第9話 友





人間なんて、所詮は利用価値で測るもんだと思ってた。


金、地位、情報、身体。

誰に何がどれだけ使えるか、それだけを冷静に分析して生きてきた。

職場でも、飲み会でも、笑ってはいたけど、

心の中ではいつもこう思ってた。


「お前ら、みんなバカだな」



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俺の名前は神野。

コンサル会社の営業。

スーツの下に剣を隠してるような人間だとよく言われる。


でも俺は剣なんて振らない。

必要なのは、刺すことと、逃げることだけ。



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そんな俺が、大山に会ったのは、

下請けの中でも特に雑魚扱いされてる会社との打ち合わせだった。


髪はボサボサ。資料も出さない。愛想ゼロ。

なのに、こっちが無茶を言っても、一切ブレなかった。


「できませんね、それは」

「無理な納期は受けません」

「うちの部下にそんな労働はさせません」


まるで命でもかかってるかのような口ぶりで。



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正直、最初は腹が立った。

小物のくせに、生意気だと。


でも、ある日ふと気づいた。


──こいつ、自分のためじゃなく、

  部下のためにだけ怒ってるんだって。



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飲みに誘ってみた。

来ないと思ったら、来た。


食べながら、彼はこう言った。


「俺、昔はお前みたいだったよ。

 人を“効率”で見て、いらない奴は切ってた」


「へえ、変わったんだ」

「変えられたんだよ。ひとりの部下に」

「部下に?」

「“俺はあなたみたいにはなりたくない”って言われた」

「……キツいな」

「でも、ありがたかった」


大山は酒を一口飲んで、笑った。


「だから今、俺がやってるのは贖罪みたいなもんかな。

 でもまあ、部下が元気で帰るだけで、今日も上出来よ」



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その日、家に帰って

初めて考えた。


俺は、誰のために働いてるんだ?

誰かに「お前は俺の友だ」と言える相手、いたか?



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数日後、大山が辞めた。


理由は言わなかったけど、

噂では、上層部に逆らって部署ごと潰されたらしい。


「最後まで、部下を守ろうとしてた」

そんな話を聞いて、俺は笑った。


あいつ、最後の最後まで損な生き方してるなって。


……でもなぜか、そのとき胸の奥が、

ぐっと、熱くなった。



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次の日、俺は初めて、部下にこう言った。


「お前、最近疲れてんだろ。

 この案件、俺が持つから、今日は早く帰れ」


部下は驚いた顔で俺を見た。

まるで別人を見るような顔で。


その反応が、

なぜかちょっと、嬉しかった。



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その夜、

駅のベンチで座りながら思い出した。


大山の、最後のメール。


> 「お前と飲めて、俺は結構嬉しかったよ。

じゃあな、“友”」





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言われた瞬間は笑ったけど、

今なら、

ほんの少しだけ、

胸を張ってこう思える。



---


俺も、お前のことを

“友”って呼びたかった。



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初めて知った、誰かを好きになるということ。

それが、俺の“泪”だった。



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