第31話 敵の正体は、過保護なファンでした
僕の目の前には、縄で縛られるでもなく、涙を流すでもなく、ただ「遅いですよぅ」と頬を膨らませる、元気なヴィオレッタ。そして、その隣には、僕が創造したハーブティーを両手で大事そうに持ち、ちびちびと飲んでいる、あがり症の元ボス(おじさん)。
……なんだ、この状況は。僕の燃え盛っていた怒りの炎は、行き場を失って、実に気まずい煙を上げていた。
「ええと、つまり…どういうことです?」
僕が代表して尋ねると、おじさんは、はにかみながら、事の経緯を語り始めた。
彼の名前は、タナカさん(仮名)というらしい。そして、彼もまたエリスと同じ、シリウス星系から来た宇宙人だった。ただし、エリスの所属する、物語の視聴率(評価)のためなら過激なテコ入れも辞さない「物語促進局」とはライバル部署にあたる、「登場人物保護観察課」の課長なのだという。
「我々は、物語の登場人物の人権…いや、キャラクター権を尊重し、その安全と尊厳を守ることを第一としています」
タナカさんは、熱っぽく語る。
「エリスさんの計画を知ったのです。彼女が『愛の試練』と称して、何の罪もないヒロインであるヴィオレッタさんを、危険な怪獣に攫わせようとしていると! あまつさえ、その次は忍者軍団との抗争に巻き込もうとしていると! なんて非道な! 許せなかったのです!」
つまり、彼らは、エリスの過激なプロデュースからヴィオレッタを守るために、先回りして彼女を「保護」した、というわけだ。僕の怒りは、僕の戦いは、僕の書いた「都合のいい壁」や「きゅうりの刀」は、すべて、壮大な勘違いが生んだ茶番だったのだ。恥ずかしい。穴があったら入りたい。UFOの床を抜いて落ちた、あの穴に。
「フン、話がこじれすぎだろ、この物語は」
ブラッドが、呆れたように腕を組む。
「つまり、私たちは、あなたのか弱い(?)ヒロインを守るための、親切な誘拐騒ぎに付き合わされたってわけね」
ブリジッドは、盛大にため息をついた。
当のヴィオレッタは、「まあ! わたくしのために、そこまで…! ありがとうございます、タナカおじさま!」と、キラキラした瞳でタナカさんに感謝している。タナカさんは「いえいえ、当然のことをしたまでです…」と、さらに顔を赤らめていた。
こうして、僕たちの二度目のヒロイン救出劇は、敵だと思っていた相手との和解という、予想外の形で幕を閉じた。タナカさんは、「これからは、私も陰ながら協力しよう。エリスさんの暴走は、同じシリウス星人として止めねばならん」と、力強く約束してくれた。
アジト(廃工場)からの帰り道、僕の頭の中は、この物語の複雑すぎる相関図でいっぱいだった。
物語を面白くしたい、エリス。
物語のキャラを守りたい、タナカさん。
物語を消したい、『虚無の観測者』。
そして、その中心にいる、僕。
……面倒くさすぎる。
僕は、夜空を見上げた。そこにはもう、UFOの姿はなかった。エリスは、僕たちの救出劇を満足げに鑑賞し、どこかへ去ったのだろう。
ああ、やっと平穏が…。
そう思いかけた瞬間、僕は、ハッと気づいた。
僕の部屋。僕の城。そこには今、僕の黒歴史から生まれた、家賃も払わず、冷蔵庫を漁り、僕のマットレスで爪を研ぐ、二人の同居人がいるんだった。
ズキリ、と僕の頭に、新たな頭痛の種が芽生えた。
どうやら僕の日常は、世界の存亡とか、物語の構造とか、そういう小難しい話以前に、もっと現実的な問題に直面しているらしかった。
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