第14話 決戦は火曜日、きらきらぼし商店街にて

悪夢のような夜が明けた。僕は、昨夜の出来事はすべて、疲労が見せた幻覚だったのだと固く信じ、おそるおそる目を開けた。……だが、現実は非情だ。


テレビの電源は消したはずなのに、なぜか薄型テレビの画面には、僕の寝顔が大写しになっている。そして、画面の右肩には、赤いデジタル時計が冷酷に時を刻んでいた。『宇宙怪獣ギャオラ襲来まで、あと2時間15分32秒』。ご丁寧にも、秒刻みである。


「終わった……。僕の人生、完全に終わった……」


僕がマットレスの上で絶望に打ちひしがれていると、部屋の隅から、やけに楽しげな物音が聞こえてきた。見ると、ヴィオレッタが、小さなポシェットに何かを詰め込んでいる。


「ヴィオレッタ…お前、何してるんだ…?」

「決まっていますでしょう? 攫われる準備ですわ」


彼女は、僕が初めて見た時と同じ、一番お気に入りに違いない可愛らしいワンピースを着て、髪も綺麗にとかしている。ポシェットの中身は、ハンカチ、ティッシュ、絆創膏、そして好物だというイチゴ味のキャンディ。まるで、これから遠足にでも行くかのようだ。


「夏彦が助けに来やすいように、目印としてパンくずを撒いておきましょうか? それとも、わたくしの髪の毛を数本…」

「どっちもグリム童話か何かだよ! いいか、そもそも攫われるな! 商店街に行かなければいいだけの話だろ!」

僕がそう叫ぶと、ヴィオレッタは心外だというように頬を膨らませた。

「ダメですわ! これは、私たちの愛を深めるための、とても大事なイベントなのですから! ここで逃げたら、宇宙の視聴者もがっかりします!」


宇宙の視聴者のことまで気にしなくていい!

しかし、僕の常識的な反論は、「愛」という最強の盾の前では無力だった。彼女は「大丈夫ですわ! 愛があれば、奇跡は必ず起きます!」と、拳を握りしめて力説する。その根拠のない自信は、一体どこから湧いてくるのだろうか。


「助けに行くったって、どうやってだよ? 僕の戦闘力は5だぞ、ゴミめ。怪獣に踏み潰されて一発でゲームオーバーだ」

「あら、わたくし、夏彦が昔書いた小説を読みましたもの。主人公のブラッド・スコーピオンさんは、たった一人で巨大戦艦を破壊していましたわ。夏彦ならできます!」

「あれは創作だ! 僕と、中二病の産物であるブラッド・スコーピオンを一緒にするな!」


もはや、何を言っても無駄だった。僕の抵抗はすべて、彼女のキラキラした瞳とポジティブシンキングによって粉砕される。


そして、運命の時刻が近づく。ヴィオレッタは「さあ、夏彦、参りましょう!」と、僕の手をぐいっと引いた。

「なぜ被害者の方から、わざわざ事件現場に出向かなければならないんだ…」

僕は最後までぼやき続けたが、結局、彼女に引きずられるようにして、僕の城から出撃する羽目になった。


きらきらぼし商店街。そこは、魚屋のおじさんの威勢のいい声が響き、八百屋の店先には色とりどりの野菜が並ぶ、いつも通りの平和な光景が広がっていた。

だが、僕には分かる。この日常が、あと数分で、理不尽な宇宙怪獣によって破壊されることを。


時計の針が、午前10時を指そうとしている。

僕は、隣で「まだかしら」とワクワクしているヴィオレッタの手を、無意識に強く握りしめていた。

僕の人生、どうしてこうなった。

ゴクリ、と乾いた喉が鳴った。

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