■バス停でピクニック
私は普段起きるよりも早くに目覚ましをかけ、昨日帰りに買い込んだ食材でお弁当を作る。と言っても私はあまり料理が得意じゃないから、言われた通りサンドイッチは行く時に買うし、お弁当の中身は冷凍食品だ。
ちょっと早いけどパジャマから制服に着替える。学校に行くわけでもないのに制服なんておかしいと自分でもおかしいと思う。
「学校行くわけでもないなら……」
スカートを折っても大丈夫なはず。膝上まで上げちゃおう。暑いし。
日焼け止めもしっかり塗って、メイクは薄っすらと。
「美風さんはスッピンでも綺麗でしたよね」
少し日焼けをした肌だったけど、吹き出物とかもない綺麗な肌で、顔の形も幼さを残しつつも整った感じ。
真面目に学校に通っていればさぞかしモテることでしょう。
「そうだ、水筒」
この炎天下に飲み物を忘れたら大変。昨日はアイスがあったから助かったものの、今日も美風さんに頼るわけにはいきません。
コップがついているタイプの水筒に作り置きしておいた麦茶を注ぐ。
「昨日より荷物多くなりましたが……まぁ大丈夫でしょう」
昨日買ったクーラーボックスにお弁当を入れたら、思ったより大荷物になった。
「さて」
もうすぐスーパーの開店時間。私は荷物を抱えて外に出る。
すでに蝉の鳴き声が聞こえる。それだけで気が滅入りそうになる。
私はきちんと玄関の鍵を閉め、スーパーへ向かう。
美風さんは生クリーム使ったものが好きと言ってましたけど、あのスーパーに置いてあるでしょうか。なかったら何がいいのでしょう。タマゴ? ハム? ツナマヨ?
◆ ◆ ◆
結局、田舎のスーパーにオシャレなサンドイッチは売っていなかったので、適当に右側から選んで買ってみた。
日陰がない道を永遠と歩く。わざわざこの時間に村へ行く変わり者は私くらいで、先程から誰ともすれ違わない。
「それにしても暑いですね……」
日傘をさしていても突き刺ささってくる太陽光。この調子では八月はどうなってしまうのか。
「あれ……?」
町と村の境目あたりに来たところで人影が見えた。
「美風さん!」
自転車に跨りだるそうにしている知人を確認し、私は彼女に駆け寄る。
「どうしたんですか。こんなところで」
「町から歩くのは大変かなって思って……。キミ、荷物多いね」
「ちょっと張り切っちゃいました」
「クーラーボックスはカゴに入れるから貸して」
「ありがとうございます」
お言葉に甘えてクーラーボックスを手渡す。ちょっと斜めになったけど、なんとかカゴに収まった。
「後ろ座って」
「え、でも……」
「学校サボってるくせに二人乗りは怖いの?」
美風は意地悪そうに笑う。
「別に今更怖くないですよ」
私は意地になりながら荷台に体を預ける。お尻が熱い……。
「うぉ、重……」
「乙女になんてこと言うんですか!」
「いや、人を乗せたことないから、思ってたより重いなと」
「だから重いって言わないでください!」
美風さんは最初こそふらふらしながらペダルを漕いでいたが、あっという間にコツを掴んで今はスムーズに進んでいる。
私は揺れに翻弄されながらもなんとか深風に抱きついて耐えている。こんな暑さの中くっつくのは暑くてたまらないけど、落ちるよりはいい。
「美風さん、何時からあそこで待ってたんですか」
「さっき来たところだよ」
「タイミングがいいですね」
「君のことだからスーパーの開店時間に行くんじゃないかなと思って」
「昨日会ったばかりなのに……。もし私がなかなか来なかったらどうしたんですか」
「その時は木陰探して昼寝かな」
「いくら田舎だからって女子高校生が外でお昼寝はよくないですよ」
美風さんのこういうところが不安になります。
「観光客が来ないどころか村人も大して歩いてない寒村だよ。大丈夫大丈夫。それにわたし、物音ですぐ起きれるから」
そうゆう問題じゃない。
「式だって学校で居眠りくらいするでしょ」
「そりゃしますけど、それとこれは話が違いますよ」
美風さんと話をしているうちにバス停が見えてきた。やはり自転車は速い。私も自転車買おうかな……でも美風さんの後ろに乗せてもらった方が楽しそう。
「着いたよ」
自転車がバス停の前で止まり、美風さんが私の手を突く。私は慌てて彼女に巻きついていた腕を引っ込め、荷台から降りる。
「やーお腹空いた」
「朝ご飯食べてないんですか?」
「食べてないよ」
それはピクニックを楽しみにしててくれたということですか?
美風さんはクーラーボックスをバス停の中に移すと、早速「開けていい?」と聞いてくる。手はもう蓋にかかっている。私は微笑ましい気持ちになりながら「どうぞ」と答えた。
「サンドイッチ以外も何か入ってるけど」
クーラーボックスがひんやりしていて気持ちいいのか、美風さんは覗き込むようにお弁当を見ている。
「サンドイッチだけだと味気ないと思いまして、おかずを詰めてきました」
「まさか君が作ったの……?」
どうして少し顔を曇らせるのかしら。
「冷凍食品なのでご心配なく」
私だって卵は焼けなくてもウインナーくらい炒められますからね!
美風さんは安心したようにお弁当を手に取って開ける。
「美味しそう」
「どうぞ召し上がれ」
私もクーラーボックスを挟んで美風さんの横に座る。美風さんは早速割り箸で唐揚げを摘んでいる。
「冷凍食品の唐揚げって冷めてても美味しいよね」
育ち盛りなのか美風さんはちょくちょく感想を挟みながら、次々とおかずやサンドイッチを食べていく。私はタマゴサンドをかじりながら、美風さんを横目で見ている。
肩より少し長い髪は、明るい色をしている。地毛なのだろうか。瞳の色も明るいから地毛かもしれない。
服装は昨日会った時と同じくTシャツに短パン。女の子らしさはあまりないけれど、幸せそうに頬張る姿は可愛い。
「式、キミ全然食べてなくない?」
「美風さんが美味しそうに食べているので、こっちまでお腹いっぱいになっただけです。気にせずたくさん食べてくださいね」
私はあまり食の太い方じゃない。特に今はご飯を用意するのが面倒くさくて食事を抜いてしまうことも多々ある。だから私も朝ご飯を食べていないけれど、そこまでお腹は空いていなかった。
「ダメだよ、ちゃんと食事は取らないと! ほら、口開けて」
美風さんが唐揚げを箸で掴み、こちらに突き出してくる。
「ちゃんと食べないと夏バテするよ? ほら」
グイッと箸が伸びてくる。私は少し距離感に戸惑いつつ、出された唐揚げを口にした。あーんですよね、これ。
「美風さんって友達いるんですか」
「なんだよ。藪から棒に」
美風さんはムスッとした顔をして、そしてしばらく考え込んだ挙げ句溜息をついた。
「今はいない」
「ですよね」
「なんだよ、ムカつくな」
友達がいればわざわざこんなところいないだろうし、距離の取り方がどことなく下手くそに感じる。
「安心してください。私も友達いませんから」
「友達いないことで安心しろって言われてもねぇ」
美風さんは最後のサンドイッチを喉の奥に流し込むと「美味しかった〜」と伸びをする。
「そうだ、お金」
「お金?」
「これ、全部わざわざ買ったんでしょ。半分払うよ」
そんなこと気にしてくれてたんだ。私は全然気にしていなかった。
「いいですよ、別に。お金に困ってないですし、私が好きでしたことですから」
「いやいや、せめて食費くらい払わせて。わたしの方が食べたし」
「それはそうですけど……それなら私のお願いを聞いてくれませんか」
「何?」
美風さんは身構えるようにして私と距離を取ろうとする。
「また、会いに来ていいですか」
「そんなこと……ぁ、でも明日からしばらくはいないよ」
「まさか学校行く気にでもなったんですか!?」
「……君もご存知だろうけど、高校はテスト期間に入るんだよ」
「あー……そういえばそうでした。不良でもテストは受けに来るんですね」
「出席日数分は学校に行ってるよ」
「ちなみに成績は?」
「上の上」
嘘ではなさそう。美風さんはさらりと答えると、「式も頭はいいんでしょ」と呟く。「あの学校、いい成績取ってればわりと見逃してくれるしね」と続けて、また溜息をついた。
「勉強できるなら学校行かなくていいと思わない?」
「思いますね。だから私もサボってます」
前の学校に比べて、今の学校はレベルが低い。授業を受けていても眠くなるだけだ。
クラスメイトとも話が合わない。ヒエラルキー制度がわりとしっかり出来ていて面倒くさい。
「あー学校面倒くさいな」
美風さんは膝を抱えて頰を膨らませる。私は吸い込まれるように頰を突く。
「やーめーて」
「柔らかいほっぺですね」
ツンツン。突っついても「やめて」と言うだけで強い抵抗はしてこない。
「美風さんは学校まで自転車ですか」
「そりゃ見ての通りバスは廃線ですからね」
美風さんはところどころ朽ちてささくれだった木製の壁を手の甲で叩く。
「おかげで早起きだよ」
「テストは嫌じゃないんですか」
話題が通学のことばかりじゃ嫌そうなので、私はテストについて追求してみる。
「テスト? 授業受けるより全然マシじゃん」
「さすが成績上位者ですね。苦手な科目とかないんです?」
「うーん。音楽とか?」
「さてはオンチですか」
「うっさいなぁ」
美風さんは不貞腐れたように膝を抱えた。
私は水筒からコップに麦茶を注ぎ、美風さんに渡す。彼女はわざとらしく音を立てて麦茶を飲む。
「ちなみに私は美術があまり得意じゃないんですよ」
「お互い受験には関係ない科目でよかったね」
「まぁ今となってはどうでもいいですけど……義務教育時代って晒されて嫌じゃありませんでした?」
「歌のテストは地獄だった……」
飲み干されたコップが返ってくる。私もそのコップで麦茶を飲んだ。保冷されているからまだ冷たい。
「今考えれば歌のテストなんてサボればよかった」
「昔は不良じゃなかったと」
「中学まで皆勤賞だから」
ない力こぶを見せられる。
そんな真面目だった彼女が不登校気味になった理由。それは風の噂でなんとなく知っていた。
「式なんていいとこのお嬢様みたいな見た目なのに不良なんてよろしくないね」
「見た目なんて関係ないですよ」
それにしても私ってお嬢様に見えます? スカート丈上げたのになぁ。
「美風さんは制服着たら印象変わりそうですね」
今の彼女の格好は、小学生男児とあまり変わらない。制服を着れば少しは幼さが緩和されるかもしれない。
「制服着るのもだるいな〜。スカートとかはくの嫌なんだよね」
「美風さんならスカートも似合いそうですけど」
「やだよ、スースーするもの」
「夏場はスカートの方が涼しくていいじゃないですか」
私は自分のスカートの裾をつまみ上げて見せる。
「馬鹿! 見えるよ!?」
慌てて手が伸びてきてスカートが押さえつけられる。
「大丈夫ですよ。人もいないですし」
「いるよ! ここに!」
スカートの中身をわざわざ見せることはしないが、万が一美風さんに見られたからと言ってそこまで慌てることじゃない。
「それに君、昨日よりスカート短くない?」
太ももが軽く叩かれる。
「今日はピクニックですから」
「浮かれてたと?」
「そうなりますね」
人生で初のピクニック、浮かれないわけがなかった。草原でレジャーシートを敷いてなんていうイメージとはとてもかけ離れていたけど、外で誰かと一緒にお弁当を食べるというだけで私にとっては立派なピクニックだった。
「浮かれた結果、どうだった?」
いつの間にか太ももから手が離れている。
「とても楽しかったです。またご一緒してくれます?」
「まぁ……割り勘なら」
学校をサボる不真面目な生徒であっても根は真面目の塊らしい。
そんな彼女とだから、きっとこの時間も楽しいに違いない。
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