第26話 覚悟がない者が冒険者になるな⑥

「助けて下さい」

「もちろん」

 ファマの懇願に大きく肯く。

「部屋に入ってもいい?」

「はい。ごめんなさい、シャツ伸びたかもしれません……」

「大丈夫」

 振り返るとファマの顔はとても澄んでいた。曇りが続いた後の晴天を見た気分になった。

 再び部屋へと戻り、さっきと同様の位置に俺とファマは腰を下ろす。ファマは正座、俺は右膝を立て左脚で胡坐をかく。ゼリカの角がマイクみたいにこっちに向いた。

「さて、ファマ」

「はい」

 あれ、そう言えばファマが喋る時のつっかえ感が無くなったなと思いながら、頭を回転させる。

「俺はファマの事を何も知らない。だからもっと教えて欲しい。もちろん俺の事も教える」

「良いですよ。何でも聞いて下さい」

 こういう面と向かって話すのはあまり得意じゃないんだが、俺にしては珍しく相手を知りたいと思ったし自分の事を話したいと思った。

 不思議な感覚だ。何が好きで、何が嫌いなのか、そういう些細な事すらも知れるならば知りたいと思った。経験した事のない感覚だ。ファマが俺を信頼して、心を開いてくれたからだろうか? それじゃあまるで、俺が他人に心を開かない人間みたいじゃないか。失礼な。

「あ~、何を聞こうかな。今までで一番の思い出、とか?」

「思い出……昨日の冒険です」

「ごめん、昨日のはなしにしよう」

「えっと……じゃあ、最初に魔法を使えた時ですね」

「へ~。どんな魔法?」

「光明(ライト)です」

「ああ、ロックリザードの巣に入る時使った奴か!」

「そうです、日常魔法で簡単なんです」

 この後もいくつか一方的に質問を投げた。好きな食べ物は「お母さんの料理全て」、趣味か好きな事は「冒険者について調べる事」と返ってきた。

 そしてふと思った。好き嫌いを聞いてどうなるんだろうと。さっき思った通り、人の好き嫌いは自由で、勿論その人を知る大切な情報ではあるけど、俺はもっと違う事が聞きたくなった。そっちの方がファマを知れると思って。

「ファマ、人生で一番面白かった事は何かな? 例えば凄く笑っちゃった出来事とか」

「……そうですね。お父さんがよくふざけているので、それが面白かったというのはあります。でも……一番は、パングナという水球(ウォーター・ボール)と土壁(ウォール)という魔法を駆使する遊びがあるんですけど、たまたま人数が欠員した所に入れて貰えて……それが凄く楽しかったです」

 長く喋ったファマは少し呼吸が荒くなったのを止めようと、深く素早い呼吸を繰り返す。

「パングナ? 何か分からないけど、面白そうだね」

「パングナは、水球(ウォーター・ボール)を当てられたら負けというゲームです。ただ、土壁(ウォール)で障害物を作って防ぐのもできるんです」

「ああ、雪合戦か!」

「ゆ、ゆきがっせん?」

「ああ何でもない。それを機に友達とかできなかったの?」

「うっ……」

「え?」

 ファマが苦しみ出してしまったが大丈夫だろうか。

「パングナの最中にずっと口角が上がっていたようで……それ以降誘われる事はありませんでした」

「……そっか。俺だったらそういう変な奴は次も誘っちゃうけどな」

「へ、変……」

「嘘、今のなし。記憶から消しといて、魔法とかで」

「そんな魔法、ありませんよ……」

「…………」

 一方的に聞いてばっかりなので次は俺に聞いてとジェスチャーするように、自分自身をくいっと指さす。

 ファマは少しの間首を傾げたが、直ぐに理解してくれたようだ。

「マサトさんの、一番の思い出はなんでしょう?」

「そうだな……ここ三日の濃度が濃すぎて、他の事が思い出せないんだよね……女神様と会話した事かな?」

「女神様……? 女神様? とは何ですか?」

 ファマは何度か女神様? と口にして首を傾げる。

 表情だけじゃなくて態度も柔らかくなったように感じた。

「ん~人の人生を勝手に覗いて楽しむという悪趣味をもってて、性格の悪い人かな。いや、神か」

「……ふふっ。マサトさんは時々面白い冗談を言いますね」

 冗談ではないが別に信じてもらいたい訳でもないし、ファマが笑ってくれたならばそれでいいだろう。

「私も、冗談を言えた方が、良いですか?」

「無理して言うと大体面白くなくなるっていうのが笑いの基本だよファマ」

「あ、そうなんですね」

「そう、向き不向きがあるし、お勧めはしないかな。冗談を冗談だと分かって笑えてるだけでファマには人と接する才能があると思うよ」

「そう、ですか……?」

 ファマは少し嬉しそうだった。

「やっぱりファマは人と接するのが苦手かな?」

「そうですね……誰かに話しかけようとすると、凄く体が重たくなるんです」

「なるほど、たぶん、精神的なものだろうね……」

 まさしくファマが言っていた、自分が嫌いという所に結びついてる気がする。専門家じゃないから分からないけど、何か方法があるはずだ。だから考える。

「でも、マサトさんにはもう重たくなりません」

「それは良かった。嬉しいよ」

「はい……!」

 俺が少し笑いながら言うと、ファマも嬉しそうに口角を上げて返事をした。

 何かが嫌いな時、それを好きになるにはどうするべきだろうか?

 例えば野菜の味が変わらないように、嫌いなもの自体は変わらない。何より、そこに期待をしても意味がない。たまに、嫌いだった食べ物が大人になって食べられるようになったという話を聞く。これは、嫌いなものが変わったのではなくて、自分が変化したからだ。なら自分自身が嫌いなファマはどうするべきか? 一番簡単であり一番難しいかもしれない。自分自身が変わればいいのではないか。

「よしファマ」

「はい」

 ポケットに入れておいた銀貨を1枚取り出しファマに見せる。

「苦手を克服しにいこう」

「苦手を克服、ですか?」

「一人で買い物した事ある?」

「ありません……。いつもお母さんかお父さんと一緒で……」

 少し恥ずかしそうにファマが言った。

「この銀貨1枚をファマに渡すから、これを使い切る事が初めの一歩だ」

「えっ……む、無理ですよ……」

「ファマ、人は変わろうとしないと変われない、当たり前の事さ。という事で、名付けて1万円…失礼、銀貨1枚使いきるまで帰れまてん」

「帰れま、てん……?」

「難しく考えなくていいさ、銀貨1枚自分の好きなように使っていいよ」

 立ち上がってファマに銀貨を手渡す。ファマは両手でお礼を言いながら受け取った。

「ああそうだ。言い忘れてた。お店に入ったら、必ず店員の人と会話する事。もちろん、自分から話しかける事。話しかけられたらカウントしないよ。内容はなんでもよし、欲しい物の場所を聞くでもいいし、お店のおすすめを聞くでもいいよ」

「ふぇっ! 無理ですっ!」

 ファマが何度も強く首を振った。前髪が崩れようとお構いなしに強く振った。

「さあ、行こうか」

 問答無用だ。強制的な環境を作れば嫌でも変われる。こうなったら力技だ。

 嫌がるというか、断固拒絶の態度を示してるファマに手を差し伸べる。これに対しファマはまるで俺の手に人糞でもついてるような態度で這いずって逃げ始めた。

「ファマ、冒険者になりたいんだろう? まずはこの手を取るところからだ」

「……っ! なりたい…です!」

 ファマは俺の手を強く握りしめて立ち上がった。

「あ、ファマごめん、俺にブーストかけて」

 もうブーストがかかってない体に戻れない。

「はいっ、いいですよ」

 ファマはなぜか嬉しそうに言った。

 ファマの着替えを少しだけ待って、俺達はそのまま家をでようと階段に向かう。1階に下りようとすると、腕組みをしたファママがそこにはいた。眉間にしわが寄り、明らかに怒った表情で片手に包丁を持っていた。

 階段を下りきったら死ぬんじゃないかと思ったので脚を止めて少し距離を取る。

「落ち着いて下さい」

「ファマに何かした?」

 包丁を持ってる右腕がだらんと下がる。

「お母さん……?」

 後ろからやってきたファマの顔を見ると、ファママはハッとして包丁をしまった。おそらくファマが現れたからではなく、ファマの表情が良くなっていたからだろう。

「なんでもないわよ。大丈夫……そうねファマ」

「うん、ちょっと外出してくるね」

「ええ、行ってらっしゃい」

 俺はファママの横を恐る恐る通り抜けて玄関へと向かった。早く出ようと思った俺の背中にファママがこう言った。

「次はファマのお仲間さんとして、ご飯でも食べに来てください」

「ありがとうございます。本日は失礼しました」

「ええ、本当にね」

 玄関の扉が閉まるまで、あの包丁で心臓を抉られる事はなかった。どうやら許されたようで良かった。

 外に出た後はファマに全て任せる事を伝え、ファマが銀貨1枚使い切るまで監視を始めた。

 ファマが最初に選んだお店は比較的近くにあった服屋のような店だった。ここら辺一体全てのお店が半露店風の入り口がないスタイルなので、俺は外側の商品を見ながらファマを監視しようと決めた。

 ファマが服屋の前で止まった。

 一店舗目で銀貨1枚使うのは辞めて欲しいなと思いながら見ていると、ファマが全然動かなくなった。お店の前を右往左往して店内の様子を窺ってる。

 そんな状態で10分、20分と経過していった。完全に不審者状態だ。

 やっと決心がついたのか、一度中に入ったと思ったら直ぐに出てきた。まるで扉に入ったら全く同じ場所に繋がっていたような、脱出ゲームのギミックを感じさせる動きだった。ファマもそれに驚いている。「え? 私今このお店に入ったよね?」と。それをこの後10回ほど繰り返す。よくお店の人は通報しないものだと思っていると、ファマがこちらにやってきた。

「無理です、冒険者は諦めます」

「早いな挫折が。いや十分粘った方か」

「む、無理ですよ……お店に入ったら体力と魔力が無くなっていきます」

 ファマは細かく顔を左右に振りながら言った。

「そんな訳ないでしょ。お店の人は怖くないよ、物を売る事かお客さんの求めているものを一番に考えてるからね。お店の人の立場になって考えてみるんだ。自分のお店のものを欲しいと言ってくれる人が居たら嬉しいだろう? ファマの事を喜んで歓迎するさ」

「……そう、ですね。確かに、その通りです」

「怖くないよ、いきなり怒鳴る人なんて……いないから大丈夫」

 一瞬初日の怒鳴られた記憶を思い出したけど、あれは営業時間外だっただけだ。

「もう一度、行ってきます……!」

「うん。大丈夫、できる」

 ファマは大きく肯いてさっきと同じお店の前に立つと、大きく深呼吸して店内へと入っていった。今度は出てこない。それを確認してファマの入った店前へと移動する。

 中を見るとファマがウロウロとしていたが、お店の人はそれに気づいていない。

 おかしい。

 店内には他の客が誰もいないのにファマの事に気づいていない。

「何かお探しでしょうか?」

 お店の中にいた若い店員が俺の方にやってきた。

「あの、あの子の事見えてますか?」

 俺はファマを視線で追うと店員さんもその視線に合わせる。

 まさか幽霊でしたみたいなオチじゃないよな?

「……あれ?! いつの間にいらっしゃったんですね」

 どうやらファマの存在に気づいたらしい。まさか、ファマは完全な気配殺しでも会得しているというのか? 俺ですら一度視線を外すとファマが消えたように感じてしまった。無意識のうちに気配を消しているのだろうか。

「これ買います」

 店員の意識を一度ファマから外すために、白いポロシャツみたいなものを購入した。ボタンではなくて、紐バージョンのポロシャツだ。大銅貨3枚だった。店を出る時に、ファマにこう囁いておいた。「銀貨1枚使うまで帰れまてん」と。

 外にでてファマが見える位置で観察を始める。

 店員がファマを探し回るように店を一周しようとすると、ファマはかくれんぼでもしてるかのように見つからないように動き回った。しかし、それも僅かな時間だった。決心がついたらしいファマが店員の元へと寄っていった。

「あ、あの……」

「っ!? あ、はい、どうなされました?」

 いきなり話しかけられた店員は大きく驚いた。

「……ふ、ふ、服、ありますか……?」

 服はあるだろ。

 緊張で震えるファマを見てると脇汗が出てきたので、あとで買った服に着替える事に決めた。

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