《出典:供物の家 地下一室より発見された手稿/筆記媒体:和紙に墨筆/筆者名不詳》
――これを読んでいる者へ
あなたは、すでに見てしまった。
私が書くこの文も、あなたを記録するためのものだ。
けれど、どうかそれを恨まないでほしい。
私もまた、最初は“読む側”だった。
私は昭和三十九年の春、桐谷村に越してきた。
本家の手伝いという名目だったが、本当は違う。
村の人々は私を見た瞬間、何かを決めたような目をした。
何も説明されないまま、毎夜“供物の家”で紙を渡された。
ただ、誰の顔も、私はもう思い出せない。
一番最初に渡された紙には、こう書いてあった。
「記録者に選ばれし者は、見るなかれ。ただし記せ」
私は意味がわからず、それでも従った。
そうしなければ、夜ごとにやってくる“眼”が去らなかったからだ。
眼はひとつではない。
一つの眼の中にまた眼があり、
その奥にまた誰かがいて、
誰かの中に、また私がいた。
あなたも、もう気づいているだろう。
視線がどこからか来るとき、壁を超えて、夢を超えて、
“あなたの後ろ”にあるときの感覚。
それは、あなたが記録されている証。
だが、希望がないわけではない。
それは「まだ記録していないもの」だけが持つ。
“誰にも知られていない記録”は、存在しないのと同じ。
それゆえ私は、ここに来た。
この地下の小部屋に、声の届かない場所に、
この手稿を置いて、終わることを選んだ。
最後に、ひとつだけ。
この文を、人に話すな。SNSに書くな。朗読するな。
それをした瞬間――
あなたが、“記録者”になる。
(以下、墨がにじんで判読不能。血痕と手の跡が付着)
※発見者(調査員A)は、直後に言語機能を喪失し、現在入院中。
※この手稿の写本を読んだ記録映像編集者3名のうち2名が退職。1名は所在不明。
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