第17話 主人公(ただし自作)の言うことは絶対

頭を抱える僕の目の前で、僕が生み出した黒歴史の化身、ブラッド・スコーピオンは、慣れた様子で黒いコートの埃を払った。その仕草の一つ一つが、僕が中二の頃に「格好いい」と信じて疑わなかったものであり、今見ると恥ずかしさで身悶えするほど痛々しい。


「おい、クリエイターさんよ。いつまでそうしてるつもりだ? ヒロインが泣いてるぜ」

「いや、ヴィオレッタは泣くようなタマじゃない。たぶん今頃、怪獣の体内でアスレチックでも楽しんでる」

「……そうか。とにかく、俺の獲物が逃げちまう前に行くぞ。で、俺の愛機『スターゲイザー号』はどこにある?」

「スターゲイザー号なんてない! ここは君がいた銀河じゃなくて、21世紀の日本だ!」


僕は、この際だから試してみようと思った。僕は再びチラシの裏に、万年筆を走らせた。

『ブラッド・スコーピオンは、自分のいた銀河に帰った』

……何も起こらない。ブラッドは、眉一つ動かさずに僕を見ている。


「無駄だぜ、クリエイター。俺を呼んだのはアンタだ。この物語にケリがつくまで、俺は消えねえよ」

どうやら、この万年筆の力は、一度出したものをそう簡単には引っ込められないらしい。なんて不便なチート能力なんだ。


その時、遠くから「ウーッ、ウーッ」というサイレンの音が近づいてきた。パトカーが数台、破壊された商店街の入り口に止まり、警官たちが駆け寄ってくる。

「君たち、ここで何をしていた! この騒ぎは一体…」

警官の一人が、僕と、明らかにコスプレにしか見えないブラッドを交互に見て、訝しげに尋ねた。


まずい、職務質問だ。僕がどう言い訳しようか頭を悩ませるより早く、ブラッドが僕の前にスッと立った。

「案ずるな、市民。脅威は去った。ここは、我々『銀河連邦警察・特殊災害対策課』が引き継ぐ」

彼は、どこからともなく取り出した、ありもしない組織名が書かれた偽物のIDを警官に見せた。警官は、そのIDの妙な説得力とブラッドの眼力に気圧されたのか、「は、はあ…」と困惑したように後ずさる。何だその能力は。僕が設定した覚えはないぞ。


ブラッドは僕に向き直ると、「さて、無能な地元警察は追い払った。作戦会議といくか」と、勝手に話を仕切り始めた。

「いいか、クリエイター。お前はこの世界の『神』なんだろ? なら、俺が戦うための道具を『書け』。まずは、移動手段と、敵の情報を探るための端末が必要だな」


この男、僕の万年筆の能力を、完全に理解している。

僕は、もはや抵抗する気力も失せ、言われるがままにチラシの裏に書き込んだ。

『目の前に、黒塗りのセダンと、高性能ノートパソコンが現れた』


すると、目の前にあった肉屋の壊れたショーケースと、散らばった野菜が、ぐにゃりと粘土のように融合し、形を変え始めた。そして、数秒後には、きらびやかな光沢を放つ黒塗りのセダンと、最新モデルであろうノートパソコンが出現していた。


「フン、悪くないセンスだ」

ブラッドは満足げに頷くと、さっさとセダンの運転席に乗り込んだ。そして、助手席のドアを開け、僕に顎をしゃくる。

「行くぜ、クリエイター。ヒロインの救出と、このクソみたいな物語のエンディングを、とっくりと拝みに行こうじゃねえか」


僕は、ため息をついた。そして、自分の黒歴史の化身が運転する車に、吸い込まれるように乗り込んだ。

これはもう、僕の人生じゃない。僕が中学生の時に書いて、恥ずかしくなって捨てた、あの痛々しいSF小説の、最悪の続編だ。

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