第29話 潜入、廃工場(ただしハイテク)

月明かりに照らされた廃工場は、まるで巨大な獣の骸のように、静まり返っていた。錆びついた鉄骨、割れた窓ガラス。どう見ても、ただの打ち捨てられた建物だ。だが、僕の書いた地図は、ここが敵のハイテク秘密基地だと示している。


「思ったより厄介ね。赤外線センサーに、各所に仕掛けられた監視カメラ…。古風な見た目と違って、中身は一流よ」

先行して周囲を偵察していたブリジッドが、息を潜めて報告する。

「フン、上等じゃねえか。んなモン、俺のハッキングでただの箱にしてやる」

ブラッドがノートPCを開こうとした時、僕はそれを手で制した。


「いや、もっと確実で、静かな方法がある」

僕は、二人がいぶかしむ視線を送る中、工場のコンクリートの壁に歩み寄った。そして、万年筆で、力強く文字を刻む。

『ここに、建設時から存在するが、設計図にも載っておらず、誰にも気づかれていない、メンテナンス用の都合のいい隠し通路がある』


すると、僕が書いた部分の壁が、重々しい音を立てて静かに横へスライドした。その向こうには、下へと続く、薄暗い階段が口を開けている。

「……クリエイター。お前のその能力、なんでもアリすぎないか?」

「あなたの頭の中、どうなっているのか、一度見てみたいわね…」

ブラッドとブリジッドの呆れたような呟きを背中に受けながら、僕は「行こう」と、先頭でその闇の中へと足を踏み入れた。


通路の内部は、外観とはまるで違っていた。壁は滑らかな金属で覆われ、床には青白い誘導灯が続いている。まるでSF映画のセットだ。忍者屋敷と宇宙船を足して2で割ったような、奇妙な空間だった。


角を曲がった瞬間、黒装束の忍者たちが数人、僕たちに気づいてクナイを構えた。

「来たか!」

ブラッドが前に出る。だが、今度の僕は、ただ隠れているだけじゃない。


「ブラッド、右だ!」

僕は叫びながら、万年筆を走らせた。

『右側の忍者の足元の床が、最高級のバナナの皮のように、つるつるになる』

僕が書いた瞬間、忍者は見事に足を滑らせ、派手な音を立ててひっくり返った。


「援護するわ!」

ブリジッドが宙を舞う。僕は、彼女の動きに合わせて書いた。

『ブリジッドが着地する場所に、都合のいいトランポリンが出現する』

彼女は、出現したトランポリンでさらに高く跳躍し、天井の梁から敵を奇襲する。


「クリエイター、やるじゃねえか!」

「なかなか面白い援護ね!」

二人の賞賛に、僕は少しだけ、頬が緩むのを感じた。刀をきゅうりのように柔らかくし、手裏剣をコンニャクに変え、敵の覆面をなぜかパーティー用の面白いメガネに変えて戦意を喪失させる。僕の、戦いと呼ぶにはあまりに平和的な「創造」は、意外なほど効果を発揮した。


僕たち三人の、奇妙で、しかし完璧な連携によって、警備の忍者たちは次々と無力化されていく。

やがて僕たちは、通路の最奥にある、ひときわ大きな鉄の扉の前にたどり着いた。この奥から、微かに、ヴィオレッタの声が聞こえる気がする。


その時、重い扉が、ゆっくりと内側から開いた。

中から現れたのは、二メートルはあろうかという、筋骨隆々の、鬼の面をつけた大男だった。忍者軍団のボスに違いない。


「よく来たな、創造主(クリエイター)とその人形ども」


ボスは、地響きのような声で言った。


「この先へ進みたければ、まず、この俺を倒していくがいい!」


いよいよ、クライマックスだ。僕はゴクリと唾を飲むと、ブラッドとブリジッドと共に、最強の番人を睨みつけた。

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