第30話 ボス戦と、世界で一番くだらない弱点
鬼の面をつけた、筋肉の塊のようなボスが、僕たちの前に立ちはだかる。その威圧感は、そこらの怪獣よりも遥かに上だ。ブラッドがコズミック・マグナムを構え、ブリジッドが二丁拳銃をボスに向ける。一触即発。ゴクリと、僕の喉が鳴った。
「フン、図体がデカいだけだ!」
ブラッドが先陣を切って光弾を放つ。しかし、ボスは巨大な鉄の棍棒で、それをいとも簡単に弾き返した。
「無駄だ! 俺の『金剛棍』に、そんな豆鉄砲は効かん!」
ブリジッドが、死角から高速で接近し、回し蹴りを放つ。だが、それもボスの鋼のような肉体にはじかれ、ブリジッドの方が後方へ弾き飛ばされた。
強い。こいつ、今までの敵とはレベルが違う。
「クリエイター! 何か書け! こいつの弱点とか、伝説の武器とか!」
ブラッドが叫ぶ。分かっている。だが、何を書けばいい? 「ボスが急にお腹を壊す」? いや、それでは物語の盛り上がりに欠ける。
僕は、戦闘の様子を必死に観察した。ボスの動きは、パワフルだが、どこか大振りだ。そして、何より、あの鬼の面が気になる。なぜ、顔を隠している? まさか…。
僕の脳裏に、一つの、あまりにも馬鹿げた仮説が閃いた。いや、確信に近い。なぜなら、この物語の創造主(クリエイター)は、他でもない、この僕なのだから。僕なら、きっと、そういう「設定」にする。
僕は、ニヤリと笑うと、万年筆を構えた。
「ブラッド、ブリジッド! あのボスの、顔を狙え!」
僕の唐突な指示に、二人は戸惑いながらも頷く。ブラッドが牽制の射撃でボスの体勢を崩し、その隙に、ブリジッドがボスの懐に飛び込み、その鬼の面に手をかけた。
「なっ、やめろ!」
ボスが、初めて狼狽したような声を上げる。そして、その仮面が、ついに剥がされた。
仮面の下から現れたのは、意外なほど優しげな、つぶらな瞳を持つ、ごく普通の、どこにでもいそうな中年男性の顔だった。
そして、その顔は、みるみるうちに、リンゴのように真っ赤に染まっていく。
「ああ……あ……」
ボスは、僕たちと目を合わせようとせず、両手で顔を覆って、その場にうずくまってしまった。
「だ、ダメだ……。人前に出ると、緊張して、喋れない……。だから、仮面を……」
そう。彼の弱点。それは、極度の「あがり症」。
僕が、中学時代に考えそうな、世界で一番、くだらなくて、そして、優しい弱点だった。
ブラ-ッドとブリジッドは、完全に毒気を抜かれ、武器を下ろしている。
僕は、うずくまるボスに、ゆっくりと近づいた。そして、万年筆で、こう書いた。
『ここに、どんな緊張も和らげる、最高級のハーブティーと、温かい毛布がある』
出現したハーブティーと毛布を、僕はそっと彼の前に置いた。
ボス…いや、おじさんは、おずおずと顔を上げ、僕と、そのハーブティーを交互に見た。その瞳には、もう敵意はなかった。
その時だった。
僕たちの背後で、大きな鉄の扉が、ゆっくりと開いた。
中には、縄で縛られるでもなく、ただ部屋の隅で、退屈そうに雑誌を読んでいるヴィオレッタの姿があった。彼女は、僕たちに気づくと、ぱあっと顔を輝かせた。
「夏彦! 皆さん! 遅かったですわね! もう、待ちくたびれてしまいましたわ!」
どうやら、彼女は、攫われていたというよりは、丁重に「お客様」として、ここに案内されていただけのようだった。
僕は、盛大に、そして、心の底から、安堵のため息をついた。
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