第6話 笑




朝から、また小さな喧嘩だった。


「お前がいつも時間にルーズだからだろ」

「あなたこそ人の予定に興味ないじゃない」

「は?いつもお前が急に予定変えるからだろ」

「そうやって何でも人のせいにするの、昔から変わらないよね」


声を潜めてるつもりなのに、

3LDKの壁は思ったより薄い。

ダイニングのテレビが、やたら明るく笑ってる。



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結婚して10年。

お互い、我慢の容量が減ってきた。

顔を合わせれば、何かと擦れる。


相手の“ここが嫌”って思いながら、

でも心の奥で「じゃあどうすればいいか」はもうわからなくなってた。



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週末、子どもの参観日。

それぞれ“行くかどうか”を黙っていたまま、

気まずい空気の中、3人で教室へ向かった。



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子どもの作文発表。

テーマは「家族について思うこと」。


うちの息子――陽翔(はると)は、

にこにこしながら前に出て、

こう言った。



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> 「ぼくのおうちは、

よくけんかしてます。

おかあさんはすぐに怒って、

おとうさんはすぐにムスッとします。

でも、おかあさんはすぐごはん作るし、

おとうさんはすぐにゴミ出ししてくれます。

だから、たぶんけんかは

ただの遊びだと思います。

ふたりは、友だちなんだと思います。」





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会場が、ふっと笑った。

教室の空気が、いっぺんにやわらいだ。



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……私たちは、目を合わせなかった。

でも、下を向いて肩を揺らしたのはたぶん、笑ったせい。


目の奥があったかくなって、

なんかもう、くだらなくなった。


「怒るのも、ムスッとするのも、

 お互い、家族だからできることなんだよな」


声には出さなかったけど、

同時に、同じことを思ってた。



---


帰り道、

ふと夫がつぶやいた。


「なあ、俺らって…友だち、なんかな」

「……それ、ちょっと嬉しかったんでしょ」

「まあな」

「私も」


そこで、2人して泪もろとも吹き出した。













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