第5話 義






俺が告発しようとしていた、会社の不正。

経費の横流し、データ改ざん、隠蔽体質。

何度も悩んだ。証拠も、書いた報告書も、ずっと引き出しの奥にしまってた。


けど、見られてたんだな――

先輩に。



---


高城さんは、無口で頑固な人だった。

妻と二人の子どもがいて、住宅ローンと学費に追われてた。

それでも遅刻も手抜きも一度もなく、

「仕事に私情を持ち込むな」が口癖だった。


そんな人が、

俺の代わりに、

“正義をやった”。




月曜の朝、会社はざわついていた。


「高城が…? なんで?」「クビだってさ…」

聞きたくない言葉ばかりが飛び交っていた。


上司は会議室から出てこず、

同僚は全員、見て見ぬふりだった。


俺は知ってる。

報告書も、証拠のコピーも、俺のじゃない。

あの人が、

自分の名前で全部提出したんだ。


俺がやるはずだった。

でも、

――あの人がやった。




>「お前は前だけ向いて生きろ」

高城さんに会った日の去り際、背中を向けたままそう吐かれた……


瞬時にあの言葉の意味を理解し、俺の心は音を立てて崩れた。



---


会社を出た高城さんの背中を、

見送ることもできなかった。


口下手なあの人に、

「なんで俺の代わりに」なんて聞けるはずもなく。



---


翌朝、先輩の机の引き出しの中に、

俺の書いた告発メモのコピーがあった。

日付は、二日前。


きっと、俺が出せなかったときのために

「先に持っておいてやるか」くらいの気持ちだったんだろう。


何も言わずに、

全部持って、

全部背負って、

黙って去った。



---


昼の喧騒の中、誰も気づいてなかったけど、

自販機前のベンチに、俺は座ったまま動けなかった。


缶コーヒーを開けたのに、ひと口も飲めなかった。

目の奥が熱くて、

胸の中だけ、ずっと冬みたいに寒かった。




泪は、流れなかった。

でも、あの人が置いていった“正義”は、

心の奥にずっと、熱を持って燃えてた。













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