終章『君の世界に祈る』

 夜が明けた。

 けれどそれは、太陽が昇ったからではなかった。


 裂け目が、閉じた。


 空を漂っていた“目”が、最後にゆっくりとまばたきをし、

 そのまま夢の雲の向こうに沈んでいった。


 ウィロークリークの朝は、あまりに静かだった。


 


 * * *


 


 夢の町は、リアムの中にしか残っていなかった。


 “ラスト・ネーム・レーン”も、

 “ナンバーレス・ストリート”も、

 どの地図からも消えていた。


 ただ、リアムの記憶の中でだけ、

 子どもたちの目や、影の言葉や、エミリーの声が、消えずにあった。


 


 * * *


 


 ノアはもう現れなかった。

 けれど、リアムは最後の夢で彼と話した。


 「君は選んだね」


 「……僕の世界を」


 ノアはうなずいた。


 「名前を持って帰るってことは、誰かの代わりに消えるってことだよ」


 リアムは何も言わなかった。

 ただ、彼の背中の影がひとつ、微笑んでいた。


 


 * * *


 


 リアムは、誰にも言わずに町を出た。


 小さな手帳をひとつだけ残して。

 その中には、名前だけがびっしりと書かれていた。


 エイデン

 ハンナ

 セス

 ミラ

 ケヴィン

 ……そして、“リアム”という名前もあった。


 


 * * *


 


 数年後。

 ウィロークリークの町は、少しずつ形を変えていた。


 新しい図書館、新しい小学校、整備された歩道。


 けれど、ある路地の奥にだけ、古いベンチが残っていた。


 ある日、そこに立ち寄った子どもが、不意に呟いた。


 「この町……“眠ってる”気がする」


 誰にともなく投げかけたその言葉が、

 ほんの一瞬、空気を震わせた。


 そして、ベンチの背もたれに刻まれた文字が、夕陽に浮かび上がった。


 《君の世界に祈る》


 


 * * *


 


 そのとき——夢の町の地図が、風にめくれた。

 誰も見ていない場所で、誰かが、新しい名前を書き込んでいた。


 それが、呼ばれることの始まりだった。



(完)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

スリープクリーク S.HAYA @spawnhaya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る