第19話 創造主のささやかな反逆
僕の愛車(になったばかり)の黒塗りセダンは、今や完全に移動作戦司令室と化していた。後部座席のブリジッドが、僕が創造したノートパソコンを凄まじい速度でタイピングし、僕のアパート周辺の地図やら、上空に浮かぶUFOの(推定)構造図やらを表示させている。
「敵のUFOは、強力なエネルギーバリアで守られているわ。正面からの突入は自殺行為ね」
「フン、芸がねえな。俺のハッキング能力で、セキュリティに裏口でも作ってやるさ。ブリッジ、お前は潜入の準備をしろ」
「言われなくても。私の光学迷彩があれば、赤子の手をひねるより簡単よ」
ハッキング能力? 光学迷彩?
ああ、そうだ。あった。そんなご都合主義的な設定、確かに僕が考えた。ブラッドは天才的なハッカーで、ブリジッドは変装と潜入の達人。なんて安易なキャラクター設定なんだ、中学時代の僕。僕は、自分の過去の所業に、車のシートの上で身を縮こまらせた。
「だがクリエイター」と、ブラッドがバックミラー越しに僕を見た。
「俺の能力を最大限に活かすには、このPCじゃスペック不足だ。俺専用の、超高性能なデッキを『書け』」
「あら、じゃあ、ついでに私の光学迷彩スーツも最新式のに新調してほしいわね。今着てるこれ、少し時代遅れのデザインだから」
ブリジッドが、後部座席から僕の肩にそっと手を置く。その指先の感触と甘い香りに、僕の心臓が跳ねた。これは色仕掛けか! 僕が考えた設定に、そんなものはないぞ!
もはや、僕は便利なアイテム作成係だ。完全に。
僕は、二人の圧力に屈し、再び万年筆を手に取った。だが、ただ言われるがままに書くのも癪に障る。そうだ、これは僕の物語(になってしまった)だ。創造主として、少しくらい、遊び心を加えてもバチは当たるまい。
僕は、ニヤリと口の端を歪めながら、レシートの裏に書き込んだ。
『ブラッド専用の超高性能PC。ただし、起動時にはJ-POPアイドルの最新ヒット曲が大音量で流れる』
『ブリジッド専用の最新式光学迷彩スーツ。ただし、彼女が興奮すると、迷彩機能にエラーが生じ、一部がランダムで透ける』
書き終えた瞬間、ブリジッドの服装がきらびやかな光を放って、より扇情的で未来的なデザインに変化し、僕の膝の上には、禍々しいステッカーがベタベタ貼られたノートPCが出現した。
「フン、上出来だ」
「まあ、悪くないわね」
二人は、僕が仕込んだトラップに気づく様子もなく、満足げに頷いている。しめしめ。僕のささやかな反逆は、どうやら成功したようだ。
そんなドタバタを繰り広げているうちに、車は見慣れた僕のアパートの前、つまり、巨大なUFOの真下に到着した。部屋の中から見ていた時とは比べ物にならない。見上げるほどの巨体は、空を覆い尽くすほどの圧迫感で、僕たちを見下ろしている。
ブラッドとブリジッドは、創造されたばかりの最新装備を身につけ、車から降り立った。その姿は、僕が思い描いた通りの、最強のバディそのものだった。
「さて、パーティーの始まりだぜ」
ブラッドが、キザな決め台詞と共に、UFOを見上げる。
僕は、自分の仕込んだイタズラが、この後の展開で吉と出るか、それとも僕の首を絞めるだけの凶と出るか、ドキドキしながら二人を見つめていた。そして、僕もまた、意を決して車から降りる。
……僕も、行くしかないのか。
自分の書いた、この最悪で、最高に痛々しい物語の結末を、この目で見届けるために。
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