■たまには友達らしいことも

 決して都会と言えないこの町には、わたしたち高校生が買い物に行くような施設はない。だからわたしたちは駅で待ち合わせをして、二両編成の古びた電車で移動していた。


「電車に乗るの久しぶりです」


 目を離せば子どものように足をバタつかせそうな式。きっと電車自体大して乗ったことないんだろうな。


 わたしたちは並んで座りながら、向かいの窓から見える景色を眺めている。


 土曜日でも式は相変わらず制服姿だった。今日はスカートが短い日だ。座ると膝上の太ももが際立つんだよなぁ……。


「美風さん、今日は短パンじゃないんですね」


 わたしだって村から出るなら気を使う。単に短パンが七分丈のジーパンに変わっただけなのだけれど、式は物珍しそうにわたしの足を見てくる。


「そんなに見られると恥ずかしいんだけど」

「美風さんだって、私の脚見てたくせに」

「いや、見てないよ!?」

「見たいならいくらでも見ていいですよ」


 式が面白そうに笑いながら、自分の太腿を叩く。


「美風さんは胸より脚派ですか?」

「何の話だよ」


 ちなみに式の胸は……大きい。同世代の中でもトップクラスと言っても過言ではない。それに比べてわたしの成長期はいつくるのだろうか。


「式は今日どんな服が欲しいの」


 電車で続ける話でもなかったので、わたしは話題をまともな方へと変える。


「スカートとパンツルックの二種類揃えられると嬉しいのですが……こんなのとか」


 式はスマホで洋服の写真を見せてくる。どれも清楚そうな雰囲気で式のイメージそのまんまだ。系統はどれも似てるから、今日はあまりハシゴしなくても済むかもしれない。


「美風さんはいつも遠出して、服を買ってるんですか」

「いや、こっちに越して来てから買ったことない」

「元は東京出身なんでしたっけ」

「田舎の噂話にはプライバシーというものが欠如してるな」


 わたしは東京に住んでいたことを式に話したことがない。


「いつからこっちに引っ越してきたんですか」

「高校に上がるタイミングで。父さんが田舎に住むの夢だったらしくて」

「そう、ですか……」


 しまった。気まずい空気になってしまった。


「私も実家は東京なんですよ」


 空気を察した式の方が話題をずらす。


「ずばり世田谷でしょ」

「何で分かったんですか」

「イメージそのまんまだから」

「でも七年しか過ごしてませんし、学校はここ以上に辺境の地にありましたからね。実際は田舎者です」


 見た目は都会のお嬢様なんだよ。


「というか二年以上服を買っていないのなら、美風さんも今日服を買ったらいいんじゃないですか!」

「着せ替え人形にするつもりか。わたしはいいよ。着れる服たくさんあるし」

「それは残念です」


 本当に残念がってくれる。式の買い物はなんだか長そうだな。


 電車に揺られること二十分ほど。やっとわたしたちは目的の駅に来た。遠くまで来たからと言っても、東京にはまるで追いつけない田舎さ。それでもわたしが生活している場所に比べたら絶対的な都会感があった。


 改札を出てからすぐ目的のショッピングモールが見える。おそらくショッピングモールにも来たことがない式は目を輝かせ、わたしの服の裾を引っ張りながら早くと催促をしてくる。やっぱりついてきて正解だったと思う。この浮かれ具合、不安だ。


「走らなくても店は逃げないよ」


 今度は手首を掴まれ、ぐいぐいと引かれていく。このお嬢様、思いの外力が強い。


「店は逃げなくても商品は逃げますよ」


 正論だ。しかし、どうせ式にはそこまで服のこだわりはないだろう。あるものの中から選ぶので十分なはずだ。


 わたしたちは暑いアスファルトの上を早足で移動し、蝉の声の届かない冷房下までやってきた。ギリギリ夏休み前だが、土曜日ということもあってなかなかの賑わい。


――知り合いに会いませんように。


 別に式といるところを見られたくないわけじゃない。でも、式にあらぬ噂が立つのもなんか嫌だった。


「どこから見ます?」

「婦人服は二階らしいから、とりあえず上がろうか」


 エスカレーターを探して乗る。式はわたしに先を譲ってくれた。こうゆうところに育ちの良さを感じる。正直、エスカレーター一つで上座だの下座だの面倒くさい。


「そんな広くないし手前からさっさと見ていこう」


 わたしは一番手前にあったショップを指さす。式も納得したようで「はい」と言いながらわたしの手を引いて歩き出した。


「ねぇ」

「なんですか?」

「どうしてさっきからわたしの手を繋ぐの」

「迷子にならないように?」

「ならんわ」


 わたしは乱暴に彼女の手を振り払った。


 式は少しも残念そうにしないで「恥ずかしがり屋さんですね」と言って店に入って行った。なんなんだ。恥ずかしいとかそうゆう話じゃないから。


 仕方なくわたしも式のあとを追って店に入る。シンプルな服が多そうだ。


「どう? 好みのありそう?」


 ブラウスを物色していた式に話しかける。


「別に好みはないんですよね。似合えばいいかなと」


 電車で見せてくれた写真は好みで選んだものじゃないのか。洋服なんて似合ってなんぼだもんね。式ならどんな服を着ても似合いそうだ。それこそわたしのスウェットを着ても高級感を出せるんじゃなかろうか。


 わたしも店の中をぐるりと見回してみる。そこで目についたワンピースを手に取った。式の写真の中にも似たようなのもあったし、何よりも彼女に似合いそうだ。


「式、これなんてどう?」

「買います!」


 声より遅れて式が現れる。まだ手元には何も持っていなかった。


「買ってきますね!」

「いやいやいや! まず手に取って見て!? あとちゃんと試着もしてね」

「美風さんが選んでくれたものなら買いますよ?」

「サイズ合わないかもしれないでしょうが」

「それは一理ありますね」


 式はわたしから白いワンピースを優しく受け取ると試着室に向かって行った。どうせならワンピースに合うサンダルも用意しよう。式の足のサイズは分からないけど、身長からしてLかLLだろう。


「式、サンダル置いとくからね。ワンピースのサイズはどう?」


 カーテンの向こう側の式に呼びかける。


「大丈夫そうです。美風さんって私のスリーサイズいつ知ったんですか」

「知らんわ!」


 なんなんだもう。調子狂う。


 しばらくしてからカーテンが開き、堂々とワンピースを着こなした式が出てきた。びっくりするほど似合ってると言うか、式がワンピースを完璧に着こなしている。


 顔が良くて、身長高くて、スタイル良くて、見た目は完璧なんだよな。


「似合いますか?」


 サンダルのヒール分いつもより身長差が開く。わたしは式の顔を見上げてから、


「いいんじゃないかな」


と呟く。わたしが選んできたもので自画自賛するようで照れくささもあるが、それ以上に制服姿以外の彼女を見るのが気恥ずかしかった。


「ではやはりこれ買います」

「いいんじゃない」

「なんだかさっきから相槌が適当じゃないですか?」


 式が不満そうに上からわたしを覗き見てくる。わたしは目を逸らすように下を向き、ちょうど視界に入ったサンダルのサイズを尋ねる。


「サンダルはワンサイズ小さくてもいけそうです」

「じゃあ交換してくるから脱いで」


 わたしはサンダルを受け取るために、その場にしゃがみ込む。


「ちょっと何をしてるんですか!」

「サンダル回収したいだけだけど?」

「あまり足元じろじろ見ないでください!」


 恥ずかしがるポイントが分からん……。


 ひとまずサンダルは交換してきて、式も無事に会計を終える。


 その後もわりとスムーズに買い物は進んでいき、小一時間程度で済んでしまった。わたしが昔友達の買い物に付き合った時なんて半日かかったから、すごく早い方だと思う。と言っても、式の場合は私が「いい」と言ったものをなにも考えずに買ってるだけだからちょっと場合が違う。まずわたしのファッションセンスを過信しないでいただきたい。


「美風さん、ちょっと休憩していきませんか?」


 吹き抜けから見えるアイスクリーム屋さんを指して式が言う。


「いいよ」


 滅多に来るところじゃないし、高級アイスをたまに食べるのもいいだろう。食べるのはいつぶりかな。高校入ってから何度かは食べたと思う。誰と行ったとかフレーバーを何にしたとかはまったく覚えていない。


「すごく種類ありますね!」


 エスカレーターを降りるなり、ウキウキでメニューを覗き込む式。当然アイスクリーム屋さんに来るのも初めてのはずだ。


「シングル、ダブル、トリプルって選べるよ。サイズも小さめと大きめあるし」

「大きいの三つも食べたらお腹壊しません?」

「わたしは小さいの二つにしとく」

「私もそうします。全然詳しくないんですが、どれが人気なんです?」

「わたしもしばらく食べてないからなぁ」


 確かこれとこれ……は昔からずっとある味だし、人気なんじゃないだろうか。これなんかテレビのランキングで一位を取ってた気がする。


 わたしたちは大して悩むことなくそれぞれのフレーバーを決めた。悩むほど二人とも味に執着はなかった。


「冷たくて美味しいですね」

「甘い飲み物は好きじゃないのに、食べ物は甘くても平気なんだ?」

「飲み物は口の中をすっきりさせるものがいいですね」

「コーヒーとか紅茶も無糖なの?」

「コーヒーは好んで飲まないですけど、紅茶は何も入れないですね」


 そもそもわたしはコーヒーも紅茶も飲まない。紅茶なんてオシャレだなぁって思う。うちにはコーヒーしかないけど、そろそろ処分してもいいかもしれない。


「美風さん、一口ずつ交換しません?」

「ん、いいよ」


 わたしはいちごとチョコ味のアイスが入ったカップを目の前に座る式に差し出す。すると式は少し不満気な表情を浮かべてから「ありがとうございます」と言って、気持ち大きめの一口でわたしのアイスを食べた。


「式のもちょうだい」

「…………」


 式の動きが止まる。何かを考えてから、何を考えているんだか、式は自分のスプーンでキャラメル味のアイスをすくってわたしに差し出してきた。


「……ありがと」


 戸惑ったけど、好意は受け入れることにした。キャラメルとバニラの組み合わせが美味しい。そしてとても甘い。キャラメルってこんなに甘かったっけ。


「抹茶の方も食べますよね?」


 またしてもスプーンが顔の前に差し出される。わたしは何も言わないでプラスチックと抹茶アイスを口に含む。やっぱり甘く感じる。


「……わたしの一口の方が小さくない?」

「気のせいですよ」


 式は自分のスプーンを引っ込めると、取られまいとアイスを食す。そんなちょっとわたしが損したくらいで横取りなんてしないのに。


 わたしは式が食べかけたアイスの続きを食べる。わたしの好きな味はこれであってたっけ。違う気もする。


「式はどの味が一番好きだった?」


 溶ける前にアイスを食べ終え、一息ついたところで式の好みを探ってみることにした。


「えぇと、強いて言うなら抹茶ですかね」

「渋いね」

「そうゆう美風さんは何が好きだったんですか?」

「……キャラメルかな」


 一番甘く感じたから。


「カップに残ってるの食べます?」

「食べないわ」


 もはや舐めないと食べれないレベルで綺麗に食されている。


「式って綺麗に食べるよね」


 残さないのはもちろん、食べ方も綺麗だと思う。


「食事のマナーは叩き込まれましたから」


 しかし、今はカップ麺ばかり食べていてマナーなんて役に立ちもしない。


「寮がある学校って言ってたけど全寮制?」

「はい。全寮制の女子校ですよ」

「女子校ってどんな感じ?」


 わたしは今まで共学にしか通ったことがない。それでも女子のエグさは知っているから、女子しかいない世界には興味がある。異性がいない分、結束力が増したりするんだろうか。


「女子校だからというより規則の厳しい学校だったので、普通の学校より楽しくなかったと思いますよ。私は友達を作らなかったのであまり様子は分かりませんけど、カーストはあったかと」

「そこは女子校も同じか〜。……てか、本当に友達いなかったの? さすがに低学年の頃とかいたんじゃないの」


 式は珍しく行儀悪く頬杖をつく。


「もちろん話すくらいはしてましたけど……幼かったからこそ性格あわないなと思って関わらなくなりました」

「キミと性格のあう人間はきっと変人だろうね」

「ですね」


 こっちを見て笑うな。わたしたちは性格が合っているのではない。


「この後どうします?」


 式が腕時計で時間を確認する。スマートウォッチではなくアナログの時計だ。今時珍しいなと思う。


 彼女の買い物が思いの外早く終わった。帰ったところで暇をする我々。なにより電車賃と時間を使ってわざわざここまで来たのだ。まだ帰るには早いというわけ。


「本屋寄っていい?」


 地元の本屋だと漫画の最新刊入ってくるの遅いんだよね。売ってないのもたくさんあるしこの機会に揃えてしまいたい。


「いいですよ。何を買うんですか? 参考書ですか?」

「そんな真面目に見える?」

「見えません」


 性格悪いな、コイツ。


 わたしたちは荷物を持って同じ階にある本屋に向かう。道中、式は物珍しそうにショップに視線を巡らせている。


「見たいのあったら寄っていいよ」

「本当ですか!」


 小学生みたいに喜ぶな。部屋はガランとしていたし物欲もなさそうに見えるけど、興味が勝るのだろうか。


 式の寄り道に付き合いつつ、わたしの買い物も済ませてしまう。欲しかった漫画がたくさん並んでいて、つい買いすぎてしまった。紙袋破けないといいけど……。


  ◆  ◆  ◆


 わたしたちはその後少し遅めの昼食を取り、式の要望でショッピングモール内にあるファミリー向けのゲーセンにやって来た。言うまでもないが式がゲーセンに入るのは初めてだ。ゲームすらやったことがないと言うのだから、わたしからすると信じられない。


「何かやってみたいのある?」


 対象年齢の低いゲーセンだ。初心者の式でも遊べるだろう。式はしばらくわたしの手を引きながらゲーセン内を散策する。一通り回ったところで式がやりたいと言ってきたのは、襲いくるゾンビを銃で撃退するゲームだった。


「キミ、ゾンビとか平気なの?」

「画面の向こうのものをどう怖がれと?」

「そう」


 正直、わたしもゾンビは平気だ。式がこういった殺伐としたゲームを選んだのがちょっと意外だった。


「じゃあやってみようか」


 お金を入れて、おもちゃの銃を手に持つ。本物はもっと重いのかな。ふと、父さんは本物の銃を使ったことがあるのかなと思い浮かんだ。


「美風さん、始まってますよ」

「うん、ごめん」


 迫りくるゾンビの額に照準を合わせる。わたしが射撃系のゲームが得意なのはきっと父さんの血のおかげなんだ。


 と思ってプレイしていたんだけど、隣の式のスコアがすごい。ていうか目がマジだ。お嬢様学校では銃の扱いまで教えるのか……?


「なかなか面白いですね」


 最終的に彼女が叩き出したスコアは上位に食い込むものだった。


「美風さん、次はあちらをやってみましょう」


 わたしたちは式の気が済むまでゲーセンを堪能し、ショッピングモールを後にした。


 帰りの電車では珍しく式が欠伸をしている。わたしと違って控えめな欠伸だったけど。


「眠たいなら寝てていいよ」

「でも美風さんとお喋りしたいです」

「また明日話せばいいじゃん」

「ではお言葉に甘えて」


 こてんと式の頭がわたしの肩に乗ってくる。寝てはいいと言ったけど、寄りかかってもいいとは言ってないぞ。でもすぐに寝息が聞こえてきて、どいてと言えなくなる。


 さらりとした黒髪がわたしの首をくすぐる。二十分もこのまま耐えられるだろうか。


 いたずら心がなんとなく刺激されて、わたしは式を起こさないようにズボンのポケットからスマホを取り出し、そのまま彼女の寝顔を一枚おさめた。普段は年齢よりも上に見える風貌をしているが、寝顔には幼さが残る。式もわたしと同じ大人と子供の間にある。


 法律上成人してもわたしたちは子供扱いされる学生だ。だから嫌でも親の決めた家にこうして帰る。このまま遠くに行けたらいいのに。

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