第13話 婚約おめでとう(地獄の始まり)
風呂上がりのリビングは、人生で経験したことのない、気まずい空気で満ち満ちていた。
僕は、とりあえずテレビを消した。宇宙からの祝福(という名の野次)に、これ以上精神を削られるわけにはいかない。ヴィオレッタはといえば、僕から少し離れた場所にちょこんと座り、顔を赤らめたり、スカートの裾をいじったりして、落ち着かない様子だ。どうやら彼女の中では、僕たちの婚約は確定事項らしい。
違うんだ。あれはプロポーズじゃない。魂のツッコミなんだ。
そう訂正すべきなのは分かっている。だが、どう切り出せばいい? 「君との結婚なんてありえない」とでも言えばいいのか? それはそれで、目の前のもじもじしている少女を傷つけることになるのではないか? ああ、もう! なぜ僕はニートのくせに、こんな高度なコミュニケーション能力を要求されているんだ!
僕が頭を抱えてうんうん唸っていると、その場の空気を祝砲のように打ち破る声がした。
「夏彦様、ヴィオレッタ様、この度は誠におめでとうございます!」
パァン! というクラッカーの音と共に、いつの間にかエリスが部屋の真ん中に立っていた。その手には、なぜかシャンパンとグラスまである。
「やりましたね、夏彦様! 視聴率(上層部の評価)が、観測史上最高値を記録しました! まさか、海からの電撃プロポーズという黄金ムーブを、あえて入浴中に仕掛けるとは! あなたの恋愛テクニックは、我々シリウス星人の想定を遥かに超えています!」
「だから違うと…」
僕の小さな反論は、彼女の興奮にかき消された。
「さて!」とエリスはグラスにシャンパンを注ぎながら(僕とヴィオレッタは未成年じゃないが、気分的に飲めない)、本題に入った。
「婚約の次は、二人の愛を試す『試練』です。障害のない恋物語など、クリープを入れないコーヒーと同じ。視聴者は求めていません」
「もう何言ってるか分かんないよ…」
彼女は、僕の嘆きなどお構いなしに、企画書よろしく電子パッドをスワイプする。
「最初の試練として、A案『ヴィオレッタ様が巨大な宇宙怪獣に攫われ、それを夏彦様が助けに行く』、B案『二人の仲を妬んだライバル宇宙忍者一族が襲来する』。どちらがご希望ですか?」
「どっちも地獄じゃないか! 結婚もしてないし、愛を試すも何もない! いい加減にしろ!」
僕は、今日何度目か分からない本気の叫びを上げた。
しかし、エリスは涼しい顔で僕の叫びを聞き流すと、「ふむ。では、より絵的なインパクトの強いA案でいきましょう」と、勝手に決定を下した。
「決定です。明日、午前10時、最初の試練として、近所のきらきらぼし商店街に、宇宙怪獣『ギャオラ』が出現します。ヴィオレッタ様を攫っていく手筈になっておりますので、夏彦様は、その後、よしなに救出をお願いします。健闘を祈ります」
それだけ一方的に告げると、エリスは「それでは」と優雅にお辞儀をし、また光の粒子となって消えていった。残されたのは、僕と、婚約者(仮)になったヴィオレッタと、「明日、商店街に怪獣が出る」という、絶望的な未来だけだ。
ヴィオレッタは、僕に向かって、ぽっと頬を染めながら言った。
「夏彦…。わたくし、攫われる準備をしておきますわね!」
彼女はなぜか、やる気に満ち溢れていた。
僕は、もう、笑うしかなかった。ラブコメと特撮とSFがごちゃ混ぜになった僕の人生は、どうやら僕の手には負えないらしい。
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