第4話 異世界にきてバイトはするな①

 国王となったゼリカを足枷に、傷ついていない建物が軒を連ねている中石畳の道を歩いていく。家の外装を見る限り、元居た世界でいう中世風という感じだろうか。石と木が使われていて、金属やコンクリートはない。たまにガラスが使われているが、ない建物も多い事からガラスは貴重、という文明レベルにあるのだろう。

 こうして俺は右脚を引きずるように何とか前に出しながら歩き続ける。だが、これから先どれだけ歩いたとしても物事は悪い方向に向かっていくばかりだ。なぜならば、お金を持っていないからだ。食料もなければ寝床もない。このままじゃ右脚に少女をくっつけた状態で野垂れ死ぬ事になってしまう。

 異世界に来た、魔法やスキルという概念がある、となると絶対に冒険者という概念があるはずだ。そしてテンプレートのように素直に冒険者になる事がお金を稼ぐのに一番いい方法だろう。しかしだ、俺はカエルだ。カエルなのだ。カエルがスライムを倒せるか? カエルがゴブリンを倒せるか? 答えはノーだ。カエルは鳴く事と軽くジャンプする事くらいしかできない。とは言え、俺の中にも淡い期待はある。捨てられるはずもない。勇者としてこの世界に呼ばれた以上、もしかしたら「覚醒」なんて事が起きるかもしれない。カエルが覚醒すれば、蛇くらいにはなるだろうか。ちょっとは戦えそうだ。

 何より、この右脚にいる最終兵器を出せば冒険者としてやっていける気もするが、俺があまりにも戦えないのでどこか気が引けてしまう。子供一人に戦わせ、そのお金で生きていくと考えたら嫌気がさしてしまう。俺のポリシーが許さない。とは言っても、このまま俺の足枷として知識もないただの子供を養わないといけないのかと思うと億劫にもなる。てか、なんでこんな事になってんの? 右脚に抱き着き、二本の角を俺の方に向けているゼリカは気持ちよさそうに寝ている。

 揺り籠みたいで心地いいのかな?

 電車とかでも眠くなっちゃうからね。

 それを俺でやんな。

 まずい、こんな事を考えている暇ではない。今日の宿もこのままではない。時刻は太陽の位置から正午くらいのはずだ。下はスーツのズボン、上は白ワイシャツの格好で太陽光に晒されても暑くないのは非常に助かる。ネクタイがあれば紐の代わりになるのだが、あいにく付けない主義だ。

 実力がカエル並みならば冒険者は無理だ。お金を借りて事業でも始めようか。ただ、借金という言葉に抵抗がある。ブラック企業で働くしかなかった俺は勿論会社のブラック度合いに口を開く勇気なんてなかったし、そんな行動力なんてなかった。借金ができるならばきっと、元居た世界でも成功していたかもしれないと思いつつやはり無理だ。

 よくこういう異世界もので元の世界の知識を使って色々な形で無双するのを見る。俺にも何かできる事はないだろうか。SEをしていたがこの世界にPCなんてある訳ないだろうし、あったとしても一人で何かできる程の技術力はない。他に何か自慢できる特技もなければ知識もない。いきなり異世界に飛ばされて元の世界の知識を利用できる人が恐ろしく見えてきた。あいつら天才だ。

 この世界になくて、俺でもできるような事は何か?

 料理……なら何とかできるか。無難にラーメン店を作ってみるというのはどうだ?

 出汁は骨やちょっとした野菜から取れるだろうし、大体の作り方はなんとなく分かる。あれだよな、骨とか野菜とか入れて煮込めばいいんだよな? あっ、醤油とか味噌がない。それに場所と初期費用も必要だ。そもそもラーメンという概念が既にある可能性だってある。アイスやジュースはあるみたいだし。

 結局直ぐに始めるのは無理なのでとりあえずお金を稼がないといけないわけだ。

 よし、バイトだ。いや、給料は月末支払いか? だとしたらそれまでに死んでしまう。

 日払いバイトがある事を願いつつ、石畳の道を歩いていると十字路が現れる。住宅街メインの道に垂直で現れたのは商店街のような道だ。露店やお店のようなものが建ち並んでいる。昼間だからか、魔王の襲撃があったからか、あまり人はいない。

 バイトできる場所があるかもしれないから少し歩いてみよう。

 通行人からやたらみられると思ったがそれはそうだ。右脚に魔王がいるんだから。あとは格好も普通じゃない。女性はワンピースが主流で、男性は半袖とズボンと言ったところか。どの服も俺の来ている服のように光沢感を出している訳ではない。完全に材質の差異があると俺でさえ分かってしまう程だ。

 とりあえず片っ端からバイトのお願いをしてみよう。

「すみません」

 古びた木製の扉を開けて訪ねてみる。

「ああん? 今やってねーよ。ぶっ飛ばすぞゴラァ!」

「失礼しました」

 直ぐに扉を閉じる。

 無理だ。怖すぎる。これが異世界か、好戦的だ。

 この先こういう人ばっかりだったらどうしようか。心が折れるかもしれない。

 次は優しそうな人を見つけて声をかけてみる事にした。

 5店舗先のお店。扉越しにカウンターの席に座って煙草を吸っている男性がいた。顔は優しそうで滅茶苦茶やつれていてちょうどいい感じだ。

「すみません」

 恐る恐る入るとその男性はこちらに興味を示してくれた。

「はい、どうしました?」

「あの……ここで働かせて下さい!」

「え?」

「ここで働きたいんです!」

 某少女成長系アニメ映画のセリフを自分が言う事になるとは。

「ほ、本当かい!? ちょうど人が居なくて困っていたんだよ!」

 いたって普通のおじさんという所だろうか。黒髪でくまがあってやつれている。四十代ほどだろうが、くたびれすぎているせいか五十代にみえてしまう。

「それは良かったです。この国にきたばかりでお金が一切なくて今日の宿もないんです」

「そうなのかい。うちは日払いだから安心して」

 それは助かると思いつつ、店の中へと体を入れて扉を閉める。

「ん? それはなんだい? 右脚の」

「ああこれですか? でっかいセミです」

「え? セミ? 角あるけど?」

「最近のセミは角が生えるんですよ。あんまり気にしないでください」

「そうなのか。凄いね最近のセミは」

 ついつい、なわけねーだろとツッコミたくなってしまうが抑える。

 この人は乗ってくれているんだ。

「申し遅れました、マサトと言います。頑張りますのでどうかよろしくお願いします」

「この店の店長をしてるカルマです。よろしくね」

 滅茶苦茶カッコいい名前だ。

「すみません、このお店はどういったお店なんですか?」

 店内を見るとカウンター席が奥までずらっと20席続き、大きな木製丸机に4つ席がついているのが10個はあるだろうか。大きな店だ。

「この店はね居酒屋だよ。居酒屋カルマっていうんだよ。お酒と食べ物を提供する店だね。色々な人が来るからちょっと騒がしいけど」

「大丈夫ですよ。なんでもします、任せて下さい!」

「本当助けるよ。これで何とか今日を切り抜けられるかもしれない」

「今日を? 本当にギリギリなんですね」

「うん。でも今日はちょっと特別な日でね。国王死亡に伴って祭りのように盛り上がるんだ」

「とんでもない国ですね」

「開店前に、最低限の仕事を覚えようか。今日はとりあえず、提供と皿下げとちょっとした掃除をやって欲しいかな」

「任せて下さいよ。少し経験もあります」

 学生時代居酒屋でバイトしていた経験ありだ。

「それは助かるね。じゃあ、軽く説明するよ」

 そう言うと重い腰を上げたカルマさん。木製の椅子と机は決して綺麗とは言えないし、加工もあんまりされていない。店内は全体的に古びた印象だ。

 卓の数字を覚えあとは料理名を覚えた。ただ料理と言っても、魔物というよく分からない肉を焼いて出すのが主流らしく手の込んだ料理はシチューくらいだろうか。メインは魔物肉の焼きで、肉の種類も日によって変わるらしい。牛や豚、鶏がいないのが少し悲しい。ただ、ゲームに出てくるようなモンスターの名前みたいなのが沢山あるから、どういう味がするのか気になった。

 仕事を覚えていく事で確信へと変わっていくがこの店は普通だ。そしてこれは素晴らしい事だ。普通にお店をやっている。

 そうこうしている内に開店30分前になったようなのでゼリカを引き剥がしにかかる。

「おいゼリカ。一旦離れろ」

「むにゃむにゃ」

 唾液を垂らしながら寝ていて全く話が聞こえていないようだ。こうなったら仕方がない。

 角二本をもち全力で引き剝がしにかかる。

「おらああああああぁぁっ!」

「むにゃむにゃ」

 引き剥がそうとすると、むしろ強く引っ付こうとしてくる。

「いたっ! なんだこいつ!」

 まるで針の返しだ。一度刺さったら無理やり抜こうとしてはいけないらしい。

「よしやるか」

 俺は当然諦めた。

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