいると知った。

 …なんだかドキドキした。どうしてかは分からないけど…運命?──みたいな気持ち?

 なんだろう。好意ってわけでもないけど、なんだか興味が湧くっていうか。興味津々で、もっとその子を知って仲良くなりたいみたいな。


 障害者どうし…。

 お互い苦労者どうし…?仲良くなれるといいけど。


 自己紹介か…。緊張するな。目が見えない分、人からの視線とか、周りからどう見られてるかとか、ましてや表情とか。全く考えてこなかった。

 だから、自然とボソボソ喋るようになってった。

 ──だけど、今日から一緒に暮らすあの…聾者の子…みや、ちゃん?みやこちゃん?って子に言われて、それで気がついた。耳が聞こえないってことは、目で口元を見るしかないんだって。


 申し訳ないな、と思った。

 でももう遅くって。第一印象で嫌われたような感じがする。同い年は俺を合わせて3人だけだし、仲良くなってみたかったんだけどな…。


 「積哉ー、都ー、咲苗ー。今日から3人で登校だねぇ。気をつけて!都!ちゃんと右左見てね。車に気をつけて、それからちゃんと人の話も聞く。それは咲苗も同じだよー?積哉!初めての学校だけど心配は無用!転校生だからって緊張しないで。…それよりこの2人の面倒見たげてよ」

「えー⁉︎真尋さんひどくな〜い?w」

「そうそう。咲苗ちゃんはほんとおてんばでねぇ…」

うんうん、としみじみと頷く都ちゃん。

「いやっ、むしろあんたよっ、都の方よ!」

「おてんばはどっち〜?私よりも、みやちゃんの方がドジっ子だよー?」

「いや、待って待って。おてんばは2人ともでしょ…」

この3人は本当に聞いてて面白いなー…。本当の家族みたい。そういえば、この2人はベテラン的な存在だっけ?小さい頃からいるのか。

「はいはい遅刻するから早く行きなー」

「「いってきまーす!」」

「い、いってきます」

 俺は白杖をサッと出し、一歩を踏み出した。


 「えっと、初めまして。越田こしだ積哉です」

「というわけで!今日から4の1のメンバーとなりました!転校生の越田くんです!皆んな仲良くしてね」

拍手が起こる。正直、何も思わない。顔が見えなきゃ、どういう気持ちで拍手してるのかも分からない。

「えーと、一応皆んなには言ってあると思うけど、越田くんは目が見えません!だから、皆んな手伝ってあげてね。いいですかー?」

「「「「「はあい!」」」」」

そうして俺の新しい学校生活が始まった。


 「なぁなぁ、越田積哉だっけ?今日からこっしーな!よろしく!俺は葛西研人かさいけんと。ケンちゃんって呼んでよ」

「う、うん。ケンちゃんね」

…この声がケンちゃんね。

「山本りんだよ!こっしーよろしく‼︎」

…この声は山本さん。

「あたし飯田かな!よろしくね!4の1楽しいから、うちのクラス入れてよかったね!」

…飯田さん…。

「僕は酒井ともき」

…さかいともき…。

「俺は俺は〜」


 …お、覚えられない…。

 憂鬱な気分で帰り道を歩いていた。すると、後ろから声が聞こえてきて、

「あ、あれ積哉じゃん」

「本当だ」

「話しかける?」

都ちゃんと咲苗ちゃんの声だ。

 咄嗟に振り向いたけど、自分は目が見えないことを思い出して、間違えたみたいで恥ずかしくて、前を向いて、取り繕って、早歩きで歩いた。


 …グイッ。

「どうしたの?落ち込んで!」

「!?!」

突然腕を引っ張られた。

 それはあの2人だった。都ちゃんと咲苗ちゃん。

目の見えない俺には、目の前に障害物があるのかどうかも分からない。車が来ているのかも分からない。今手を引っ張っているのが本当は不審者かも分からない。

 しばらく手を引かれた後、力いっぱいに腕を振り払った。

「ねえっ!や、やめてよっ、」

「あっ」

俺の声が聞こえる咲苗ちゃんは、察してくれたのかすぐに手を離してくれた。

「?」

「都ちゃん…やって良いことと悪いことがあるよ…!」

都ちゃんが、どこまで話を理解してくれたのかは分からない。

「やめてっ、俺を怪我させようとしてるの…⁈」

「ごめんね」

咲苗ちゃんが謝ってくれた。相当バツの悪そうな声で。

「ご、ごめん…ね」

都ちゃんは本当に何が悪かったのか、分かっているのだろうか。

「もう俺に関わらないでよ」

つい口が先走ってしまった。

「分かった⁉︎」


 俺は、周りの人を気にせず走った。

 とにかく早く部屋に戻りたくて。

 「ただいま戻りました…」

「おかえり積哉!どうだったー?」

真尋さんの明るく大きな声も無視して、そのまま個室に入った。


 「…」

ベッドに潜って、ひっそりと泣いた。

「うっ…うっ…」


 …なんで、

「なんで、こんなに…」


 「積哉?」

真尋さんが入ってきた。寝たふりをしたけれど、そんなの子どもたちと毎日関わっている真尋さんには通用しなかった。

「積哉…辛いよね」

俺は首をふるふると横に振った。

「強がらなくていいのに。なんか学校であった?」

「…何にもないです」

とにかく俺は、この目が憎いだけ。この目のせいで、俺は何度──。

 ──何度、辛い経験をしたらいいのだろうか。


 「お、おはよう」

「あっ、おは…よ」

やっぱりだ。昨日のことで、きっと都ちゃんたちに嫌われたんだ。せっかくの同級生だったのに勿体無いことをしちゃったかもしれないなと、すこし反省している。

「あ、あのさ都ちゃ」

「咲苗ちゃん!食器返しに行こ」

ガタッと勢いよく立つ都ちゃん。俺の人生終わった…と本気で悟った。無視をされるほどにまで嫌われたのかと。

「あっ、え、あ…えっとうん」

咲苗ちゃんの声だ。俺の方と都ちゃんの方をキョロキョロ目配せさせる様子が目に浮かぶ。

 そうだよね。都ちゃんは声が聞こえないから、俺が急に話しかけても気づかないに決まってる。だから、無視されたんじゃない。だけど…中立的な立場にいる咲苗ちゃんからしたら、どっちにどう反応すればいいのか分かんないんだろう。なんだか申し訳ないな。

「ごめんね積哉くんっ」

すれ違い側にこそっと咲苗ちゃんに言われたけど、俺は別に気にしてない。むしろごめんね。

「ううん…何にもないよ」

都ちゃんとは、このタイミングを逃してから一度も話しかけれずに時が過ぎていった。

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