第27話 覚悟がない者が冒険者になるな⑦

 服屋の店員さんは随分と丁寧に対応をしてくれた。

 どれだけファマがつっかえようとも、何を言っているのか分からなろうとも、店員は落ち着いてファマの要望を聞いてくれた。

 途中で止まったり、泣きそうになったりするファマを心の底から応援した結果、ファマは3つの商品を買って速足で出てきた。

「凄いよファマ」

 軽く拍手しながら出迎える。

「何とか、買えました……」

「なに買ったの?」

「お母さんのエプロンと、私のエプロン、それとお父さんのシャツです」

 ファマは深い青色のエプロンと白色のエプロン、あとは黒色の紐ポロシャツを順番に指しながら説明してくれた。全て無地でシンプルなデザインだが、お店の商品を見てもこれが普通のようだ。

「初めての買い物、どうだった? 店員さんいい人だったでしょ」

 期待を込めて聞いた。丁寧な対応を見て、決して怖くないものだと分かってくれたはずだ。

「……そう、ですね」

 ファマの表情は暗いものだった。あまり実感が湧いていないかもしれない。とは言え、今の一回で変わるのは難しいと思うから仕方ない。

「ファマ、あとどのくらいお金余ってる?」

「大銅貨2枚です」

「じゃああと大銅貨2枚、ファマに任せるよ」

「はい。頑張ります」

 その後ファマが選んだ店は旅行先のお土産屋の雰囲気を漂わせている店だった。おそらく雑貨店に近いお店だろう。店頭には置物からお菓子みたいなものまで置いてあった。

 ファマは店の前に立つとさっきと同様に躊躇したが数分で店の中に入っていった。これだけでだいぶ進歩を感じられた。

 ファマに合わせて店前の商品棚へと移動する。中にはお客さんが2人と店の奥にはおばあちゃんが座っていた。

 ファマはゆっくりと店内を見回りながら、奥にいるおばあちゃんの方へと歩んでいく。それに合わせて俺も店の中へと入っていく。

「あ、あの……」

「……」

 おばあちゃんへと声をかけたファマだったが全く返事がない。よく見ると目を閉じ、顔が重力に逆らえず傾いていた。

 もしかしたら死んでいるのかもしれない。

 少なくともファマの小さな声では届かないだろう。

「あっ、あのっ……!」

 ファマは声量をあげた。

「……」

 あれ? 死んでる? いや、肩は上下に揺れてる。

 ファマはカウンターに両手をつき、おばあちゃんの耳に少しでも近づく。

「あっ、あのっ……!」

「……」

 ファマは全く反応を見せないおばあちゃんを一瞥した後、直ぐに振り返って慌ててこちらにやってきた。

「マサトさん大変です。店員さんが死んでいます」

「いや生きてるわ」

「でも……返事がありませんでしたよ?」

「ファマの声が小さいからだよ。それか体を揺すってみるとかさ」

「やってみます……!」

 ファマはもう一度おばあちゃんの元へ戻っていった。

 今度は前屈みになり、カウンター越しにおばあちゃんの肩を揺すった。

「あ、あの……」

「……おや? どうしたんだい?」

 老婆は目を覚まし、顔を元の位置に戻した。

「あ、お、お菓子の、キーホルダー、ありますか……?」

 この機会を逃すまいとファマは声を張り上げた。

「ああ、それなら、あっちだね」

 おばあちゃんはゆっくりと腕を上げて、人差し指を伸ばし、店の一部を指した。

「あ、ありがとうございます……!」

 おばあちゃんはゆっくりと腕を降ろした後、ゆっくりと笑った。

 もう大丈夫そうだなと思い店の外に出てファマを待つ。お菓子のキーホルダーはもしかしたらゼリカへのプレゼントかもしれないな。だとするとお菓子好きのゼリカだから物凄く的確だ。ファマはプレゼントを選ぶセンスみたいなものが凄く高いのかもしれない。

 少しして現れたファマをみて俺は唖然とした。

 片手にはキーホルダー、もう片方には木刀ならず木剣だ。

「……それは?」

「お菓子のキーホルダーは、ゼリカちゃんに、こちらの木剣は、マサトさんへのプレゼントです」

「え、あ、ありがとう。どうして木剣か聞いてもいい?」

「似合ってるからです……!」

「そうかな?」

 あとこれお土産用だよね? 学生の時お土産で木刀を買う奴たくさんいたけど、それだよね? 荷物になるし、家に持ち帰ったら押し入れで埃を被る事になる奴だよね?

 似合うと言われ満更でもなく左腰のベルトに差してみる。

「いいですね……!」

 ファマが嬉しそうに軽く笑った。

「うん、いいね」

 気に入った。お土産で木刀買う奴はもう馬鹿にしない。

 金属の剣より圧倒的に軽いし、いざとなった時これを抜こう。

 もう一つ受け取ったキーホルダーは、キャンディーとアイスクリームが描かれている物だったので、ゼリカの服に引っ掛けておく。やたら引っ掛かりの多い服だったので非常に助かった。

「ありがとう、大切にするよ。これで銀貨1枚使い切った?」

「そうですね」

「少しは慣れたかな? 人に話しかけるのも」

「……どう、でしょうか。マサトさんに背中を押してもらえているから、な気がします」

「今日一日で変わるなんて無理だと思うからゆっくりいこう。次はお昼ご飯だ」

「ご飯、ですか?」

「美味しいお店をここら辺の人に聞いてきて欲しい」

「……え? わ、私知ってますよ……! 両親と行った場所があるんです……!」

 慌てふためきながらファマが言った。でもそれじゃあ意味がない。

「それじゃあ意味ないよ。ファマが他人に聞くというのが大事だからね。ほら今いる道にはたくさん人がいる」

「……ほ、本当にやらないとダメですか?」

 ファマはまたしても強い拒絶反応を見せる。

 お店はあくまで客と店員という絶対的な関係性があったからこそ安心した面もあっただろうが、今度はそうはいかない。

「誰に声をかけるか、ファマがしっかり考えるんだ」

 もし忙しそうな人なんかに声をかけたら怒る可能性だってある。そこはファマのセンスに任せるしかないだろう。

「あ、え……」

 ファマは戸惑いながら通行人達をよく見る。緊張らしきもので唇や手が震えているが、ここは信じて待つのみだ。

「はわっ……わっ、わっ……」

 ファマは口元を震えさせながら通行人を凝視する。

 子連れの母親、武器を装備している眼帯の男、荷物を運ぶ行商人らしき男、軽快に歩いている男、手を繋ぎながら歩いている男女。ある程度の事情が見える人物とそうではない人物。

 10分程度悩んでいたファマは、何度かこちらをちらっと確認してきたが、その度に「ファマならやれる」と声をかけておいた。その甲斐あってか、ファマは足を踏み出した。

 常に動き続ける通行人に合わせ、ファマも速足で追う。目標は買い物をしていた若めの女性だ。同性であり優しそうな顔つきから選んだのだろう。俺も後を追う。

「あ、あ、あの……」

「……」

 ファマの声が小さくて届かなかったのか、女性は反応せず歩き続けた。

「あっ……」

「……」

 ファマは女性の背中を名残惜しそうに手で追って立ち止まった。その手と顔にはなんて声をかければいいのか分からない困惑が用意に見てとれた。まあ最初は仕方ないかなと思ったその時だ。ファマは困惑しているその手を軽く握りしめて小走りを始めた。次は女性を追い越し、前に立ちはだかる。

「あ、あの……」

「……? どうしました?」

 女性は至って軽く返事を返す。

「こ、ここら辺で、美味しい、お、お店、ありますか?」

「ん~。それなら……あそこのピザ屋がおすすめですよ」

 女性は奥の方を指さしながら答えた。

「あ、ありがとうございます」

 それを確認したファマは深々と一礼してこちらへと戻ってきた。

「よくやったよファマ、花丸をあげよう」

「はなまる……? ありがとうございます」

 ファマはずっと変わろうとしてる。今の一連でそれがよく感じられた。

「よし、じゃあご飯でも食べるか!」

「はい……!」

 その後も人と接する機会をファマに与えた。店員とのやり取りや注文でファマが何十分と躊躇うような事はなくなった。

 お店の中は綺麗な内装ではなかったが、ピザは悪くなかった。シンプルにトマトケチャップとチーズだ。まずい訳がない。ちなみに俺はピザにパイナップルが乗っていてもいい派だ。理由は面白いから。イカ焼きとかだったらもっと面白い。

「ファマは好きな男の子とかできた事ないの?」

 ピザを食べながらファマになんとなく聞いてみた。誰しもが一度は恋をしたことがあるはずだからだ。だけどピタッとファマの動きがとまった。チーズが伸びて下に落ちた。

「……あ、ありませんよ」

「そっか。俺は全然いいと思うよ」

 聞かれたくない話題っぽかったので流そう。

「あ、マ、マサトさんは……?」

「俺? ……そういえばないな」

 誰しもが一度は、と思ったけどそういえば俺にはない。

「そ、そうなんですね……? 好きなタイプ、とかは……?」

「んー……狂ってて面白い人かな」

「……え?」

 分からない、という反応を示したファマ。

「例えば、何かミスをして怒られるとするじゃん? 勿論ミスした人が悪いじゃん? でも怒ってきた人を怒鳴り返すような人が好きかな」

「…………変わってますね」

 数秒戸惑ったファマがよく理解していなさそうな顔をして言った。

「そうかな? まあでもタイプってだけだよ、実際にはそんな人いないし、いたらやばいよね」

「マサトさんて、難しいです」

「そうかな?」

 異性のタイプというよりか、人として好きなタイプが正しいかな。男女問わず、俺は狂ってて面白い人が好きだ、神も含めてね。だけどファマも好きなんだよな、ファマは狂ってるだろうか? そんな事も無さそうだけど……俺って難しいな。

「俺って難しい」

 心に思った事を口に出して肯いてみた。ピザを一口食べながら。

「ふふっ。マサトさんて面白いですね」

 そんな俺を見てファマは口角が上がるだけではなく、心の底から笑った。両目は見えないけど、可愛らしい笑い方だった。

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