半袖

はな

第1話

また、夏が来る。


私は、夏が嫌いだ。

汗でべたつく肌も、暑さで鈍くなる思考も、

何より、「夏だから」と浮かれた空気を当たり前のようにまとう、世間が嫌いだ。


生まれ月が性格に影響するなんて信じていない。

けれど、毎年この暑さに包まれるたび、

自分が冬の空気の中に生まれたことを、妙に思い出す。


私は半袖を着ない。

日焼けした自分、なんて想像もしたくない。

バス停までの2分、バス待ちの5分の間ですら、太陽に殺意を覚える。


小学生の頃、まだ子供が日焼け止めを塗るのが一般的では無かった時代、

夏休みにどれだけ日焼けしたか、どれだけ外で“子供らしく”遊んだかを表彰する


『真っ黒わんぱく賞』


なるものがあり、

水泳が好きな私は毎日のように学校のプールに行っていたことで、意に反して毎年受賞していた。


実際の私は、初対面の大人を冷静に観察し、分析するような、“子供らしさ”からは離れたところにいるタイプで、日焼けした肌を除いて一切“わんぱく”な要素は持ち合わせていなかった。


それでも、暑さには勝てない。

中学生までは、夏が来れば半袖を着て出掛けていた。

半袖から出た腕が日差しにジリジリと焼かれて暑かった。


今、私は一年中長袖で過ごす。

シースルー素材の長袖カットソーは私の味方だ。


あの癖が始まった頃、ほとんど関わりの無かった他部署の男性に唐突に言われた。


「手首見せて。」


内心、ため息をつきながら、

でも、心底意図がわからないというフリをしながら、右腕を差し出す。


「違う、左腕見せて。」


一体何がしたいのか。

恐らく彼が見たいのものは、確かに私の腕にある。

否、あった。

今はもうない。


私の左腕を確認すると、


「ふーん」


と気の抜けた一言を残して去っていく。

こんな30代にはなりたくないな、と思った。


当時、すでに癖は始まっていたけれど、まだ跡にならない程度を心掛ける位の理性は保っていた。


今、私の腕には今日まで生き抜いてきた証がくっきりと、文字通り、“刻まれて”いる。

これを良いものだとも、誇りだとも思っていない。


でもこれは、私が私として必死に生にしがみついた記憶だ。


私は今日も長袖を着る。

私の心と決意を、過去の私を守るために。


長袖を着た私は、今日も笑顔で声をかける。


「今日みたいな日は、半袖欲しくなりますよね。」


「こちら、二の腕が隠れる袖感で…。」


だから、今日も、私は半袖を着ない。

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半袖 はな @hana0703_hachimitsu

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