第28話 覚悟がない者が冒険者になるな⑧

「よし、じゃあ次にいこう」

 頼んだピザを全て食べ終えた(ほとんど睡眠中のゼリカが手を伸ばしてきて食われてしまったというのが正しい)のでファマに告げる。

「次はなにをするんですか……?」

「魔物を倒しに行く」

「っ!」

 ファマの体が少し跳ねて止まった。

 昨日の事が軽くトラウマになっているかもしれないが、二日連続で強い魔物に襲われたらもはやラッキーの領域だ。

「一番弱い魔物を狙って狩りに行きたいんだけど。分かる?」

「……一番弱い魔物はホーンラビットです。ただ、周辺にはいないと思います」

 ファマは怖じ気づく事はなく答えてくれた。今の感じだと人の方が怖そうだ。

「うん、だから一泊しようと思う。てか、一泊で足りるかな? これからファマは一度家に帰って、準備と冒険にでる事をお母さんに伝えて欲しい。どうかな?」

「一泊で、足りると思います。分かりました」

 ファマは2回大きく肯いた。気合を感じる。

「怖くない?」

「怖いです。凄く怖いです。でもやります……!」

 昨日の件で大きく落ち込んでいると思っていたが、今のファマからはそれを感じない。あまり効果を期待していなかったが、さっきまでの行動がファマに勇気と自信をもたせてくれたのかもしれない。

 順調だ。怖いくらいに。でもいいだろう、ここは勢いに乗るのが大事だ。

「じゃあ行こうか」

 この後俺達はもう一度ファマの家にまで向かい、俺だけ外でファマの準備を待った。ファママが一泊する事を聞きつけた事で、包丁で襲ってくる可能性があったので身構えながら待機していたが、ファママが大声で泣いている声しか聞こえなかった。きっとファマからのプレゼントで嬉し泣きだ。

 準備を終えたファマが勿論手ぶらで出てきた。玄関の扉が開いてから閉まるまで、泣き腫れていたとはいえ針のように鋭い視線をファママから浴びせられたので、ファマを無事に帰す事を心の中で誓った。

 逆にファマの顔はまた一段と澄んだ気がする。

「喜んでもらえた?」

「はい。喜んでもらえました。良かったです」

 ファマは少し笑って、嬉しそうに、ただ嬉しそうに言った。

「マサトさん、転移(ゲート)で飛びましょう」

「うん。お願い」

「転移(ゲート)」

 ゲートが完成するまでの間で、ファマはこちらを向いた。

「手を、お願いします」

 手のひらが上に向いてる状態で差し出された。それに対して俺は手を置く。手はどっちからという事も無く強く握られた。俺が強く握ったと言われればそうかもしれないし、ファマが強く握ったと言われればそんな気もした。

 ファマは少し顔を赤らめながら、完成したゲートに向かって俺の腕を引っ張った。

 光に包まれた視界が開けた時、昨日お昼ご飯とブリストルキングの肉を食べた場所だと直ぐに分かった。

 ファマの指示に従い街とは逆側である森林地帯を歩いた。ここからさらに8時間程歩いた場所に最弱の魔物が姿を現すらしい。

「8時間……冒険者って大変過ぎない?」

「そう、ですね……何泊かするのは当然のようですよ。馬車を使う人達もいますね」

 高々と宣言した魔物討伐に後悔しながら、俺達はゆっくりと歩みを進み始めた。

 8時間後……。とまでは行かなかった。

 休憩を少し挟みながら2時間程歩くと、山道のようなところに入り、それを登った。後ろを振り返ると、辺り一面木々が海のように広がっていた。登りきると当分平面の道が続いたが、木々が徐々に減っていき視界が晴れてきたと思った矢先、霧でむしろ視界が悪くなっていった。

 そこで現れたのが緑色のチビ事、ゴブリンさん×4だ。

 霧のせいで目の前に現れるまで一切気づく事ができなかった。

「マ、マサトさんっ、ゴ、ゴブリンですっ!」

 急に現れたゴブリン達に慌て戸惑うファマ。俺の服を引っ張りながら、後ろに一歩退いた。

 ゴブリン達は血の付いた棍棒をぶら下げながら、殺意をもってこちらを睨んでいる。身長は1m程だが、尖った耳と赤い目、黒緑色の汚くて硬そうな肌が子供のような身長を忘れさせる。

 滅茶苦茶怖い。

「ファマ落ち着け! ゴブリンのランクは?!」

「E、ですっ」

「よし、2人で倒すぞファマ。俺の後ろで魔法の準備!」

 さっき貰った木剣を抜いて構える。両腕で木剣の柄をもつ構えはかなり適当だが仕方ない。木剣でも相手が鉄製の武器じゃないならいけるはずだ。こちらにはブーストもある。

「むっ、無理ですっ!」

 ファマは首を横に振りながら怯えてその場で固まってしまった。両腕を抱えるように震えてしまっている。

 いきなりエンカウントして心の準備もできていないからそりゃあ仕方ないが、あのゴリラの時と同じだ。

「ぐがぁああああああッ!」

 ファマを戦えるように言葉を考えてる時、ゴブリン達はファマの恐怖に喜悦しながら襲い掛かってきた。それも4体同時に。

 あれ、これやばくない?

 正面にはゴブリン4体。後ろには怯えているファマ。つまり攻撃を横とかに避けたら、ファマがゴブリンに襲われる。俺はゴブリン4体の攻撃をこの木剣一つで受けきる事ができるのか? どうやって?

 体内時間がゆっくりになってきた。死ぬ直前の奴かもしれない。

 まずい、ヤバい、どうしよう。

 途轍もない殺気でゴブリン達が武器を振り上げた。小さなゴブリン達は確実に仕留めようと、顔面を狙ってきてる。

 ならば——

「とうッ!」

 剣を横に倒し、剣の柄と剣先を両手で支え、全力で前に飛ぶ。

 危ない時こそ前に飛ぶのが大事って、どこかの誰かが言ってた気がする。

 4体のゴブリンを巻き込むように前に倒れる。まさか前に来るとは思ってなかったゴブリン達は俺と一緒に倒れてくれた。物凄く臭い。門番の口くらい臭かった。

 このまま木剣で潰してやろうと思ったが4体共は無理だったので直ぐに立ち上がって大きく息を吸う。危機を回避した安堵ではなく、ファマを呼び起こすために。

「ファマッ!! 冒険者になるんだろッ!!!」

 しゃがみ込んで塞ぎ込むように震えていたファマがピタッと止まった。

「なる……。なります……!」

 何もないから空間から杖を取り出したファマは、杖を地面について抜けかけていた腰をゆっくりと上げた。

 ゴブリン3体がファマに襲い掛かり、もう1体が俺の方にやってきた。最初にファマを倒すために1体が俺を足止めしにきやがった。こいつら頭が良すぎる。

 武器を振り上げた1体のゴブリン。また前に倒れてやろうと思って剣を横に倒して構えると、ゴブリンはこれに合わせて武器を振り下ろしてきた。

 攻撃は諦めて咄嗟に防御に切り替える。膝をついて振り下げられた棍棒を迎える。

 棍棒をよく見てしっかりと防御できると確信し攻撃を受けた。すると、ゆっくりになった視界には木剣が綺麗に折れるのが映った。

「ぐあっ!」

「マサトさんッ!!」

 木剣は見事に真っ二つ、ゴブリンの棍棒が左鎖骨に直撃した。

 そうだ忘れてた、これお土産用のやつだった。

 強い衝撃が左鎖骨、肩付近を襲ったがブーストのおかげで骨折はしていない。打撲程度だろう。

 後ろに飛び退けながらファマに声をかける。

「それより自分を守れファマ!!」

 明らかにファマの方がやばい。目の前のゴブリンを放置して全力でファマの元へと駆ける。

 まずい、間に合わない。

 後ろから追っかけてきたゴブリンが武器を振り上げた気配がした。

 例え攻撃を喰らってでもファマを守ろうと覚悟した瞬間だ。

「氷の牢屋(アイス・ジェイル)」

 空間が急激に冷たくなった。巨大な冷凍庫の中に入ったようなそんな感覚。

 直後、目の前のゴブリン3体が氷漬けになる。後ろを確認すると、棍棒を振りかざしていたゴブリンも氷漬けになっていた。

 氷漬けにされたゴブリン達の目から徐々に生気が無くなっていった。

「マサトさんッ! 大丈夫ですか?!」

 氷漬けのゴブリンの脇からひょこっと顔を出して駆け寄ってきたファマが心配そうに言う。

「ああうん。これはファマが?」

「はい、私の魔法です。マサトさん、怪我見せて下さい。治します」

 返事をして上の服を脱いで左肩を見せる。

「治癒(ヒール)」

 赤黒く腫れあがった部分がまるで何事もなかったかのように肌色へと戻っていった。

 なんだろうこの複雑な感情。

 恐ろしく強力な魔法と回復魔法。やっぱりファマって凄いんだな。

「ありがとうファマ」

「ごめんなさい、私のせいでマサトさんが怪我を……」

「大丈夫。そんな事より凄い魔法だったよ、それに魔物も倒せたね」

 左肩が問題ないかを確認するため軽く動かし、服を直す。ついでにと思い、左手のひらをファマに向けて掲げる。

 ファマはこれの意味を直ぐに理解して右手のひらを弱々しく掲げた。だが、躊躇った。

「……」

 「自分のせいで」とファマは自分自身を責めているのだろう。だけどそれじゃあ繰り返しになってしまう。

 ファマは今悪循環の中にいるのではないだろうか?

 自信が無くて失敗し、自分を責めて自分を嫌いになり、また自信を無くしていく。

 今まさに、ファマは自分を責めようとしてる。それだけは止めなければ。

 躊躇うファマの手のひらをこちらの手のひらで軽く叩く。これに対してファマが少し驚いた。

「ファマのおかげで死なずに済んだ。ありがとう」

 俺は笑ってそう伝えた。

「……はいっ!」

 ファマは驚きが消え、真顔に戻った。その後すぐに、口角を微かに上げて明るくそう言った。

「もう一回魔物と戦おう。ファマ、次は大丈夫だろう?」

 この勢いに乗って魔物と戦えるようにするのが一番だ。

「はい、多分大丈夫です……!」

 次の魔物へとまた歩き出そうと腰を上げた時、ゴブリン達の氷がまたたく間に溶けていった。自然解凍ではあり得ない速度でだ。

 立って静止していたゴブリン達はその場で倒れる。

「これは……?」

「今の魔法はすぐに溶けるようにしました。溶ける時間は魔力の込める量で変わるんですよ」

「凄いね……ゴブリンって解体とかできるの?」

「ゴブリンは解体しません。ただ知能と繁殖力が高く、人族にかなりの害となるので、耳をギルドに提出すれば、報奨金が貰えます」

「なるほど、じゃあ耳を切らないとダメなのか……」

 倒れたゴブリン達を一瞥する。

「……そう、ですね」

 ファマのテンションが明らかに下がった。

「ファマはよく頑張ったからここは俺がやるよ」

 負担が集中しないようにと思ったがファマは首を大きく横に振った。

「いえ、私もやります」

「分かった。あっでも、剥ぎ取る用のナイフがないな」

 ファマは何もない空間に杖をしまうと、いつの間にか小さなナイフを2つ握っていた。

「どうぞ」

 もはや4次元ポケットだな。

 ナイフを受け取り、ゴブリンの耳を引っ張りながら付け根にナイフをあてがう。そのままナイフを引いた。この時の感触はずっと残るかもしれない。それほど嫌な感触で、途中で2回も身震いで手が震えナイフが止まった。滴る紫色の血、人間とほぼ同じ形のゴブリンというのも相まって自分だったらという連想を繰り返してしまい、遂には手に力が入らなくなった。ブリストルキングの時とはまた一味違った過酷さだ。

 俺が剝ぎ取りを終えた後もファマは顔を歪めながら、そして何度も手を止めながら、震える手を必死に抑えて耳を切り落とした。

 その後、水でゴブリンの耳と自分達の手を洗い、ゴブリンの死体を燃やした。

 揺れる炎を見て何度も思う。冒険者って大変だなと。

「今日はこれ以上進むのは辞めようか」

 ゴブリンの耳を切り落とすだけで体調が悪くなってしまった。おそらくファマもそうだろうと思って提案する。

「そうですね。霧は抜けた方が良いと思います」

 ファマの意見を加え、霧を抜けた後、山を下る途中であった大きな岩で野営する準備を始めた。

 ファマの恐ろしい準備力に圧倒された。その後俺達は静かに焚火を見つめていた。やっとまともな休憩が取れた事もあり、暫く焚火を見ていた。俺は初めてもらったプレゼントが1日にして壊れた事を傷心していたというのもある。

「魔物が来るかもしれないから、交互に寝ないとだね」

「そうですね、見張りは必要だと思います」

 また少し沈黙が続いた。

「あ、あの、今日は色々とありがとうございました」

 ファマは一段と深く頭を下げた。最近ファマは体を使って気持ちを表現しようとする気持ちを感じる。意識しているのかもしれない。

「うん。でも全部ファマが頑張ったからだよ」

「いえ、マサトさんがいなかったら私は諦めてました。また逃げる所でした」

「どう? もう人見知りはしないかな?」

「……分かりません。でも多分、まだしてしまいます」

 少し悲しそうに、そして申し訳なさそうにした。

 元から1日じゃあ無理だって思っていたし仕方ないだろう。

 それにしてもまだ根本的な解決ができていない気がする。ファマはそのうち人見知りをある程度克服するだろうし、魔物への耐性もつくだろう。でも、何か大きなミスをした時また塞ぎ込んでしまう気がする。まるでバランスを崩した人間を見ているようなそんな気分だ。必死に元の状態に戻そうとしてるけど、ほんのちょっとした何かで崩壊するようなそんな危うさが今のファマにはある。根本的な何か、つまりファマが自分自身をどう思うか、きっとそこにあるのだろう。

 どうしたものか。

「うん。まだ初めの一日だからね。これからさ」

「あっ、あのっ……!」

 ファマがもじもじしながらそう切り出した。おしっこだろうか?

「どうした?」

「マサトさんは、私と冒険するの嫌ですか?」

 俺はこの言葉の背景をすぐに理解した。なぜなら罪悪感としてずっと残っていたからだ。

 アオイハルのルークに勧誘されたファマに対して、俺はそのまま加入を勧めてしまった。本来ならば引き止めるべき立場の俺がだ。

 勿論あの時は違う目的があったので思ってもいない事を口にしたというのはある。それにファマと冒険をするのは本当に楽しい。これは変わらない事実だ。

「……」

 でも俺は答えを悩んだ。

 何故ならば俺自身があまりにも冒険者に向いていないからだ。このままだとファマの足を引っ張る事になる。ゼリカみたいに物理的にじゃなくてね。

 知識もない、力もない、そもそもゼリカがいなかったら冒険者の能力値テストにすら合格していない男だ。これから羽ばたく蝶の羽化を手伝う事しかできないのではないか?

 ここははっきりと言っておくべき所かもしれない。

 そう思った瞬間だった。

「マサトさんッ!!」

 突然ファマが叫びながら立ち上がったと思ったら、ファマの後ろから男が現れてファマを縄で拘束した。何事かと思うと俺の体も同様に拘束されている事に気づいた。

 えっ?

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