第5話 異世界にきてバイトはするな②

「おつかれーっす」

 ゼリカの引き剥がしに失敗すると店の扉が開かれる。

 掛け声的にはお客さんではなくバイトの子かなと思いながら振り返る。

「あれ? 誰っすか?」

 今しがた入ってきた男は……赤モヒカン!?

 赤モヒカンだ。赤モヒカンに少しのっぺりとした不良みたいな怖い顔だ。怖いけど安心して欲しい、なぜなら赤モヒカンが強すぎてそっちに目がいかないからだ。

 おいおい、どこまで楽しませてくれるんだよこの世界。

「ここで働く事になったマサトです。よろしくお願いします」

「ええ!? カルマさん、新しい人見つけたんですか?」

 あっよろしくっす。と赤モヒカンは言い加える。

「そう、今日から働いてくれるんだよ」

「これで3人っすね。それでも大丈夫っすか?」

「え? 他に働いてる人いないんですか?」

 3人と言われ驚いて店長に聞く。少なすぎではないだろうか。

「うん、3人だけ。多分ダメだと思う」

 ダメなのかい。

「ははっ。無理っすよねぇ。今日から忙しそうだし」

「あの、赤、じゃないお名前聞いてもいいでしょうか?」

 このままだとふとした時に赤モヒカンと言ってしまいそうだ。

「バインっす。よろしくっす。マサトさんはいくつなんですか? 俺18っす」

「私は23です」

「俺の方が年下っすね。でも、分からない事があったら何でも聞いて下さいよ」

 滅茶苦茶良い人だ。

「ありがとう。助かるよ」

「あと20分後くらいに開店するから、2人共着替えてきて」

 着替える? お店の制服があるという事か。

 バイン君についていって、お店の奥の暖簾で仕切られている更衣室に入る。

 バイン君は慣れた手つきで箱の中に入っている黒いシャツと白い前掛け、白い手拭いを頭に巻き付ける。

 見様見真似で俺もそれと同じものを着けた。ただ、前掛けに角が刺さって盛り上がってしまった。

 着替え終わったバイン君は背もたれのない椅子に腰を落とした。

「良かったっす。マサトさんが入ってきてくれなかったらもっと大変でした」

「一文無しだったからこっちこそ働かせてもらってありがたいよ」

「そうなんすね。マサトさんは真面目そうに見えるから意外っす」

 借金を作って逃げ出してきたろくでもない奴に見えてしまっただろうか。

「なんでこんなに働く人が少ないの?」

「結構働きにくる人はいるんすけどね……。みんな問題児ばっかりで直ぐクビになるんっすよ」

 こう言ってはなんだがバイン君の見た目でそう言われると、相当な問題児だったんだろうなって思ってしまう。

「あとさっきから気になってたんすけど、その鳥みたいなのはなんすか?」

 バイン君にはこれが鳥に見えるのか。確かにマントが羽に見えなくもない。

「ああこれ? セミ」

「変わった趣味っすね。イカしてます」

 頼むからツッコんでくれよバイン君。これじゃあまるで、借金してセミを足にくっつけてる変態みたいじゃないか。

 いや、待てよ。人手が足りないならゼリカも一緒に働かせればいいのでは? 皿を片したりするのは流石にゼリカでもできるはずだ。

「バイン君。今からこのセミが働いてくれるかもしれない」

「え? どういうことすっか?」

「まあまあ見ててよ」

 暖簾を潜り、店長の元へと向かう。

「店長、何かお菓子ないですか」

「お菓子? あるけどまたどうして?」

「もう一人働ける子がいるんです。そのためにはお菓子が必要なんです」

「全く話が見えてこないけどそれなら凄くありがたいよ」

 店長は飴玉を渡してくれた。

 厨房では狭いので、客席エリアに行く。バイン君と店長も付き合ってくれるようだ。

「ではいきます」

 包みから飴玉を取り出し、セミの顔面付近を泳がせる。

 すると鼻がかすかに動いた。くんくんと嗅ぎつけている。

「な、なにが起きるんすか!」

 バイン君がそう叫んだ。

「静かに! 指がもってかれる!」

 そうだ。極限集中が必要になる。以前は手だったからいいが、次はより細い指だ。もってかれる可能性がある。

「さあこいッ! 魔王召喚!」

 ゼリカの見開かれた眼球が泳いでいる飴玉を見つめると、瞬時に口が開かれ捕食が始まる。

 この間実に0.05秒。

 止まらない出血。だがギリギリ指はついている。

「うめッ! 復活ッ!」

 おおっ! 店長とバイン君が歓声を上げた。

「ったく。お前はいっつもこうだ。待たせやがって」

 すまし顔をしながら全力で止血する。

「ん? お前誰だ?」

「一定時間寝たら記憶なくなるタイプか」

「ん。服が臭いからマサトか。どうしたんだ?」

 硬派なゴスロリに見える黒い服をくんくんと嗅いだゼリカがそう言った。

 勝手にしがみついておいて臭いは酷いよね。

「ゼリカ、お前に頼みがある。ここで働いてくれ!」

「やだ! 消し炭にするぞ!」

 あら怖い。

 ゼリカは変わらず小さな胴体を張り出していった。

 しゅん……。と店長とバイン君のテンションが下がる。だが二人とも安心したまえ。

「いいかゼリカ、働いたらアイス3個買ってやる」

「3……ぐぬぬ。5がいい」

「この交渉上手めッ! 俺の負けだ! 5でいこうッ!」

「むふっ。よいぞ。やってやろう」

 おおッッ!! 店長とバイン君はさらに歓声を上げる。

「やりました店長! もう一人増えましたよ」

「よっしゃ! これで切り抜けられるっすよカルマさん!」

「うん。みんなよろしく頼むよ!」

 こうして俺達は開店前に団結力が一段と高まった。

「それで我は何をするんだ?」

「俺と同じ料理の提供と皿の片づけだ。それでいいですよね店長!」

 店長は親指を立てて肯定の意を示した。

「いいかゼリカ。ここでは机を卓というんだ。奥から10番卓,その横が9番卓」

 こうして実際に指をさしながらゼリカに説明する。そしてそれをゼリカはよく理解している風な顔をして時々「分かった」と言った。

 店長とバイン君も感心している。まるで俺たち二人が長年共にいるようなそんな雰囲気すら感じているだろう。残念、まだ2時間くらいだ。

「よくわからんが、分かったぞ!」

 説明を終えるとゼリカはそう言った。

「分かってねぇじゃねえか」

「ふははっ。マサトよ、こういう時はどうにかなるものだ!」

「お前悩みとかなさそうだな」

 まあ俺が隣でフォローすればどうとでもなるだろう。料理を作ると言った重要な部分ではないからな。最悪皿洗いをさせればいい。

「ゼリカちゃんも着替えた方が良いね。女性用の更衣室あるから着替えてきて」

「分かった」

 ゼリカを男子更衣室の横にある女子更衣室へと入れ、説明をしてからゼリカの着替えを外で待つ。

「着替えたぞ」

 黒シャツに前掛け、手拭いを頭につけて再登場したゼリカ。流石に角は隠せないらしい。あと黒いマントが外れたせいか、余計子供に見える。しかし、前掛けも手拭いも全然綺麗につけれていないので、俺が手直しする。ゼリカは慣れているのか、腰に手を当てて素直に待っていた。角は隠した方がお客さんが怖がらないだろうと思い、手拭いで角を隠した。

「マサトさんとゼリカちゃんの関係ってなんなんすか?」

「こやつは我を辱めたのだ」

 俺が答える前にゼリカがとんでもない回答をする。

「え? マサトさんはそういう感じっすか?」

 どういう感じっすか?

「バイン君。決してそんな感じではない。俺たちは仲間だよ」

「それは良かったっす。仲間っすか……なんかいいっすね」

 バイン君が浮かない顔をする。というか、最初会った時から浮かない顔をしている気がする。いや、赤モヒカンばっかりであんまり覚えていない。

「バイン君はなんで働いているの?」

「俺夢があって」

「夢、いいね。夢はあった方が良いよ。どんな夢?」

 夢がなかった俺が言うんだから間違いない。夢がないと毎日平々凡々と暮らす事になってつまらないし、生きる意味を失う感じがする。

「冒険者っす」

「冒険者……それって直ぐになれるものじゃないの?」

「なろうと思えばなれるっすけど、装備買うのにも金がいるんすよ。何より……」

 バイン君が次の言葉に躊躇っている。まるで子供が恥ずかしがって告白する時のように。

「怖がりなんすよ俺」

 見た目とは裏腹にという言葉がぴったりだ。

「はははっ! ダサいな赤モヒカン!」

 こいつ俺が我慢してた事を遠慮なく言いやがった。ずるいぞ!

 それにそれだと赤モヒカンがダサいのかバイン君の事をダサいって言ってるのか分からないじゃん。

「っす」

 意気消沈しかけているバイン君。ゼリカの頭をやめなさいと言って軽く叩く。

「なんで怖いのに冒険者なんかに? あれは狂暴なモンスターと戦う職業だろう?」

「自由とか冒険とか仲間って良くないっすか?」

 浅。

 浅いよバイン君。決して悪い事じゃないけど、こっちがなんて言っていいのか困るよ。冒険者になりたい理由は見た目通りじゃないか。そのままの勢いで度胸も見た目通りでお願いしたいよ。

「確かにね。良いと思う」

 浅。

 ほらバイン君が浅いから俺も浅くなっちゃったよ。

「でも怖いんすよ。こうやって働いてた方が、気が楽っていうか……でもこのままじゃダメだって思ってるんすけど」

「成功する人はみんな、行動できる人だからね」

「そうなんっす。でもそれが俺にはできなくて……。マサトさん、何かいい案ないっすか?」

 俺に聞くか。この俺に。ミスター平凡だぜ?

「そうだね。まず大前提だけど、バイン君は変われる力をもってる」

「ほんとっすか?」

「うん。変われない人たちはみんな才能がないとか言い訳を並べて、自分自身で勝手に諦めているんだ。でもバイン君は恐怖心があるのに才能がないと言い訳せず、夢をもっているし、諦めていない」

 こんな俺なんかの声をバイン君は真剣に聞いてくれている。色々な人を見てきたから分かるけど、この人はいい人だ。是非とも夢を叶えて欲しい。でも気の利いた事は言えない。だから、俺の実体験から話すしかない。

「難しいと思うけど、死ぬときの事を想像してみて欲しい。病気で死ぬのか、寿命で死ぬのか、事故で死ぬのか、ローション相撲で死ぬのか、なんでもいい」

「ローション相撲ってなんすか?」

「ああ何でもない、忘れて。とにかく、想像してみて。君がこのまま冒険者にならずに死ぬのを。……一度きりの人生だ、大事なのは自分が満足する事だと思う。冒険者になって1週間後に死ぬのか、ならずに後悔して生きて50年後に死ぬのか。成功している人たちはきっと、前者を選ぶと思うよ」

 そうさ、人生は一度きりだ! By二度目の人生より。

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