第18話 増える黒歴史、減る正気

僕の黒歴史の化身が運転する、僕が創造した黒塗りのセダン。その助手席で、僕は死んだ魚のような目をしていた。カーナビ代わりのノートパソコンには、宇宙怪獣ギャオラが去っていった方角——つまり、僕のアパートの上空に浮かぶUFOの位置が、ご丁寧にマーキングされている。


「さて、どうするんだ? まさか、この車で空を飛ぶとか言わないよな?」

僕が尋ねると、ブラッドはハンドルを握ったまま、面倒くさそうに答えた。

「さすがに無理だ。それに、敵の本拠地に乗り込むのに、俺一人じゃちと人手が足りねえな。…そうだ、あいつを呼ぶか」

その嫌な予感に、僕は全力で反応した。

「やめろ! もうこれ以上、僕の脳内から変な奴を呼び出すのはやめてくれ! この世界は、君一人でもうキャパオーバーなんだ!」


僕の懇願も虚しく、ブラッドは僕の手から、いとも簡単に万年筆をひったくった。そして、近くにあったレシートの裏に、慣れた手つきでサラサラと文字を書きなぐる。

『後部座席に、ブリジッドが現れる』


「やめろぉぉぉ!」

僕の絶叫と同時に、何もないはずの後部座席の空気が、再び陽炎のように歪んだ。僕は、恐る恐るバックミラーに視線を送る。


そこに、女が座っていた。

黒い光沢を放つレザーのボディスーツは、体のラインを寸分の隙もなく描き出し、胸元や太ももといった、戦略的に重要(だと中学生の僕が信じていた)な箇所が、大胆にカットされている。腰には、どう考えても実用性のないホルスターに収まった二丁拳銃。足元は、ピンのように鋭いヒールのブーツ。

それは、裸よりも遥かに扇情的で、破廉恥で、そして何より、僕が中学二年生の時に考えた「セクシーで強い女スパイ」のイメージ、そのものだった。


「あら、ブラッド。久しぶりじゃない。…で、隣の冴えないのが、今回の依頼人?」

ブリジッドと名付けたはずの彼女は、僕を一瞥すると、つまらなそうに長い脚を組み替えた。その仕草一つで、車内の温度が2度くらい上がった気がする。


目のやり場がない!

僕はカッと顔が熱くなるのを感じた。なんだこの格好は! けしからん! もっとやれ! いや違う! 僕のせいじゃない! これは、エロ本もろくに読んだことのなかった、純粋(で、アホ)だった中学時代の僕のせいだ!


「フン、こいつは依頼人じゃねえ。俺たちの創造主(クリエイター)さんだ」

ブラッドが僕を紹介すると、ブリジッドは「へえ」と、初めて僕に興味を示したような目を向けた。

「この締まらない顔の男が、あなたを創ったのね…。まあ、いいわ。で、今回の仕事は?」

「簡単な仕事だ。デカいトカゲに攫われたお姫様を、空飛ぶ円盤から取り返す」

「面白そうじゃない。腕が鳴るわね」


最強(で、最高に痛々しい)のコンビが、僕の知らないところで勝手に結成されてしまった。

僕は、自分の生み出した二人の主人公(黒歴史)に挟まれ、後部座席から漂うブリジッドの甘ったるい香水の匂いに当てられながら、本気で思った。


もういっそ、あの時、怪獣に踏み潰されていた方が、遥かに幸せだったに違いない、と。

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