第3話 魔王だけは国王になるな

 異世界にやってきて3分で死ぬ所だったが無事生き残る事ができた。

 瓦礫(がれき)だらけとなり、滅茶苦茶な光景の城下町を歩いている俺の右脚はやたら重い。これは怪我をした訳でもないし、この瓦礫だらけの光景に心を痛めている訳でもない。

 物理的に、俺の右脚に12歳の子供がひっついているのだ。木の幹に止まってるセミと全く同じだ。

「いい加減歩いてくれゼリカ。ブラック企業勤めとはいえ肉体労働はしていなかったんだ」

「いやだ。アイス食べるまでこうする」

「見ろよこの光景を。アイスのアの字もねーよ」

 大震災の後みたいな光景についつい嘆く。

 それでも右脚を地面すれすれまで上げて、前に出してを繰り返してなんとか歩く。

「てか、この世界ってなんなんだ? ゼリカは人間なのか?」

「我は人族ではない。魔人族だ」

「魔人族なの? 今魔人族が俺の右脚と合体してんの? こわっ」

「えい」

 そう言うとゼリカの抱擁が強くなった。ミシミシと音を立てて俺の右脚が締め付けられる。

「おぉうぅッ!」

 これはこれは……油断したら骨が折れる所だった。

 ミシミシ鳴ってるよ。セミだけにして欲しいね。

「魔人族は力が強いとか、そういう特性みたいなのはあるのかな?」

「ある。魔人族は人族より我儘だ」

「納得だよ」

「えい」

「おおぉう、イエスっ!」

 確実にひびは入ったな。ブラック企業勤務で無ければ悶え気絶していたかもしれない。

「……色々聞きたい事はあるが問題は1つ。生きるためには食料と水が必要だ。景色は瓦礫だらけ、おまけに人っ子一人いない。となると、ここ以外に人がいる場所まで行かないといけない訳だ。周辺の地理は分かるかなゼリカさん」

「しらん」

「オーケーオーケー。赤信号だ」

 非常にまずい。片脚は奪われ、知識もゼロ。赤信号どころか心電図の数字ならば一桁になっている。

 だが俺は思う。ゼリカが一人でここに来たのならばこの巨大な街を一人で完全に破壊する事は不可能なはずだ。つまり、無事な建物や人々が大量にいるはず。ただこうなるとさらなる問題が発生する。それは、この街を破壊したのがゼリカであるという事だ。顔を見たら俺事串刺しにしてきてもおかしくないだろう。

「ゼリカ、お金? 通貨? のようなものはもっているのか」

「もってない。お小遣いは全部お菓子に使った」

 お金を全部お菓子に使ったのか。

「水はどうするんだ? お金を水には使っていないんだろう?」

「水は魔法で出せる」

「魔法……そんなものがあるのか。凄いな」

 そうこう言っている間に、予想通り人の塊が遠くに現れた。

 人だかりの向こう側は建物も破壊されておらず残っている事から、避難していた人があそこにかたまっているのだろう。

「ちょっとゼリカ、本当に逃げないとまずいからどいてくれ」

「やだ」

「マジか」

 集団の一人がこちらに気づいて指をさしてきた。すると30人を超える人たちがこちらに顔を向けて、一斉に走ってくる。

「おいおい。ちょ、ちょっとゼリカ! あれ見ろ。お前を殺そうとしている人間だぞ!」

 ゼリカはそれを一瞥するだけ。

 まるで蟻が群がってきているだけと言いたげな目だった。危機感なんて1ミリも存在していない。

「やっぱだっ! 魔王がいるぞ!」

 全員片手にはピッケルやスコップをもっている。完全に村人による一揆だ。

「皆さん落ち着いて。これは魔王じゃなくてセミです」

 ゼリカの頭を掴み咄嗟に後ろへと回転させる。

「いや、角があるじゃないか」

 もはやとぼけるのも不可能だな。

「本当だ。こ、こんな所に魔王がッ! どうして俺の右脚なんかに! 皆さん私は敵じゃないですよ! だから殺さないで!」

 俺の言葉を無視して村人たちは武器を掲げる。

 ああ、ダメだ。死ぬ。

「なに言ってんだよ。魔王様は俺達の救世主だぜ!」

「そうよ。あのクソ国王を殺してくれたのよねッ!?」

 あの国王やっぱり嫌われてたんだ。

「あの国王の税率は70%だったのよ! ありがとう魔王様!」

 70%って。半分以上はいくらなんでもだよ。

 感謝されたならば機嫌を直すだろうと思ったが、ゼリカはそっぽを向いている。全く興味がなさそうだ。

「皆さん! アイスはありませんかッ! 魔王様が求めています!」

 もっている訳はないだろうがここから先のどこかにはあるかもしれない。

「わたしゃもってるよ」

 そう言って麦わら帽子を取ったおばあさんが、麦わら帽子の中に手を突っ込むと、綺麗に巻かれているソフトクリームがでてきた。

「持ってんのかい! ありがとうございます!」

 てか、今どっから出した?

 おばあちゃん達がもっている黒い飴とかのお菓子類は魔法だったのかもしれない。

「ほらお食べ、ゼリカよ」

 そっぽを向いていたゼリカにアイスを近づけると、ギザギザとした歯が並んでいる口が大きく開かれ、縦向きに一口で食べた。顎外れないのそれ? ついでに俺の手も食われ血だらけになったがまあいいだろう。

「うめ~ッ! 復活!」

 そう言うと、蛹から羽化した蝶のように、俺の脚という幹から飛び立っていた。いや、普通に立った。

 おお! と群衆も歓声で溢れた。

「たくっ。迷惑かけやがって」

 解放された足の軽さになつかしさを感じながら、臭いセリフを吐いてしまった。

「マサトの足が臭かったからな」

「じゃあ俺が迷惑かけてたな、ごめんなさい」

「許す」

「ふざけんな」

 気づいたら俺が謝っていた。これも魔法というやつか。

「魔王様! この国の、エルガボル王国の新国王になってくれ!」

 群衆のリーダーに見えなくもない老人がそう言った。

 いや、何を言ってんだこのじじい。

「ふはははっ! よいぞッ! 我が国王だ!」

 おおッ! と群衆が大歓声を上げる。

 色々と言いたい事はあるが、群衆の笑顔を見ると心の底から渇望している事がよく分かる。そうだ、ここに居る人たちがよしというのならばそれで……いいわけないだろ。

「ちょっと待って下さい。この人がこの街を滅茶苦茶にしたんですよ!?」

「……後ろを見てみなさい。崩れた建物は全部貴族たちの建物なんだよ。貴族が私達庶民をないがしろにして使いつぶしてきた。自分達は好き放題生きているくせにだ。貴族の犯罪は国が目を瞑ってしまう」

 確かに、見るからに元が派手そうな建物ばっかりだ。ただそれだけじゃないはずだ。

「ッ! 殺された人だっていっぱいいる! あなた達の家族だってそうではないのですか!?」

「魔王様に殺されたのは、全員貴族です」

「ゼリカッ! お前すげーなッ!」

 こいつ絶対適当なのに豪運をもってやがる。

「国王様お願いです! 税率を30%にしてください!」

 魔王から国王への切り替えが早い早い。びっくり。

「ふははっ! よくわからんがぜいりつなんて要らん! アイス1日百個でよいぞッ!」

 おおッッ!! 群衆から再び大歓声。

「し、しかし国王様。それでは、軍事力が弱くなってしまいますぞ!」

「安心しろッ! 我が戦ってやる!」

 おおッッ!!! これは納得だ。

 歓声を上げたくなる気持ちは分かるよ。

 アイス百個で絶対的な軍事力が手に入るなんて最高じゃないか。

「国王様! 貴族制度を無くしてください!」

「当たり前だ! 偉そうにしてる奴が一番嫌いだ!」

 アイス買わせようとしたやつがよく言えるな。

「ああ。いたんじゃな……神様は」

 いねーよ。あんたらの目の前にいるのはただのガキだよ。

「ゼリカ。国王になるといっぱい仕事があって遊べなくなるぞ」

「……それはいやだ。他の奴に任せる」

「そ、そんなぁ」

 群衆は息を吐いて落胆した。

「魔王様、せめて次の国王が見つかるまではお願いします!」

「マサトが決めろ」

「俺かよ」

 現実的に考えてゼリカが国王なんて無理だし、そもそもなんでこんな話の展開になっているのか意味は分からないが、国民のみんなが求めているのならばありではないだろうか。

「まあ、良いんじゃないか? 他のお偉いさんに仕事は任せるとかもできるだろ」

 家に帰りたくないならば、ゼリカにとってこれが一番楽できる選択肢ではないだろうか。

「よし。じゃあ国王になる」

 おおッッ!! またまた大歓声だ。

「ありがたや、ありがたや」

「じゃあゼリカ、上手くやれよ」

 短い足枷だったが、なくなると少し寂しくも感じるな。違う世界だからというのもあるだろうが、ここからは一人で生きていく術を見つけていかなくては。

 ゼリカをその場において、群衆を抜ける。

 すると、再び脚が重くなった。

「おいゼリカ。離れろ」

「マサトは仲間だ。我もゆくぞ」

「国王になるんじゃないのか?」

「我は自由な国王だ」

「なんだそれ。無理だろ」

「いや、酒池肉林のクソ国王よりかは全然マシだぜ兄ちゃん」

「いいのかよ」

「よし、マサト。しゅっぱーつ!」

 壮行会のような雰囲気を出す群衆たちに見送られ、俺は脚にゼリカを付けたまま歩き出した。

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