第7話 許





「はいはい、泣かない。ほら、みっともないから」


母はいつもそう言った。

「泣いたら負け」だと、本気で思っていた。

だから私は、小さな頃から“泣かない子”として育った。


転んだ時も、ひとりぼっちの給食の時も、

家でランドセルを投げ捨てた夜も――

とにかく、泣かない。


泣くと、“負け”だから。



---


社会人になって、最初の職場で、先輩に呼び出された。

「報告が遅い」「メモが雑」「あなたって、考えが甘いよね」


毎日のように言われた。

誰も助けてくれなかった。


ある日、先輩の言葉が刺さった。


「そんなことで泣きそうになってるの? この程度で泣くなよ」


その瞬間、私はハッとして、

心のどこかで思った。


“……泣いていいのかな?”



---


その晩、家に帰ってお風呂の中で、ぽたりとひとしずく涙が落ちた。


熱い湯の中に沈んだ顔から、止めどなく出てくる。

声も出さずに、ただぽろぽろ、涙だけが。



---


「この程度」ってなんだろう。


「泣いていいかどうか」って、誰が決めるんだろう。


あのときの私には、泣くことしかできなかった。

それでも、それは誰かにとっては「甘え」でしかなかったのかもしれない。



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タオルを握った手が、小さく震えた。

小さい頃に言われた母の言葉が、

いまだに脳裏にこびりついている。


> 「泣くな。そんな弱さ、誰も相手にしないよ」





---


でも、私は今、

誰にも見られないところで泣けるようになった。


誰の許可もなく、

誰の判断もなく、

ただ、自分のために。



---


泪は、勝ち負けじゃない。


ようやくそう思えた夜に、

私は心の奥の誰かに、そっと小さく勝った気がした。












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