第16話 黒歴史からの助っ人、あるいは最も会いたくない男

破壊された商店街の真ん中で、僕は、ただ立ち尽くしていた。ヴィオレッタを乗せた怪獣は、豆粒ほどの大きさになり、やがて空に浮かぶUFOのあたりに吸い込まれるように消えていった。残されたのは、半壊したアーケードと、散らばった野菜や魚、そして、あまりの出来事に腰を抜かしている商店街の人々と、僕。


「ブラッド・スコーピオンなら、どうするだろうな」


口からこぼれたのは、自分でも呆れるような、情けない独り言だった。

そうだ、あいつなら、きっとこんな状況でもニヒルな笑みを浮かべて、「面白くなってきたじゃねえか」とか言うんだろう。そして、愛用の光線銃『コズミック・マグナム』で、怪獣の眉間を撃ち抜くに違いない。

だが、僕はブラッド・スコーピオンじゃない。僕は、ただの夏彦だ。光線銃なんて持ってないし、ニヒルな笑みも作れない。


いや、待てよ。

僕の思考が、一つの可能性にたどり着く。エリスが渡してきた、この万年筆。彼女はこれを「起爆剤」であり、「物語のフラグ」だと言った。そして、ヴィオレッタは僕の書いた小説を読み、「夏彦ならできる」と言った。まさか。まさか、そんな馬鹿な話が…。


「書けば、現実になる…?」


ありえない。そんなご都合主義が許されるなら、僕のニート生活はとっくにバラ色の億万長者ライフになっている。だが、この世界は、もはや僕の常識が通用する場所ではない。壁から少女が現れ、空にはUFOが浮かび、宇宙人が予算の催促に来て、商店街を怪獣が破壊する。ならば、もう一つくらい、奇妙なルールが追加されたって、おかしくはないじゃないか。


試す価値は、ある。

僕は、足元に落ちていた肉屋の安売りチラシの裏を拾い上げた。そして、ポケットから万年筆を取り出し、震える手でキャップを外す。


何を書く?

「怪獣がヴィオレッタを返した」? いや、それでは物語が安直すぎる。エリスに「やり直し」を命じられるかもしれない。

ならば、どうする? どうすれば、この絶望的な状況を、僕という無力な主人公(仮)で打開できる?

答えは、一つしかない。


僕は、チラシの裏に、祈るような気持ちで書きなぐった。


『ブラッド・スコーピオンが、僕の隣に現れた』


書き終えた瞬間、僕のすぐ隣の空間が、陽炎のようにぐにゃりと歪んだ。そして、そこから一人の男が、まるで最初からそこにいたかのように、スッと姿を現した。

黒いロングコート。無造作にセットされた銀髪。そして、その口元には、僕が設定した通りの、皮肉な笑みが浮かんでいる。


「フン…面白いことになっているじゃないか、創造主(クリエイター)さんよ」


その声も、僕が脳内で再生していた通りの、低く、そしてキザな声だった。

うわあああああああ! 出たああああああああ! 僕の黒歴史が、実体を持って目の前にいる! 恥ずかしい! 恥ずかしすぎて死ぬ!


僕はあまりの衝撃と羞恥心に、その場にへなへなと座り込んだ。

僕が生み出した最悪の悪夢は、破壊された商店街を面白そうに見渡すと、僕に向かってにやりと笑った。


「で、あのデカブツはどこへ行った? 俺の獲物なんだろ?」


やる気満々の、僕が創造した最強の主人公(ただし性格に難あり)。

僕は、これから始まるであろう、さらなる混沌と面倒ごとを確信し、強く、強く、頭を抱えた。

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